『黒の刃』
爆撃は終わらない。火球が生まれては消えるの繰り返しが三十秒ほど続いているが、まだそれが留まる気配はない。
攻撃が順調に進んでいることに安堵を覚えると同時に、行き過ぎた力に空恐ろしさも感じた。しかし、もうこれを止める術はない。
俺が呆然と煌々とした明かりを眺めていると、フェイロンが俺の肩に手を置いてきたので、それでハッとした。いつもならフェイロンはそんなことはしないから、気を遣わせてしまったのかもしれない。いやはや、フェイロンに遣えるだけの気があるとは驚きだ。
そんな新鮮な驚きによって、俺はいくらか平静を取り戻した。これはあれだな。いつもツンツンしているやつがたまにデレるとかわいく見えるという、世にも名高い「ツンデレの法則」とまったく同じ理屈だ。
と、そんなくだらない思考が湧き出てくることで、自分が調子を取り戻していることを自覚した。それを知ってか知らずか、フェイロンは肩に置いていた手を外して言った。
「行くぞ。あいつらとて最初は混乱したろうが、さすがにそろそろ落ち着いてるはずだ。周りの隊員たちが襲われないとも限らない」
「おう!」
「ガーッハッハッハ!出撃だ!」
長官がいると、いまいち緊張感が出ない。
フェイロンがいつものように凄まじい速度で飛び出したので、俺もそれについて行く。酔っぱらっていて、なおかつ重い鎧をつけているはずなのに、長官は少し距離を置いてしっかりついて来ていた。さすが、フェイロンが「使える」と評すだけのことはある。というか、これって魔纏を使ってないと実現できないスピードだと思うんだけど、長官も魔纏の使い手なのか?
その疑問に答えを出せないまま、丘の下に着いた。すぐそばで火球が放たれる光景を目の当たりにすると、やはり圧倒されるものがある。
「長官よ、撃ち方止めの指示を出してくれ」
「任せておけ」
長官はそう言って、すぅっと短く、だが大きく息を吸い込んだ。そして――
「撃ち方止めエエエエエ!」
火球が爆発する音の中でも聞き取れる声だった。近くの隊員たちが手を止めると、それが波及して周りの隊員たちも手を止めていく。十秒もしないうちに、新たに生み出される火球はなくなった。
周辺は静かになったものの、所々で炎が上がっており、それが黒く濃い煙を映し出している。
とても長い間、アジトがあった場所から吐き出される煙を眺めていた気がする。しかし、風に流される煙の形状があまり変わっていないことから、実際にはそこまで時間が経過していない。主観的時間と客観的時間の乖離がとても大きかった。
「ワシら以外は全員撤退せよ!砦まで退け!」
何の前触れもなく長官が叫んだ。すると、一斉に隊員たちは後退を始めた。普段、のほほんと通常業務に従事しているとは思えない機敏さだった。一番近くにいた隊員は、二人がかりでボンドさんを担いで退却して行った。
隊員たちの流れに逆らって、長官は向かって左側に走り出した。それを見てフェイロンが右へ走り出す。俺はその場で何をするわけでもなく、撤退していく隊員たちを見送った。
隊員たちは、豆粒くらいの大きさ程度になるくらい遠くまで撤退できたようだ。大きな混乱もなく、ボンドさんの救出と魔法陣による集中攻撃は完了したと見ていいだろう。
というわけで、これから残党狩りとなるのだが――
「これで幹部は片付けたはずだ」
「ぬるい、ぬるいぞ!」
フェイロンと長官は、互いに一人ずつ人間を引きずりながら帰ってきた。長官が引きずってきている方は、明らかに長官よりも身体がデカい。長官でも人間離れした体格だから、たぶんあれは化け物だ。
二人は引きずってきた人間をそれぞれ地面に並べた。並べられた二人は、見た感じ気絶しているだけのようである。それを見て、フェイロンは何の感慨もなさげに言った。
「どちらも幹部だな。幹部はこいつらしか生き残らなかったんだろう」
「ボスも死んでくれてると助かるんだけどなあ」
俺がそんな甘っちょろいことを言った直後、身を貫くような寒気が襲ってきた。冬の夜はもともと寒いが、物理的に寒いわけではなく、何かもっと他のものだ。
「死んでないみたいだな」
「そのようであるな!」
フェイロンが言うと、長官が同調した。
そして、それは突然姿を現した。前方数メトル先で、闇に溶け込むような黒い外套に身を包み、これまた闇に消え入りそうな長剣を右手に持っている。ゆらゆらと覚束ない足取りでこちらに向かってくる。夜という概念が具現化すれば、こんな見た目をしているかもしれない。
「やつだ」
フェイロンは静かに言った。言われなくてもわかっている、と言いたかったのに、口が思うように動かなかった。
刹那、俺の身体に強い衝撃が走った。吹っ飛ばされたのだと気づいたのは、地面をゴロゴロと数回転がってからだった。
自力で転がるのを止めた。怪我をしている感じはない。なぜ俺が吹っ飛ばされたのかはわからないが、急いで顔を上げる。
暗くて見えづらいが、向かって右のフェイロンと左の長官のちょうど真ん中あたりにあいつが、ボスが立っている。棒立ちといった様子だ。
三人の誰も動く気配がない。今のうちに俺も近づかなければと思うのだが、身体が前に出なかった。
ボスはだらりと剣をぶら下げている。その剣から赤黒い液体が滴っているのが、強化された視力によって見て取れた。そして、フェイロンの左半身と長官の右半身も、同様に赤黒い液体にまみれている。
二人に外傷はない。しかし、大量の赤黒い液体――要するに血液――を浴びている。初めは訳がわからなかったが、少しその周りを見れば、すぐに理解できた。
ボスが地面に寝そべる自分の仲間二人を斬り殺したのだろう。フェイロンと長官はその返り血を浴びたのだ。
ボスはおもむろに外套へ手を伸ばして、何かを取り出した。目を凝らすと、それが鈴の形をしているのがわかる。
リーンと場違いな涼やかな音が響く。あの鈴の音だ。その余韻が消えると、ボスが口を開いた。
「悪いねえ、ここに出てくるのが遅れて。僕のことを待っていたんだろう?アジトで生き残ってたやつを一人残らず斬ってたから、出てくるのが遅くなっちゃった。その隙に逃げられたこの二人を君たちが捕まえてくれて助かったよ。裏切者には、死あるのみだからね」
鋭敏になっている聴覚は、ボスの言葉を一言一句聞き逃すことはなかった。だが、しっかり聞こえていたはずなのに、俺はボスの言葉の意味を理解できなかった。
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ブクマ・評価ありがとうございます!
幹部十人の称号と名前、大まかな外見を考えていたのに、登場させる間もなく死んでしまいました。




