開戦
さて、攻撃として重要になってくるのは、やはり魔法陣による火球だろう。簡単に発動できるくせに、威力は極めて強力。一発で半径五メトルを焼き尽くすくらいの火力はある。
だが、それだけでは百万の魔物を滅ぼせないのは、さっきも考えた通りだ。これが他国の侵略だと考えるならば、人間による攻撃も残っている。そこまでを見据えて、何かしらの策を講じなければならないだろう。
国を守るという目的を一番に考えると、取れる選択肢は主に二つ。一つ目は、百万の魔物を足止めしている間に応援に来てもらうこと。二つ目は、そんなことをせずに魔物を全滅させること。
ソーン砦は孤立していて、大勢の魔術師が常駐している王都から応援が来るまでには、飛竜を飛ばしても数日かかる。となると、足止め作戦は無理だろう。かと言って、倒すのも魔力が足りない……
あれ、足りないなら足せばいいんじゃないか? 一つの光明が見えた気がした。
「アルバート、今すぐあいつを連れて、上に集合だ」
「あの方ですね!」
俺は名前を言っていなかったのに、アルバートは目を輝かせて答えた。別に俺たちが以心伝心の関係というわけではなく、アルバートと言えば、というやつがいるのだ。
風のように走り去って行ったアルバートを見送りながら、アネモネにも指示を出す。
「砦の上に魔法陣を展開してくれ。あとは、魔法陣を発動させるための人員を五十人程度、魔術師全員も上に待機させるんだ。それと、魔法陣の発動要員は、交代も下に待機させておいてくれると助かる」
「わかりました」
なぜ魔物が結界を突破できているのか、という問題は後回しだ。それよりも今は、目の前の大群に対処せねばならないだろう。
二分足らずで、魔法陣及び発動人員、魔術師隊の準備は整った。大群の先頭は、砦から七百メトルというところにまで迫っている。そこから先は、平原が黒く埋め尽くされている。吐き気を催すほどの量だ。
だが、泣き言も言っていられない。やることは考えてある。一刻も早くそれを共有し、やつらを迎え撃つ準備をしなければ。
「魔物どもにまともな知性はない! 上手くやれば、その動きを制御できるはずだ!」
「それで副長官、どのようにするつもりですか? 先頭が到達するまで七、八分しかありませんよ」
アネモネの疑問も最もだが、ちょっとカッコつけたかっただけだから、そんなに急かさないでほしい。
「まずは壁だ。壁を作って、魔物の進行方向を限定する」
「なるほど、壁ですか。しかし、魔物を誘導できるだけの大規模な壁を作るのは、時間的に厳しいのでは?」
いつの間にか作戦担当的な立ち位置になっている俺なので、こういうときはアネモネも大人しく話を聞いてくれる。むしろ、こういうときくらいしか聞いてもらえないまである。悲しい。
「土魔法で壁を作るなら間に合わないかもしれない。だから、今回は炎の壁を作る」
「炎の壁……?」
「魔物を誘導できればいいんだから、土壁である必要はないだろう?」
「ですが、魔物を誘導する間、ずっと魔法を制御しなければならないというのは、魔力量的に限界が……」
魔術師隊の一人が手を挙げて言った。もちろん、そのことは考えてある。前回のアンデッド侵攻のときのように、魔術師たちがバタバタと倒れていくのは本望ではない。
「魔力が足りなければ、足せばいいんだ。あいつならそれができる」
「お待たせしました!」
見計らったようなタイミングで階段を上って現れたのは、アルバートと一人の少女、ラヴだ。他の捕虜はすでに王都へ送ったが、こいつだけは砦に残っている。理由は色々だ。とにかく色々だ。
「ご苦労、アルバート」
「いえ、これも国のためです!」
自分のためだろ、という無粋なツッコミはしない。結果的に国のためになるのなら、それが自分のためだろうとなんだろうといいではないか。俺だって、自分のために国を守ろうとしてるしな。
「ラヴが使うアーティファクトがあれば、魔力を全回復させられる。だよな、ラヴ?」
「うん。でも、今日は一回だけだよ?」
「一回でも使えれば十分だ」
ラヴが持っているアーティファクトは、太陽光を集めてそれを力に変え、古の時代の回復魔法を発動させるものだ。三日分の太陽光でだいたい一回使えるらしい。
「これで魔力量の底上げができる。だから、全力で炎の壁を作ってほしい」
「わかりました。――では、詳細な指示を」
三分後には、二つの長大な壁が建設されていた。当然ながら、それは炎でできている。実に壮観だ。
砦の正面からちょうど両開きの扉が開け放たれたかのような感じで、二つの壁は伸びている。壁は互いに向かい合って、砦に近づくにつれてだんだんと狭まっていく恰好だ。高さはそれほど必要ではないので、三メトルほどになっている。
すでに先頭は両側にそびえる炎の壁によって、進路をやや変更して、中心部に集まるように進み始めている。ここまでは俺の目論見通りというわけだ。最終的には、横幅一キロメトルあった魔物の隊列を半分の五百メトルほどにするのが目標だ。
なぜ五百メトルかと言うと、魔法陣による火球一発で半径五メトルの敵を全滅させられると仮定したときに、魔法陣五十門を一斉に発動させば、五百メトル全体を一斉に攻撃できるからだ。もちろん、そこまで上手くいくとは思っていないが、これで多少は狙いやすくなると思っている。
炎の壁は砦から五十メトルの位置を起点としている。魔物たちからすれば、そこが炎の壁の終わりということでもある。魔物たちが炎の壁を抜けようかというところで、一斉射撃に入る算段だが、そのときはもう間もなくだ。
そして――
「撃てーっ!」
人生初の射撃号令によって、戦いの火蓋が切られた。
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