アイランドホッピング
アンドロイドは、朝からせっせと働いていた。三人乗りのカヤックを波打ち際に置き、その側には、パンパンに膨らんだ防水バッグ、クーラーボックス、調理道具、食器、遊び道具が置かれていた。オーナーの姿は、朝から無かった。
ベッドの上であれこれ考えていたものだから、寝不足気味だった私は、遊ぶぞっという高揚とした気分から、部屋の隅で両足を抱えてじっとしていたい気分に替わっていた。
そんなところへ、「さて、ミスター行きましょうか?」とアンドロイドは元気よく朝から声をかけてきたから、私は朝日の中で、不機嫌なままそれの作業を見つめていたのだ。
シーカヤックのデッキには沢山の太陽光パネルが貼り付けられ、どこかにある充電装置につながっているようだった。静かに波音を立てている海に、カヤックを浮かべると、アンドロイドは、私に手招きをした。
「荷物を、乗せますからカヤックが動かないように、支えてください」と私に、仕事を依頼した。
「ああ、いいよ」とアンドロイドが指示した通りに、バウ(舳先)側のコックピット(人が乗り込む場所)を両手で掴み、カヤックが波にさらわれないようにした。
そこへ、アンドロイドは次から次へと、荷物をカヤックのハッチ(荷物を入れるところ)に詰め込み始めた、中央にあるコックピットも荷物で満載となり、上から防水カバーがかけられた。流石にこれだけの荷物を積んでから、波打ち際に持って行くのは無理だから、浮かべた状態で積み込む理屈が分かった。
すると、上陸の時は、どうやら私が最初に船を下りて、海に浸かったままカヤックを抑える事になるのだろうなということが、薄々感じられた。
「ミスター、スプレースカートとPFDを付けてくださいね」アンドロイドは、私に、PFDとスプレースカートを投げて寄越したが、私は、二つを持って眺めていたので、アンドロイドが装着してくれた。スプレースカートは水はコックピットに入らないようにするためのもので、PFDは言わば救命具みたいなものだ。
私は、バウのコックピットに乗り、アンドロイドはスターン側のコックピットにおさまって、ラダーの操作を担った。
小さい波がカヤックに当たるとっぷんとっぷんと言う音と、パドルが海を掻くぱしゃぱしゃという音を聞きながら、そよ風を頬に受けて私たちは、遠くの島影に向かってゆっくり進み始めた。
外洋に入ると、静かな水面は大きく上下にうねってきた。うねりの頂点に上がると視界が開け、逆に底に下ると水の壁だけしか見えなくなった。淡々と、ひたすら淡々と私たちは、会話も無いまま、パドルのストロークを合わせて進んだ。
やがて、私たちはひとつの島に辿り着いた、白い砂浜が広がり、奥には立ち入る隙間も無いほど鬱蒼とした木々が生えていた。砂浜のタイドラインには、木々の破片やや木の実、海の生き物のなれの果てが、砂浜の端から端まで続いていた。
私は、キャンプの設営を黙々と続けるアンドロイドを尻目に、タイドラインに沿って歩き、何か面白いものでも拾えないかと、ビーチコーミングをしていた。そうして、いくつかの形の良い貝殻を拾ってポケットにいれた。
ビーチコーミングに倦むと、アンドロイドの作業が気になりだした。既にテントの設営は終わり、小さなタープを立てようとしていたが、その手際がいまいち悪く、一本のポールを立てては、もう一本立てるのに手こづっていた。
「手伝うよ」と既に立てられたポールを私は支えた。
「ありがとうございます、ミスター」とアンドロイドは、立てたポールに紐を引っかけると、あろうことか砂浜にペグを刺して、それに紐を引っかけた。
「おいおい、砂にペグじゃあだめだろアンカーを打たないと」私は、思わず口を出した。
「アンカーを忘れてしまいまして・・・」とアンドロイドがペグを踏みつけ深く埋めようとしていた。「タープの備品の中に何時も入っているのですけどね、多分マスターが、使った後で入れ忘れたんでしょ」
「それでも、抜けると思うな。ペグは沢山あるのかい?」
「へえ、売るほどにありますけど」アンドロイドは、備品の入っている袋から、ペグをがらがらいわせて持ってきた。
「じゃあ、ペグをクロスさせてさ、その交差部分に紐を通して・・・そうそう」私は、ポールを持ったままアンドロイドに指示を出しながら、それの動きを見つめた。
「じゃあ、次はペグを刺したい位置に穴を掘ってさ、それにクロスさせたペグを埋めて」
