袋小路
「これ、どうするんですか……?」
眼前に広がる予想外の光景に、アネモネも唖然としている。思慮深いアネモネでそうなんだから、俺については言うまでもない。
「うーん、どうしたもんかな」
「いや、私が聞いたんですけど」
「あれ、俺が聞かなかったっけ?」
「私ですよ」
会話になってないただの音のやり取りが繰り返される。そうした無為な時間を過ごすうちに、徐々に頭が追いついて来る。
「まずいんじゃないですか? 魔物たちが引き返そうとしてますよ」
「だな」
「だな、じゃないですよ。何か考えないと」
アネモネもそろそろ思考がはっきりしてきたようで、俺に次の手を考えるように強いる。正解かはわからないが、俺は一つだけそれを提供できる。
「このまま炎で包んじゃうか」
「なるほど」
意外や意外。突拍子もない考えだったから否定されると思っていたのに、納得されてしまった。アネモネから賛意を得られたからには、実行せねばなるまい。
魔術師隊に具体的な指示を出してから、俺は視線を砦前の平原に移した。
火球が百発も炸裂してしまうと、前の方にいた魔物たちは消し炭と化してしまった。だが、それだけでは終わらなかったのだ。激しい炎が魔物たちに燃え移り、第三の炎の壁を作り出してしまったのである。これは完全に予想外だった。オークとかって脂肪が多そうだし、それに引火したのかもしれない。
もともと魔物の左右にあった炎の壁があったわけだが、第三の壁は突如として魔物たちの正面に現れた。これはつまり、炎の袋小路が誕生してしまったということになる。
これを受けて、さっきアネモネが言っていたように、魔物たちは引き返そうとしている。せっかく誘導した魔物たちにそんなことをされてはたまらないので、俺は出来上がった炎の袋小路を利用して、魔物を炎で包んでしまおうと提案したのだ。
ゼロから何かを生み出すというのはしんどいものだが、魔法にもこの法則は当てはまる。どういうことかと言うと、炎を生み出すのと、もともと存在する炎を操作するのは、後者の方が簡単なのだ。
それゆえ、今俺の眼前で行われているように、炎で魔物たちを囲んで焼き殺すというのがいとも簡単に――
「すみません、魔力が!」
そう簡単にはいかないようだ。魔術師隊から声が上がる。ここまで大規模なものとなると、俺ごときでは想像もつかない消費魔力がかかるだろうから、魔力切れは致し方ない。
「ラヴ、頼む」
「ばっちこーい」
なかなか聞き馴染みのない返事とともに、ラヴは持っていた杖を高く掲げた。あのときと同じ光が俺たちを包む。これが魔物たちに届いたら魔物のことも回復させてしまうんじゃないかと思いもしたが、全然届きそうにもないので安心した。
「おお、これはすごい!」
「力が溢れてくる!」
「まだまだいける気がします!」
魔術師隊はそんな歓喜の声に包まれ、さっき魔法陣を発動させた者たちも回復を実感しているようだった。
それから魔術師隊は、大群の半分弱ほどを炎で包み込むことに成功した。これが最適だったのかはわからないが、魔術師隊が普通に攻撃をするよりははるかに多くの魔物を倒せたはずだ。
「残り半分か」
とは言っても、とても明るい気分にはなれない。まだうじゃうじゃとうごめく魔物の群れ、およそ五十万体もの魔物がまだピンピンしているのだから。
隊員の人数から考えて、あと二千発は魔法陣を起動できるだろう。しかし、それで五十万の魔物全てを倒せるかは疑問だ。
新たに炎の壁を構築・維持するだけの魔力は魔術師隊に残ってはない。これはすなわち、火球での狙いが定めにくくなるということだからな。炎の袋小路から逃げ出せた魔物たちは散開し、余計狙いが定めにくくなっていることも、懸念点の一つである。
「とりあえず、五十メトルまで近づいてきた魔物がいたら、逐次火球による攻撃を行う。五十メトルのラインより砦側に入ったやつに対しては火球を使うな。砦に被害が出る可能性があるからな。撃ち漏らしたやつは、魔法陣を発動させ終えた隊員たちでチームを組ませて、その上で対処させてくれ。フェイロンに協力を仰いでもいい」
「承知しました」
指示を出すと、アネモネはすぐに他の隊員にそれを伝達し、階段を降りて行った。おそらく、フェイロンに協力を求めるためだろう。
「さて、ここからは長くなりそうだな」
戦いが長引くことは、実は悪いことではない。魔術師隊や魔法陣を発動させ終えた隊員たちの魔力を回復させられるからだ。魔物に補給部隊なんてないだろうし、この展開はこちらに有利と見える。
よって、警戒すべきは、この混乱に乗じて乗り込んでくるかもしれない別動隊だ。これだけ大量の魔物がいると、そこに人が紛れ込んでいたりしても気づきづらいからな。
だが、そんな俺の懸念が現実のものになることはなかった。数十分のうちに魔物の数はみるみる減っていき、残り二、三万というところまで減らすことができた。
「これなら、あと十分もすれば駆逐できそうですね。名采配でした」
「あ、ありがとう」
アネモネからも正面切って褒められちゃうし、なんだか上手くいきすぎな気もする。アネモネから褒められるのは久しぶりだ。いや、別に褒められたからって嬉しくないんだからね!
「それで、一つわかったことがあるのですが」
「ん、何?」
「結界が突破されていた原因です」
「おお、それは朗報だ。原因がわかれば、対処できる。つまりは、これ以上の魔物の侵入を防げるということ。これ以上、馬鹿げた数の魔物の相手をしなくてもよくなるな」
ずっと頭の片隅にあった問題の解決の糸口が見えて、俺は思わず饒舌になってしまった。というか、この忙しいときに結界が突破された原因まで特定してしまうとは、アネモネはやはり敏腕だ。そのタイムマネジメント能力を俺にも分けてほしい。
「で、その原因は?」
「結界を生成するアーティファクトが停止していました」
軽い気持ちで聞いたものの、そんな軽い気持ちが一気に沈み込むような返答だった。
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