《人斬り》の能力
背中が焼けるのような熱に晒される。魔法陣から放たれた火球が、超至近距離で炸裂した証拠だ。
それがわかった瞬間、俺は予め決めていた通りに前方へ全力疾走した。背中が燃えるのを避けるためというのもあるが、反撃を食らわないようにするためというのが一番の理由だ。
魔法陣で魔法を二回も発動させると、そろそろ魔纏を維持するのも厳しいと思われる。だから、できるだけ距離を取りたい。フェイロンと長官の間を通り抜けて、そこからさらに十メトルほど走った。
「ど、どうなった?」
振り返って、俺がついさっきまでいた地点を見た。黒煙が上がっている。それ以外には何も見えない。
「相変わらず卑怯だな」
フェイロンが俺のところまでやって来て言った。長官はその場を動かず、警戒を続けているみたいだ。いつもあれくらい熱心に仕事に取り組んでほしい。
「戦いでは勝ったやつが正義だ。卑怯もクソもない」
「一理あるな」
礼儀とかを気にしがちなフェイロンが同意してくれるとは思わなかった。まあ、今回のような強敵を前にすれば、きれいごとは言っていられないということなのかもしれない。
「だが、まだ勝ってはいない。このまま負けることがあれば、ただの卑怯者ということになるぞ?」
フェイロンは続けてそう言った。俺は勝った気でいたんだが、そう簡単にはいかないみたいだ。黒煙から何かが這い出てくるのが見えた。
「え、何あれ。気持ち悪っ」
それを見て、思わず俺はそんな反応をしてしまった。しかし、百人がこの光景を見れば、九十七人くらいは気持ち悪いと言うと思う。
人間が蛇のようにぐねぐねとうねりながら、地面を這っているのだ。這っているのは、もちろんボス。ボスってのは長官のことじゃなくて、いや、長官もある意味では組織のボスなんだけど、とにかく地面を這っているのは『黒の刃』のボスだ。ややこしいから、やっぱりあいつには名乗ってほしい。
と、そんなくだらない言葉遊びで気持ちを紛らわせなければ、今にもお漏らししてしまいそうな光景だった。
ボスはそのままうねうねとこちらに近づいて来るが、俺たちのところに来るには、長官の前を通過しなければならない。そうするとどうなるか。
「あ」
俺は短く声を上げた。長官がボスを踏み潰されたたのだ。それは一度に留まらず、二度、三度、四度……と続く。しかし――
「ぬぅ!?」
突如、長官が巨体に見合わぬ俊敏なバックステップを取った。長官からは、焦りの伝わる声が漏れ出ていた。
だが、焦るのも無理はない。鎧を含めれば成人男性三人分くらいの重さはありそうな長官が何度も踏みつけたのに、骨が浮くほど痩せた男が起き上がってきたからである。
俺の火球を受けて、服は全て焼け落ちている。全裸で、右手には剣、左手には鈴という圧倒的変態感を放っている。今が夜じゃなければ、見ているのも辛い絵面だったに違いない。まあ、魔纏を使っているせいで、割とくっきり見えちゃんだけどさ。
そこから、全裸の痩せ男と完全武装をした大男の熾烈な戦いが始まった。見た目だけなら長官が大勝しそうなものだが、当然そんなことにはならなかった。
《人斬り》は人以外を斬ることはできないから、フルプレートアーマーを着て皮膚の露出が少ない長官は、極めて有利なはずである。なぜなら、《人斬り》で斬りつけられる部分が少ないからだ。
しかし、現実はそうなってはいない。露出している顔が執拗に狙われていて、長官がその対処に終始してしまっているからだ。手数の多さではボスが勝っていて、長官側から仕掛けることができていないのだ。
全くつけ入るような隙のない高度な戦闘が繰り広げられているのを見ながら、フェイロンが話し始めた。
「あいつはすでに気を失っている。お前の魔法攻撃を受けてな」
「は?あんなに動いてるのに?」
「よく見ろ。剣が動いているだけだ。あいつはそれにくっついて動いているに過ぎない」
言われてみれば、確かにボスの動きは不自然だった。腕が剣に引っ張られているような動きをしている気がする。そういえば、蛇のようにうねっていたときも、剣がボスの身体を引っ張っていた。これを見ると、フェイロンの言っていることにも納得できた。
「フェイロンの言う通りかもしれないな」
「これが《人斬り》の能力だ。この状態になってしまえば、あいつが意識を取り戻すか、肉体が完全に消え失せるまで、あの身体は半永久的に戦い続けるだけの人形になってしまう。人の物理的限界を超えて身体を動かし、さらには一撃で人を殺すレベルの殺傷能力を持つ剣。まさしく魔剣だ」
所有者の精神に干渉するというのは知っていたが、肉体にも干渉するというのは知らなかった。まあ、何のために使うのかわからないアーティファクトだってたくさんあるわけだし、あるアーティファクトの能力を勘違いすることくらい仕方ないよね。とまあ、こうやって自分を正当化して生きてきました。
そういえば、ボスがあんな気持ち悪い動きをし始めたのって、俺が火球を直撃させてからだから――
「もしかして、俺が気絶させちゃったから、こんなことになってるのか?」
「そうとも言えるな」
「だったら最初からそう説明しておいてくれよ。気絶させたら面倒だぞって」
「いや、《人斬り》を知っている風だったから、能力についても正しく把握しているものだと」
「それは……知ったかぶりしてごめんなさい」
「そんな謝罪はいらないから、あいつを倒すことを考えてくれ」
「もう魔力が限界かも」
「ちっ。長官の方がよっぽど使えるな」
一番言われたくないところを的確に突かれ、俺は何も言えなくなってしまった。
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