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作戦終了

 長官の足元には、ついさっきまでボスだった肉塊が転がっていた。《人斬り》が動かないところを見ると、すでにボスは身代わりの命を使い尽くし、本当にその命を落としたようである。

 

 「鈴を回収して砦に戻ろう」

 

 積年の恨みがある相手が無残な姿となり、感慨にふけっていてもおかしくないが、フェイロンの声からは何の感情も読み取れなかった。もっと言えば、これまで俺の人生において仇敵なんてものはいたことがなかったから、フェイロンの感情を想像することもできない。

 

 情緒的なやり取りは苦手だし、フェイロンのこのあっさりとした態度――少なくとも、表面上はあっさりしている――は、ありがたかった。

 

 「そうだな。俺が取ってくるよ」

 

 フェイロンの言葉に事務的に答え、俺は数メトル先の長官のところへ走り出した。

 

 「おい、待て!」

 

 長官に声をかけようと思ったとき、フェイロンの声が聞こえた。今のは、声からはっきりとした焦りの色が窺えた。

 

 どうしたんだよ、と答えるつもりだった。しかし、それが音となってフェイロンに伝わることはなかった。

 

 答えようと後ろを振り返った瞬間に、経験したことのない強い衝撃に襲われた。声も出せずに宙を舞う。

 

 気づいたときには、丘の下にいた。気を失っていたのかもしれない。身体中が痛いが、特に背中が痛すぎる。辺りはまだ暗いし、気を失っていたのだとしても、そんなに時間は経っていないはずだ。

 

 ひとまず、死んでいないことをありがたく思っておこう。なぜこんなことになっているのかはわからないが、ボスがまだ生きていて、俺を襲ったと考えるのが妥当だろう。魔纏を使っている俺をこんなに吹き飛ばすやつと言えば、それくらいしかいないはずだ。

 

 しかし、その予想は大外れだったことを、すぐに思い知らされた。

 

 「どういうことだ?」

 

 フェイロンと長官が取っ組み合っているのだ。対格差はあるものの、今のところは拮抗している。が、長官がやや上から覆いかぶさるような形になっているので、フェイロンが不利に見える。


 これが手合わせなんかではないことはすぐにわかった。長官の様子が明らかにおかしいからだ。目は血走り、口角に泡状の唾液を溜めている。それに、ここからでも唸り声が聞こえる。


 その様子を見て、俺はすぐにピンと来た。アネモネが言っていた「もしものこと」とは、これのことだったのだと。


 隊服の胸ポケットに触れる。硬質な感触があった。よかった、アネモネからもらったガラス製の容器は割れていないらしい。


 どうにかして、この中身の液体を長官に飲ませなければならない。そして、今ならそれができる。フェイロンが長官を足止めしてくれているからだ。


 「フェイロン! そのまま長官を足止めしててくれ!」


 俺がそう叫んだ直後、フェイロンの足は地面から浮き、そのまま長官によって投げ飛ばされてしまった。ダメージはそこまでないだろうが、これでフェイロンは一時戦線離脱である。


 こちらに向けられる長官の充血した目。先ほどボスが後ろに立ったときとは、別種の恐怖を感じる。

 

 一刻も早くこの場を離れたいんだが、身体中が痛いせいで思うように身動きが取れない。強烈な倦怠感を感じるし、もう動かなくてもいいような気までしてくる。正直、気を抜けばこのまま眠りに落ちてしまいそうでもある。

 

 この倦怠感はおそらく、魔力欠乏によるものだ。完全にゼロではないものの、少しでも魔力を節約すべく、魔纏はすでに解除した。こんな生身の状態であの獣のような長官が攻撃を仕掛けてきたら、確実に死ぬ。だから逃げなければならないのだが、それも叶わない。

 

 長官は依然として、その濁った瞳でこちらを見据えたままだ。しかし、いつ攻撃が来てもおかしくない。そんな剣呑な雰囲気を帯びている。

 

 そして、そのときは案外早くやって来た。

 

 殺される。本能が直感した。一秒にも満たない間に、俺と長官との距離は詰まって行く。

 

 このまま何もしなければ、数秒のうちに殺される。だが、脚が動かないから逃げることもできない。できることと言えば、右手を前にかざすことくらいだ。

 

 長官の腕が届く寸前、俺は残存魔力を振り絞って、魔法陣を発動させた。熱いとか痛いとか、そんな感覚が脳に届く間もなく、意識は消えた。

 

 

 

 スパッと目が覚めた。身体は軽く、頭もすっきりしている。清々しすぎる目覚めに死んだかと思いもしたが、知っている天井が目に入り、生きていることがわかった。

 

 目を左右に動かし、周囲を確認する。副長官専用の仮眠室に寝かされているようで、周りに人はいない。ベッドから降りて、伸びをする。うん、やっぱり爽快な目覚めだ。

 

 「何がどうなったんだろうな」

 

 原因不明の暴走をした長官に襲われて、決死の覚悟で魔法陣を発動させたら、そのまま気を失ったのはわかる。けれども、何がどうなってここに至るのかはわからない。

 

 俺が生きているということは、長官は死んでしまったのだろうか。だとしたら、俺が長官を殺したことになる。上官を殺したって、結構な重罪じゃないか。どうしよう。

 

 いや、待て。冷静になれ。俺が長官を殺したということになっているのならば、自室で監視もない状態で寝かされているわけがない。つまり、長官は死んでいないか、長官は死んでいても俺が罪に問われる可能性がないか、の二択だ。どちらにせよ、俺は安泰のはず。

 

 にしても、放って置かれているってのは、いささか寂しいものがある。気絶してる副長官を一人にしておくなよ。

 

 「おーい、誰かいないのかー?」

 

 扉から顔を覗かせて、誰もいない廊下に問いかける。俺の声が空しく響いて――

 

 「起きたか」

 

 「うわっ! 何だ、フェイロンか。驚かすなよ」

 

 俺が開けた扉の裏にいたようで、ひょっこりとフェイロンが姿を現した。俺は驚きすぎて閉めかけた扉を再度開いた。

 

 「俺が気絶している間に何が起きたのか、教えてくれないか?」

 

 「それについてはアネモネがまとめている。――読んでおけ」

 

 フェイロンが手渡してきたのは、数枚の紙が束ねられた書類。どうやら、今回の事件のあらましをまとめてくれているらしい。いくらなんでも、仕事が速すぎる。

 

 とりあえず、資料に目を通す。最初の方は、住民たちの体調不良と《悪魔の塩》の繋がりとかについて書いてある。『黒の刃』についての報告では、捕虜になった『黒の刃』の幹部の情報もあった。

 

 アジトに攻撃を仕掛けた作戦についての報告は、三枚目の冒頭から始まっている。作戦は成功で、《沈黙の鈴》を入手しました、と。おお、よかったよかった。

 

 そんな感じで流し読みをしていると、ある文に俺の目は釘付けになった。


『長官が暴走したのは、《灼ける鎧》が原因です』

 

 「灼ける鎧!?」

 

 フェイロンが顔をしかめるくらいの大声が、廊下を駆け巡った。


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