復讐の果て
「まずいな」
長官とボスの一騎打ちが始まって五分ほど経っただろうか。フェイロンが言った。独り言なのか俺に言ったのかはわからなかったが、黙ってるのもしんどかったので、俺はフェイロンに同調しておいた。
「そうだな。俺でも長官が防戦を強いられているのがわかる」
「一撃でも食らえば死ぬ可能性があるがゆえ、防戦は明らかに不利だ」
フェイロンの口ぶりからして、さっきのは俺に話しかけてきていたらしい。独り言だと決めつけて、無視しなくてよかった。
「援護したいけど俺じゃ足手まといだし、長官とボスの距離がずっと近いから魔法も撃ちづらいんだよな」
「だが、魔法しかこの状況を好転させる術もないだろう」
「そうは言っても、火球を二発当てても死なないような化け物だぞ?魔法でどうにかなるのか?」
一発目は遠距離だったが、二発目はほとんどゼロ距離だった。あれを生身で耐えるような人間を殺すには、どんな魔法が必要なのか想像もつかない。フェイロンには心当たりがあるのだろうか。
「あいつは近接攻撃しかできないわけだから、その射程外から放てる魔法ならなんでもいい。大事なのは、やつが身代わりにしている命が尽きるまで殺すことだ」
「み、身代わりって?」
「おい、それも知らないのか?」
俺に呆れ顔を向けてくるフェイロン。また俺が知らない《人斬り》の能力があるのか?
「あの剣で人を斬ると、その命を自分のものとできる。簡単に言うと、百人斬れば、百回死んでも実際には死なないってことだ。――あいつはアジトの中で相当な人数を斬ったみたいだから、殺すには手間がかかるぞ」
「それはもうインチキだろ……」
俺はそれくらいしか言えなかった。なぜこんな大事な情報を俺は知らないのか。単純に、読んだ本に書いていなかったからだ。やはり、読むのと経験するのとでは、大きな隔たりがあるということか。
「フェイロンはどうしてそんなに《人斬り》に詳しいんだ?」
「実際にやつと戦ったことがあるからだ」
「なるほど」
知識と経験。どちらが大事というわけでもないだろうが、一方に偏るのはよくないのかもしれない。
それにしても、さっきは押されていた長官だったが、今は互角に戦ってるように見える。少なくとも、俺たちがこうして安心して話していられるだけの余裕が見て取れる。何かコツでも掴んできたのだろうか。
「なんか、長官が押してきてないか?」
「間違いなく押している。しかし、どういうことだ。体力的には不利なはずなのに」
フェイロンは怪訝そうに言った。ボスと直接戦ったことがあるだけに、フェイロンはその強さをよくわかっているのだろう。本当に困惑しているように見えた。
「《人斬り》の動きがわかってきたとかじゃないのか?」
「《人斬り》には動きの癖がないというのが癖だ。最短経路で命を狩り取ろうとしてくる。その癖を見極めれば、あるいは。と言ったところか」
「長官の鎧はフルプレートだから、《人斬り》が狙うところも限られている。結果として、《人斬り》の動きを読みやすくなっているのかもしれないな」
「それあるかもしれんが、あんな動きを魔纏なしで実現しているのがそもそも異常だ。あれは完全に俺よりも強いぞ」
「ということは、もしかするとボスも倒せちゃうとか?」
「このまま行けばだが、もしかしなくても倒してしまうだろうな……」
俺は冗談半分で言ったのだが、フェイロンはごく真面目に、かつ深刻そうに答えた。
フェイロンがこんなに深刻そうな顔をするのは珍しいので、俺は改めて長官とボスとの戦いを注視することにした。
一目見てわかる先ほどとの違いとして、長官が攻勢に転じている点が挙げられる。なぜこんなことになっているのか。体術の素人である俺でもわかるのは、相手の攻撃をガードするのではなく、全て回避することによって、素早く次の行動に移れるようにしていることだ。
例えば、今の攻防だってそうだ。長官はボスの隙をついて後ろに回り込んだのだが、そんなことには構いもせず、普通の人間ならあり得ないスピードで《人斬り》は長官の顔面を狙った。
具体的に言うと、長官が後ろに回り込んだのと同時に、ボスの右腕が鞭のようにしなり、背後の長官の顔を下から《人斬り》で突き刺そうとしたのだ。普通の人間なら、自分の背後にあんな速度で剣を突くなんて無理だし、できたとしても狙いが逸れるはずだ。
だが、《人斬り》は寸分違わず、致命的な速度と精度で長官の顔を狙った。あそこに立っていたのが長官でなく俺だったら、この普通でない攻撃によって仕留められていただろう。
それで一方の長官がどうしたかと言うと、斜め下から繰り出された突きに対し、ほんのわずかに首を傾けることでそれを回避したのだ。その後、右腕を剣の下から差し入れ、その腕を払うことによって《人斬り》を遠ざけた。
そうして《人斬り》が吹き飛ばされたことによって、それに合わせてボスの身体は風に舞う綿毛のようにふわふわとしたステップを踏む。そこを逃さず、長官はボスに後ろから前蹴りをお見舞いした。長官は追撃を試み、そこからまた熾烈な攻防が始まった。
続く攻防も長官優位に進んでいるように見える。やはり、《人斬り》の動きを見切っているからこそできる所業なのだろうか。でもそれだと、体力を消耗しているはずなのに動きのキレが増していることの説明ができない。
時間が経つにつれて、長官の動きはどんどん俊敏になり、力強さも増していく。そうなると《人斬り》にもはや攻撃をする余裕はなく、ボスの身体をかばうような動きが増えてきた。身代わりの命があるとはいえ、ボスが死ねる回数には限界がある。なるべくその回数を温存したいのだろう。
しかし、そんな《人斬り》の抵抗も叶わなかった。長官はもう《人斬り》を躱すことすらせず、その切っ先を掴んだ。
俺とフェイロンは急な出来事に言葉が出なかった。その後の光景に、さらに言葉は身体の奥深くに沈んで行く。
長官は《人斬り》を掴むと、ボスの身体ごと振り回したのだ。そうしてボスの身体を地面に叩きつける。何度も何度も――。
おそらく、一回叩きつけられる度にボスは死んでいる。正確には、身代わりの命を消耗している。《人斬り》は長官の手から脱しようと、小刻みに振動しているが、長官の圧倒的腕力の前に為す術なく振り回され続けた。
「これで終わりだ。長く焦がれてきた復讐も、終わるときは随分とあっけないものだな」
フェイロンの声が聞こえた。今度はたぶん独り言だろうと思って、俺は何も言わなかった。
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ボスが噛ませ犬過ぎますね