そこで、アンドロイドはようやく私の指示を理解したようで、クロスさせたペグに紐をくくり付けては埋めた。もう一本のポールも、両腕を広げて支えると、同じ要領でテンションを与えた。アンドロイドは、タープ本体を覆い、タープから伸びる紐も引っ張りながらペグで作ったアンカーで固定した。
タープの下では、天井があるというだけで、気持ちが落ち着いた。私は、ぺたんこな座椅子に身を任すと、またせわしなく動き始めたアンドロイドを見ていた。それは、焚き火台を組み立て、タイドラインに集まっている流木をせっせと集めては、焚き火台の脇に積み重ねていた。
海の彼方では恒星がゆっくりと沈もうとしていた。そういえば、夕飯のおかずになるものを、捕っていない事を思い出した。
-まあ、初日だ。それなりのものは出してくるだろう-と思ったのがいけなかった。アンドロイドが行った仕事と言えば、湧かした水にオートミールを入れただけだった。あとは、レトルト食品や調味料が入った防水コンテナを、私の前において「ご自由にどうぞ」と言って横になった。省電力モードに入ったそれを起こすのは容易ではないが、いざという時の為に、人の言葉だけは何時も聞いているはずだった。
「酒は、ないのかい?」私は、オートミールをカップに入れてから訊いた。
「嗜好品はツアー料金には含まれませんので、持参してください」アンドロイドは、横になったまま答えた。
「だろうね」私は、吸い付き女から逃げるようにして戻ってしまった事を後悔した。せめて、コンビニでハードリカーでも買うべきだった。
「もよりの島とかに、酒を売っている店はあるかな?自販機でもいいが・・・」
「この辺りは全て無人島ばかりです。」
「デリバリーサービスはある?」
「ありますけど、無人島内に住所が設定されていませんから、ここには届けられないです。GPSもありませんし」
「そうか」私は、暫くの時間を素面で過ごすことの不安を感じた。もっとも酔っても話し相手がアンドロイドでは、面白くもなさそうだった。「そういや、君の名を訊いていなかったね」
「スラスと言います。」
「スラス・・・綴りは?」
「SLOTH・・・ナマケモノの意らしいです」
「おや、よく働くのにね」
「仕事ですから、本当は、遊びたいのですよ」
「遊びたいって?アンドロイドが?」
「ええ、そういう風にAIに偏向がかかっているから、仕方ありません」
「スラス、君はおかしなアンドロイドだ」
「私が、おかしいのではありません、そういう設計をした人間が変なのですよ」
「確かにそうだ!」私は、笑うしか無かった。空になったレトルトパックと、舐めるように平らげてしまった美味しくないオートミールが入っていた椀を海で洗うと、コンテナの上に放った。
あとは、寝る以外にやることはない、自分の備品が入った防水パックを積み上げられた荷物から探し、歯磨きセットを取り出して、カヤックの上に座りながら歯を磨いた。天気が素晴らしく良いために、空を見上げると満天の星に包まれるような気持ちになった。
ここまで星が多いと、自分で勝手に星座を想像するのも骨が折れる。多分、誰か居れば勝手に星座を銘々するごっこあそびでも出来ただろうが、一人ではそれはつまらなそうだ。
はっきりいって此処が宇宙のどの辺りなのかを正確に言える人物は居ない、SpaceFlowerによる相対性理論を無視したような移動は、地球には未だ光さえ届いていない場所に宇宙船を運ぶのだから
そういえば、昔とある惑星上で偶然出会った科学者は、そんなSpaceFlowerの研究をしていると言った。しかし、当のこのシステム自体が人類の英知により開発されたものではなく、未知の文明により作られため、そもそも基礎理論さえその文明レベルにに至っていない以上、我々に分かる筈がないとぼやいていたものだ。
後に少しは書籍を読んでみたが、SpaceFlowerの原理については、理論と呼ばれるものがまだない、その多くは○○解釈と命名された、思考実験の結果ばかりが憶測として尤もらしく語られているばかりだ。
これを作った文明とコンタクトが取れれば良いのだろうが、その文明さえ今や跡形もない。しかし、この便利なシステムが、ひとつの文明を滅ぼしたのだろうか?人類もまたその轍を踏む事になるのではないだろうかという不安は多くの科学者の中に根付いていた。 その憂いは、その科学者も同じく持っていた。私は、その出会った若い男の事を思い出していた。




