救出作戦
完全に日は落ち、辺りは暗くなっている。闇に乗じて敵地に乗り込むには、悪くない時間帯だろう。
俺とフェイロンは先遣隊として、五十人ほどの一般隊員たちとともに、『黒の刃』のアジトに向かうことになっている。アジトまでは十キロメトルほどの距離があるが、竜車で行けば、十分かそこらで着くはずだ。
本当は一気に全員で行きたいところではあるんだが、いかんせん国から見放されたこの砦には地竜があまりいないせいで、先遣隊はこの数が限界となっている。残りの四百人ほどは馬に乗ってくるため、三十分くらいはかかるだろうな。
「じゃあ、出発するぞ」
「ボンドさんをよろしくお願いします」
見送りに来たアネモネが頭を下げた。他人のために頭を下げられるってすごいよな。俺には真似できそうにない。
それとも、人に頭を下げてもらえるボンドさんがすごいのだろうか。誰かが俺のために頭を下げてくれるとも思えないし。
アネモネが顔を上げると、その横にいた長官が俺の肩をバシバシと叩いて言った。
「ワシが倒す分も取っておけよ!」
「いや、先遣隊は、攻撃を仕掛けるわけではありませんので」
「そうだったか!」
大丈夫かな、この人。さっきの話何にも聞いてないじゃん。酔っぱらってて、記憶が曖昧になってるのかな?
こんなのと一緒に作戦を実行しないといけないのは不安しかないが、長官がいないと作戦実行は不可能だとフェイロンが言うし、諦めるしかない。
「あの、副長官。長官用に」
俺が竜車に乗り込もうというとき、アネモネが筒のようなものを俺に手渡したてきた。アネモネは少し俯いていて、暗いこともあり、その表情はよく見えなかった。
俺は手渡されたものをしげしげと観察した。薄明かりのもとではよくわからなかったが、色の濃いガラスに液体が入っているようである。
「何これ」
「もしものことがあれば、長官に飲ませてください」
答えになっているような、なっていないような曖昧な言い方だ。聞き方を変えるか。
「中身は?」
「お酒です」
「酒かい!」
「では、ご武運を」
再びアネモネは頭を下げた。大事な作戦にしては、なんとも締まらない出立である。
それにしても、酒を飲ませるようなもしものときってどんなときなんだろうな。酒の禁断症状が出て、意思疎通が図れなくなったときとかだろうか。仕事中に禁断症状が出ちゃうようなやつを長官にしておくなよ。
と勝手な妄想で長官を批判しつつ、俺は今後の作戦について見直すことにした。やることはシンプルな三段階で、ボンドさんの救出、魔法陣兵器による総攻撃、ボスを含めた残党狩りって感じだ。
懸念点は最初と最後だ。つまり、三分の二は心配事なわけだ。そして、どちらかと言うと最後の方が心配だ。
何が心配って、ボスの戦闘能力が未知数であることだ。フェイロンが最後に『黒の刃』と接触したのが五年前。その当時の実力で、今のフェイロンくらいはあったらしく、それが五年の時を経て、どれだけ強くなっているかは見当もつかない。
俺、フェイロン、長官の三人で戦って、互角の勝負ができれば上々だとフェイロンは言っていた。もしそうであれば、外から魔法による援護を受けることで有利に運べるからな。
俺の希望としては、ボンドさんを助けた後の魔法陣による攻撃で『黒の刃』には全滅してほしいところなんだが、どうなることやら。
「そろそろだな」
同乗していたフェイロンが唐突に言った。外を見ても明かりがあまりないため、俺にはそろそろなのかどうなのかの判別がつかなかった。神仙人が特に視力がいいというわけでもないはずなので、フェイロンはもう魔纏を発動させることにより、その視力を向上させているのだろう。
「もう魔纏使ってるのか?」
「当然だ。いつ襲われてもおかしくないからな。発動までに時間がかかるんだから、お前も早めに準備しておけ。――というか、いつになったら俺が魔纏を発動しているかどうかがわかるようになるんだ?」
「……すみまんせんでした、師匠」
少し気になったことを聞いただけでこの有り様。こんな厳しい指導を受けたい方は、ぜひご一報ください。肉体が鍛えられることはもちろん、精神までしっかり鍛えさせていただきます。
フェイロンに言われた一分後くらいには魔纏を発動させ、ほぼ同時に目標にしていた地点に着いた。魔纏を発動させるだけで、夜目まで利きやすくなるとは、なんとも便利な技術である。
さて、俺たちが到達したのは、アジトからおよそ三百メトルの地点。この辺りは平原の中に木々が群生していて、林のようになっているところが点在しているので、そういったところの一つに潜伏しているのだ。
先頭を走っていた俺たちの竜車が止まったことで、ぞろぞろと隊員たちが各自の竜車から降りてきた。
全員が集合するのを待って、俺はなるべく声を抑えて話を始めた。
「本隊の到着は、大体二十分後だ。それまでに、ボンドさんが捕らえられている場所を特定しておきたい。協力してくれるやつはいるか?」
俺とフェイロンはボンドさんの顔がわからないため、最低でも一人、顔がわかる人が必要なのだ。
「私が行きます」
間を置かずに答えたのは、アルバートだった。先遣隊にも自ら志願して参加してくれたし、軍人としての役目を果たしたいという高潔な精神を持っているみたいだ。
「ラヴちゃんがくれた情報を無駄にはできませんからね。それに、ラヴちゃんをいいように使っていた大人たちを許すことなんてできませんから!」
違った。単に「あっち側」の人間がやる気出してるだけだった。敵の幹部にちゃん付けしちゃうって、たぶんだけど、お前前科あるだろ。
堂々と宣言したアルバートに俺は若干引いてしまったが、フェイロンはさして気に留めていない様子で言った。
「ボンドという男の顔がわかるなら、別に誰でもいい」
「それは確かにそうだな」
「では、お任せください」
アルバートは胸を張って答えた。「あっち側」の人間としての矜持があるのかもしれない。まあ、どれだけ動機が不純でも、働いてくれるなら何でもいいか。
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