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訂正

 結界は、ソーン砦を中心にして半径一キロメトルの円を描くようにして、魔物を止めるために設置してある。強力な魔物はこの結界を無視して通過することができるが、並の魔物なら触れただけで死ぬ。


 アルバートの話では、五十万の魔物が結界を突破して来ているという。結界を無視できるほどの強さを持つ魔物が五十万って、どんな歴史書でも読んだことがない。


 つまり、そんなことは人類の歴史上に起きたことがないか、起きたことはあってもそれが記録される前に国なり集落なりが滅ぼされたということだ。


 俺が生きている間に、そんな貴重な出来事が起こるわけがない。ということは――


 「えーっと、冗談だよね?」

 

 「冗談じゃないですよ! 俺、今日は上で見張りだったんですけど、急に魔物の大群が現れたと思ったら、そのまま結界がある辺りを突破してきたんです!」

 

「にわかには信じられん……」

 

 信じられないというより、信じたくない。が、切羽詰まった様子のアルバートが嘘をついているとも思えない。嘘をつく理由もないし、嘘をついているのだとしたら大した役者だ。一刻も早く王都で俳優デビューするべきだろう。初舞台には、お友達価格で招待願いたい。

 

 さて、アルバートの俳優デビューについてはまたあとでじっくり考えるとして、今考えるべきなのは五十万の魔物への対処だ。結界を超えてきている以上、強力な魔物だとは思うが――

 

 「副長官、魔物の大群が!」

 

 開いているドアから飛び込んできたのはアネモネだ。肩で息をして、顔には深い皺。相当焦っているのがわかる。そうまでして急いできてもらったのに申し訳ないが、魔物の大群の件は、すでにアルバートから聞いた。

 

 「もう聞いたよ。五十万の魔物が結界を超えて来たって」

 

 「訂正です。百万です」

 

 「は?」

 

 「ですから、五十万の魔物が結界を超え、その後ろにはさらに推定五十万の魔物が続いているのがわかりました」

 

 「なんだ、それ……」

 

 俺は言葉とまともな思考を失った。百万って単位の百万だよな。ゴジュウマンとか、ヒャクマンとか俺が知らない魔物がいるわけじゃないよな。ゴジュウマンが進化したのがヒャクマンです、みたいな話だったらよかったのに。

 

 百万って、我が国が本気で戦争をしようとして、国土の片っ端から本気で集めてくる戦闘員と同程度だ。南方前線にだって、そこまでの人員はいないだろう。魔物と人間の戦力を同じようには語れないが、とにかく規模的にはそれくらいの規模だ。

 

 「横幅一キロメトル、長さ三百メトルの大群です」

 

 俺が頭を抱えている間にも、アネモネは追加情報を語る。細かい数字はあまり頭に入って行かないが、聞くだけ聞いておこうと思う。

 

 「そして特筆すべきなのが、大群は、本来は結界を超えられないような低位の魔物だけで構成されていることです」

 

 「え?」

 

 途中、アネモネのそんな台詞が引っかかり、俺は声を出してしまった。俺はてっきり自力で結界を超えられる強さの魔物が群れを成しているのかと思っていたが、それは違ったらしい。

 

 「それは確かなんだろうな?」

 

 「はい。スライムやゴブリンが多く、強力なものでもオークくらいなものでしょう」

 

 「そうか」

 

 俺は下を向いて目を瞑り、耳を塞ぐようにして頭を抱えた。外界からの情報をなるべく遮断して集中できるようにする。考えなければならないことが大量にあって、それがぐるぐると頭を回る。

 

 弱い魔物ばかりだからといって、安心できるわけではない。弱い魔物の代名詞的存在であるゴブリンだって、四体も集まれば、武器を持った軍人でも下手を打てば死にかねない。もちろん、魔術師ならその程度は問題なく倒せるが。

 

 全隊員を魔物と正面衝突させたところで、相手が千倍の数じゃ多勢に無勢だ。話にならない。だからあまり気は進まないが、隊員たちを戦力として考えるときには、魔法陣の発動要員として考えるほかない。

 

 魔術師以外の隊員が魔法陣を使ったところで、二千発の火球を放つのが限界。それで百万の魔物を仕留めるには、一発で五百体を葬らねばならない。しかも一発も外さずないことと、狙いが被らないことを前提とした上でだ。


 例えば極端な話ではあるが、残り二発しか撃てない局面で一発外してしまえば、次の一発で千体を倒さねばならなくなる。いくら高火力の魔法とはいえ、一撃で千体の魔物を屠るのは無理だろう。


 というわけで、魔法陣をフル活用しても百万の魔物に対処するのは難しい。これ以上深く考えなくても、直感的にわかる。百万というのは、それだけの数字なのだ。

 

 それゆえ、何かしらの作戦なり何なりが必要なんだが……そんなものはあるのか?

 

 いや、ない。と即答したくなる。だが、そうして考えるのを止めたところで、このまま百万という超物量に飲み込まれて死ぬだけだ。数か月前のアンデッドによる侵攻なんかとは比べ物にならない悲惨な末路が待っているだろう。

 

 自分の命を最優先にして、俺だけが逃げ出したところで生き延びる自信もない。ならば、一か八かでも目の前の魔物たちを倒すことを考える方が、まだ生産的に思える。というか、いの一番に自分だけ逃げるっていう選択肢が出てくる俺って、本当に軍人向いてないな。

 

 こういうとき、模範的な軍人ならば、国境警備隊員ならば何を考えるのだろうか。国を守ることを考えるのは当然だ。それを成し遂げるのに際し、いま重要になってくるのは、百万の魔物の撃破することである。

 

 しかし、もう一つ考えなければならないことがある。それは、この魔物の大群が敵国の侵略である可能性だ。


 俺が二十数年かけて得た偏見によれば、百万もの魔物が偶然集まるなんて考えられない。しかも、普段は結界に弾かれる魔物がどういうわけか結界を通過して来ている。さらに言えば、つい最近、我が国はソルティシアの侵略行動を垣間見た。

 

 これらの事実は、今回のことが他国の侵略である可能性を示唆している。今の段階では何の証拠もないが、そう思えてならない。

 

 これが他国の侵略行動ならば、なおさらここで魔物どもを止める必要がある。国に思い入れはないが、俺は死なないために、今後のスローライフのために、この国を守らなければならない。俺はそのためだけに、全力を尽くす。


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