何のための時間稼ぎでしょう
「その鈴を貸してくれないか?」
フェイロンは平然と言い放った。煙草に火をつけてくれないか?というような調子でごく自然に。
対するボスも平然と答えた。
「これは特別に借りてきてるものだからダメなんだ。又貸しはダメだって、子供のころに教わらなかったかい?……あれ、そういえば僕は教わったことなかったなあ。まあなんでもいいけど、これは貸せないよ」
「そうか。――では、奪うのみだ」
否が突きつけられた瞬間、フェイロンは攻撃に移った。左足を身体に引き寄せ、真横に蹴りを放った。が、その足は細い剣に軽々と受け止められている。
「……魔纏か。ロウマンド王国に魔纏の使い手がいたとは知らなかったなあ。僕は魔力の流れが読めないから、今のは危なかったよ」
「俺はロウマンド王国の人間ではない。ただ、お前に恨みがあるだけの人間だ」
「キヒヒ。そうかい、そうかい。それは朗報だ」
「何が言いたい?」
「ロウマンド王国の人間がみんな魔纏を使えるなら僕も参っちゃうけど、君だけならどうってこ――ブゥッ!」
言い終わる前にボスは吹っ飛んで、およそ十メトル先の丘に激突した。土の塊である丘に激突したことで、かすかに土煙が上がっている。
長官が腕を振り抜いた姿勢で止まっているため、今のは長官の仕業なのだろうと推測できるが、信じたくはなかった。
しかし、長官の発言によって、俺の推測が正しかったことがすぐに証明されてしまった。
「ふんっ、制裁のビンタだ!」
つまり、フェイロンの蹴りを止めたボスを、ビンタ一発で十メトルも吹き飛ばしたらしい。俺を驚かすためのドッキリだと言われれば、即座に納得するレベルの出来事だ。むしろ、そうであってほしい。
「これ、背骨折れてる気がするんだけど。ゴフッ。あんたも魔纏を使えるのか?ゲフッ。だとしたら、ちょっと面倒だなあ」
「は?」
思わず声が出た。吹き飛ばされたはずのボスが、またさっきの場所に戻ってきているからである。別に目を逸らしていたわけでもないのに、移動したのが全く見えなかった。
「魔纏なんぞ、聞いたこともない言葉だ。どうでもいいが、ワシたちはその鈴が必要なんだ。貸してもらえぬのなら、奪い取るぞ?」
長官はボスからの質問に答えた。なんだか強盗かなんかの台詞に聞こえるが、これはロウマンド軍で中尉に相当するそれなりの地位ある人物の発言である。
っていうか、ボスの名前がわからないからずっとボスって呼んでるけど、長官とボスって同じような意味だから頭が混乱するんだけど!名前を名乗れよ、名前を!
そんな風に脳内で文句を言っても、名乗ってもらえるはずもなかった。ボスは長官の言葉に答えて言った。
「この《沈黙の鈴》が欲しいのなら、僕を殺して奪うしかないよ。でもたぶん、君たちが先にこの《人斬り》の餌食になると思うけど」
「試してみればいい」
ボスの挑発的な回答に、フェイロンはあくまで平然と対応した。自分の村の仇だというのにそれをおくびにも出さない。
だが、そうして冷静さを保とうとする姿勢は、確実に目の前の仇敵を仕留めようという心意気の裏返しでもあるように感じられた。
そして、戦いは唐突に始まった。
まず、ボスの《人斬り》が長官の首筋へと走った。自分を吹き飛ばした実力を重く見たのだろう。目で追うのがやっとの速度で剣が迫るが、長官はそれを右腕でガードする。
長官の鎧は見事に《人斬り》を弾き返した。無駄に豪華な見た目をしていると思っていたけど、見た目通りに素晴らしい性能の鎧だ。
剣が弾かれたことで、ボスの態勢がほんのわずかに後傾する。そこへフェイロンが足払いを仕掛けた。しかしその足払いが当たった瞬間、自身の身体が後ろへ傾いていたことと、フェイロンの足払いの勢いを利用して、ボスは後方へ宙返りした。
俺はこのとき――ボスが二人から離れるときを待っていた。右手を前に出し、魔法陣を発動させた。巨大な火球がボスを急襲する。物理攻撃だけだと思っていたところに、この魔法攻撃だ。刺さらないわけがない。
狙い通り、完全に命中した。爆炎が着地点辺りを覆う。普通の人間ならこれで死んでいるんだが……
枯草を焼く炎の中から、ボスがゆらゆらとした足取りで出てきた。外套が焼け焦げ、上半身がかなり露出している。その上半身は骨ばっており、長官やフェイロンを相手にできるような身体には見えなかった。
「ケホッ。見学者だと思ってたから手を出さないでいたのに。誰なの、君?」
「あー、俺?俺は見学者だよ」
「嘘をつかないでくれよ。嘘はダメだって、子供のころに教わらなかったかい?あ、僕は――」
「どうせ教わってないんだろ?さっき似たような話聞いたからわかるよ」
嘘はダメだと教わるような子供時代を過ごしていたら、こんな外道な組織のボスなんかになっちゃいない。偏見かもしれないが、たぶん合ってる。
「僕さ、自分の話の先を言われるのが、一番嫌なんだよね。ちなみに、二番目は裏切られること。つまり、どういうことかわかる?」
耳元で声がした。さっきまでは遠くから聞こえていたはずなのに。
「ほら、続きを言ってみなよ」
俺の後ろに立って、右側から囁いている。生理的嫌悪と恐怖を同時に抱かせるような声だった。
怖すぎて意識が飛ぶかと思ったが、フェイロンと長官がいるから大丈夫、と言い聞かせ、完全に人頼みな方法で自分を落ち着かせた。
「言っていいのか?続きを言われるのが嫌なんだろ?」
「何だよ、言わないのか。言ってくれれば遠慮なく《人斬り》の糧にできたのになあ」
「どういうことだ?」
恐怖でまともな思考が削がれているものの、ごくごく最低限の思考は残っていた。こうして質問すれば、ボスは何かしらの答えを返してくるだろうから、時間稼ぎができるだろうと考える程度の思考が。
「誰にでも一度や二度のミスはあるからね。そのミスが原因で斬られることになったらかわいそうだろ?」
「じゃ、じゃあ、俺は斬らないでくれるのか?」
「僕の話ちゃんと聞いてた?僕はさっき、遠慮なく《人斬り》の糧にできたのになあ、って言ったんだよ?つまり、遠慮しながら《人斬り》の糧にするんだよ。ごめんね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
俺は命乞いをする風に叫びながら、後ろ手で魔法陣を発動させた。
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