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宴大好き

 「お前はバカか。声に出すんじゃない。これは長官の暴走を見た俺とお前しか読むことが許可されていないんだぞ」

 

 大声を出した俺とは対照的に、フェイロンは声を潜めて言った。

 

 「え、そうなの? だったら、最初から言っておいてくれよ」

 

 「この資料の最初に注意書きがあっただろ」

 

 そんなのあったっけ、と一枚目に戻ると、確かに書いてある。文字で記してあるなら、もう言い訳はできない。というか、母国語じゃない言語なのに、なんでフェイロンが俺よりしっかり読めてるんだよ。

 

 「以後気をつけます」

 

 「うむ」

 

 師匠と弟子というよりは、上司と部下のようなやり取りがなされた。フェイロンみたいな武闘派の上司は、怖いからできればやめてほしい。

 

 俺は反省して、資料をもう一度初めから読み直した。

 

 資料の後半には、俺が気になっていた長官のことも書いてあった。それによると、フェイロンが気絶している俺と長官を発見し、その場でボスの死体付近に転がっていた《沈黙の鈴》を使用したという。フェイロンは、長官の暴走が《人斬り》によるものだと勘違いしていたらしい。


 しかし、その行動が功を奏した。《人斬り》も《灼ける鎧》も同じくアーティファクトのため、見事に《沈黙の鈴》が効力を発揮し、長官への精神干渉が途切れたのだ。


 その後、フェイロンは俺と長官を担いで林まで戻り、馬車に乗って砦に戻った。ボロボロの俺と長官を見たアネモネは慌てたらしいが、ラヴが杖――《キュアキュア・ロッド》というらしい――を使って、俺たち二人を治療してくれたみたいだ。


 そして、今に至る。俺が資料を読んで一番気になったのは、やっぱり《灼ける鎧》のことだった。

 

 「長官が着ているキラキラした無駄に豪華な鎧が、悪名高い《灼ける鎧》だったとは驚きだよ」

 

 「そうだな。俺が長官から感じた溢れんばかりの力は、鎧から発せられるものだったのだろう」

 

 「長官がずっと酔っぱらってたのも、《灼ける鎧》から与えられる苦痛を軽減するためだったって考えると、まあ、少しは納得できるよ」

 

 《灼ける鎧》は着用して一度魔力を流してしまえば、基本的に死ぬまで脱げない。つまり、死ぬまで地獄の苦痛を味わうことになる。その苦痛は、着用者に破壊衝動を引き起こすことがあるらしいが、今回の長官の暴走はまさしくそれが原因だろう。

 

 その対策として酒を飲むというのはどうかと思うが、逆にそれだけで地獄の苦痛を耐えていた長官は、超人的だ。今まではポンコツ上司というイメージしかなかったが、そういう事情を知れば、漢気溢れる上司という感じがしてくるのが不思議である。

 

 「読み終わったならさっさと行くぞ。起きたら連れてこいと言われてるんだ」

 

 俺がボーっと自分の世界に浸っていると、フェイロンが告げた。

 

 「行くってどこに? てか、誰が呼んでるの?」

 

 「行ってからのお楽しみだ」

 

 「あ、そう」

 

 何か悪いことが待っているのかと思いもしたが、柔和なフェイロンの顔を見れば、そこまで悪いことじゃないんだろう。というか、寝起きで悪いことに遭遇したくない。

 

 フェイロンの背中を追う。このまま行くと、おそらく中庭に着く。

 

 「あ、エルさーん! はい、これ!」

 

 「え、ああ。ありがとう」

 

 予想通り中庭に着いた瞬間、マリアが木製のジョッキを押し付けてくる。拒否する暇もなく、俺はそれを手にしていた。中身は……ブドウ酒か。気分はビール何だけどな。

 

 「おつかれっすー!」

 

 ロックが俺の前に立ちはだかったと思ったら、何かを首にかけてきる。胸元を見ると、花飾りみたいなものが視認できた。

 

 そうして何が何だかわからないままに、豪華な椅子……の隣のごくありふれた椅子に座らされる。

 

 直後、ドシドシと大きな足音。聞き慣れぬ音に、俺は辺りを見回した。そして目に入ってきたのは、見知らぬ大男。

 

 そいつは俺の隣の豪華な椅子にどっかりと腰掛けた。そこで俺はようやく気がついた。その男は長官だったのだ。

 

 なぜ俺がこの段に至るまで長官に気づかなかったかと言うと、長官がいつもの鎧、すなわち《灼ける鎧》を身に付けていなかったからだ。今は国境警備隊服に身を包んでいるわけだが、そんなサイズの隊服があったことに俺は驚いた。

 

 「鎧、どうしたんですか?」

 

 思いがけない驚きに、自分から質問してしまった。長官はいつもと変わらず快活に笑って答えた。

 

 「ガーッハッハッハ! 少々苦労させられたが、脱いでやったわ!」

 

 「そうでしたか。それはおめでとうございます」

 

 「めでたいと言えば、作戦成功の方がめでたいだろう。これはそれを祝う場。飲んで食うのだ!」

 

 「はっ」

 

 《灼ける鎧》を脱いだおかげで長官は思考が明瞭になっているのか、初めて会話が噛み合った気がする。ひょっとしたら、本当に元はちゃんとした男気溢れるいい上司なのかもしれない。今まで誤解していてすみませんでした。

 

 「副長官、そしてフェイロンさん。この度は長官を救っていただき、本当にありがとうございました」

 

 俺と長官の会話が途切れると、スムーズにアネモネが輪に入って来た。

 

 「作戦行動の一環だ」

 

 俺より先に、隣にいたフェイロンが答えた。しかも、めちゃくちゃ軍人っぽい答えをしている。俺の副長官の座を狙っているのか?

 

 「いえ、そんなことはありません。軍関係者でもないにもかかわらず、ここまでご協力していただけるとは、何とお礼を申し上げたらいいか」

 

 アネモネの意識は、完全にフェイロンに向いていた。先に答えたのがフェイロンだし、長官を連れ帰ったのもフェイロンだから、百歩譲ってそれはいいんだけどさ。俺を挟んでそのやり取りをするなよ。鬱陶しい。

 

 そんな感じで俺が器の小ささを発揮していると、目の前にテーブルが用意され、そこに次々と料理が置かれていく。隊員たちは手慣れていて、普段からこういうことしてるんだろうな、と思わせる所作だった。

 

 そんな光景に思わず苦笑してしまったが、悪くない気分だ。

 

 ただ、気絶から目覚めて一発の目の食事が、豚の丸焼きなのはきつい。


すみません、予約投稿を忘れていました。

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