前哨
SPACE FLOWERの異名を持つドーナッツ型の空間転送装置から吐き出された官営の宇宙船が、最初に辿り付く寄港地であるノードステーションに辿り着いたとしても、それから各地に向かう船の出発まで非常に待たされる事が多い。
辺境の船は中古ばかりで故障が多く、何隻が保有していたとしても部品を抜き取る為に宇宙空間に浮かべてあるだけの船ばかりで、動くのはかろうじて1隻だけという会社が多いからだ。
その一隻が、順調に定刻通りに運行されるなんて希も良いところだ。しかしそのたった一隻だけで、このノードステーションから行くことのできる惑星軌道上のステーション、小惑星、宇宙空間に建造されたコロニーなどに人や荷物を運ぶのだ。当然、その往還には多大な時間もかかるので、時刻表も年に数便という事になる。こんな有様で故障が起きると、遅れはほぼ年単位になるのが一般常識というべきだろうか。
それでも、一般的に、ノードステーションの眼下にある、惑星との往還は、惑星にある会社が運営している事が多いため、ほぼ時刻表通りに運航している。しかし重力を振り切るための燃料代が高いことや、大気との摩擦でシャトルの耐用年数が短いことから、この往還シャトルの運賃はべらぼうに高い。
スペースシップの故障は、そのまま乗客の命取りになってしまうため、会社側もメンテナンスを疎かにすることはない。もし事故でも起きればその補償額は天文学的なものとなってしまう、だから宇宙船運行会社は、修理が終わるのを待ってからやっと運航を始める。大きな会社なら保険も入っているのだが、この手の会社では高額な保険料は払えやしないから何より安全第一だけで運行を細々と続けている。
しかし、故障が発生した場合などトラブルで欠航を余儀なくされた場合、宇宙船の運航会社はその長い欠航の間に客の部屋の面倒まで見るようなこともないし、その責務も会社には無い、宇宙の辺境に向かう客は、常にそれを念頭にいれて置かねばならないのは一つの鉄則だ。一年ものホテル暮らしに耐える財力を持つか、ノードステーションで次の便が出発するまで働くだけの技術を持っているかだ。どちらも無い奴は、持って居る最期の金で引き返すか、乞食に身を落とすしかない。
そして、ターミナルの行き先表示板上では、私が乗る予定だった宇宙船の名前の横に【故障のため欠航】と赤い文字が付属していた。運行会社のカウンターで状況を聞いてみれば、ホログラム内の美人が笑みを浮かべながら、おおよそ150日を要しますと返事をしてくれた。
出航時期が決まったらお知らせしましょうかと親切に言うので、私は携帯端末のアドレスを彼女に教えてから、人々が行きかう中を出口に向かった。
直ぐに後ろから怒鳴り声が響いた。そりゃ半年も待たされれば怒るのが当たりまえだ。私が平然としているのは、急ぐ必要が無いからに過ぎない。人づてに頼まれた郵便配達紛いの用事だけ済ませれば良いだけのことだ。
もっとも渡す相手も、このステーションで消息が不明になっている事意外分かっていない、ここから先にあるのは、ステーションの近くに浮遊する寂れた惑星が一つだけだ。もっとも、ノードステーションよりは惑星上で滞在した方がずっとましな生活ができることは間違いないだろう。
ターミナルで繁華街に向かうタクシーでさえ、ろくに暖房が効かない、恒星から離れたところに浮かぶステーションでは仕方ないことであるにしても、このステーションは寒すぎた。
このステーションで半年を過ごすには、二つの方法が私に選択できた。一つは冷凍睡眠施設に入り携帯端末に航行会社から連絡が入ったら起こしてもらう方法、もう一つは安宿に宿泊し続けることだ。前者はそれなりに前金が必要であるが、何もないステーションで暇を持て余す必要も無いので一番気楽である。後者は、それなりに安いが、飲み食い、そして遊んで過ごせば、冷凍睡眠より金が嵩むことになる可能性もある。まぁ質素な生活を心がけていれば、安く済むということだ。
私は、タクシーを街の真ん中で降りると、しばらくそこをほっつき歩いた。息が白く固まり、そこかしこに氷が張り付いている。場末のステーションの中にある街らしく、そこは都会の隅にある薄汚れた飲食街が永遠に続いているように見えた。どの店も固く扉を閉めているが、歓声や怒声がそのドアの隙間から漏れてきているので、どこも繁盛しているようだった。私は飽きるまでは安宿に泊まろうと考えた。飽きたら冷凍されれば良いだけの事だ。
☆
私が、【馬の首屋】に入ったとき、女将らしい女がフロアーで男の尻を箒で叩いて追い出していた時だった。男は「くそばばあ」と捨てぜりふを吐いて、私の横をかすめて外に駆け足で出て行った。女は、箒を床に叩き付け、「アル中野郎!」と怒りの声を吐き続けながら仁王立ちをしてドアを睨み続けていた。
ここで話し掛けるには非常に気まずそうな雰囲気である。さてどうしたものかと思いながらもフロントの前に立ち鞄を床におくと、右手でチーンと呼び鈴を鳴らした。その音に反応して女性は目を私に向けた。やつれきっているが、昔は美人ともとれる顔立ちをしていた。
「あんた、客か?」がらがらな声で彼女は、大声をだした。
「ええ、まあ」私はその声に圧倒されながら答えた。
「よかったな、そうじゃなければ、見物料を取るとこだったよ」彼女は、立ち上がって長いスカートの埃を払ってから、カウンターに向かって歩きだした。すると、二階に続く階段から一人の若い女性が大きな鞄を引きずるようにして降りてきた。
女将は、その女性に一瞬冷ややかな視線を送って、それから私の顔を見た。
「カウンターに宿帳があるから、それに自分の名前を書きな、部屋は二階の一番奥の207号だよ鍵は付いたままになっているから勝手に入りな、料金は一日300クレジットだ。払えないなら、私に相談してくれれば、いい仕事を紹介…」そして、階段から降りてきた女性に大声を張り上げた、
「あんたはちょっとお待ち!どこに行こうってんだい!」そしてまた私を見た。
「なに、ぐずぐずしてんだい!さっさと部屋に入りなよ、凍えたいのかい」私は、急かされるままにカウンターに置かれたA罫ノートの周りが茶色く変色しているページに自分の名前を書いた。
部屋は、シングルベッドと洋服タンスと小さな机と椅子しかなかった、シャワー室は無し、机の上には、色あせた小さな小冊子が乗っていた。手に取ると周囲の案内図だった。体を洗うには、地図に載っている共同浴場に行く必要がありそうだった。窓を開けると、せり上がった地平線が見えた。その地面のあちこちから、太いワイアーが上に向かって伸びている。しかしその行く先には、眩しい光源があってどうなっているかは見えなかった。
ノックの音がして、振り向けば、女将が開いたままのドアに寄りかかって、片手でドアを叩いていた。
「ここは決して治安がいいって訳じゃないから、ちゃんと閉めてくれないと困るよ」
「そうなのですか?」私は、そういって私は女将の近くに歩みよった。
「ここは、お金持ちが悠々自適に休暇を楽しむ処じゃないからね、隙あらば身包み剥がそうと虎視眈々を狙っている奴はいくらでもいる」女将は、真剣な眼差しで言った。「それで支払いは、カードかい?現金かい?」
「カード」私は、財布から一枚のカードを出した。金色に光りそのカードに周りにはホログラムが浮かび上がった。
「御大層なモノを持っているねぇ、どうこうしたってあんたしか使えない代物かね?。そんなものを持っているなら、惑星に降りればいいホテルが一杯あるだろうに」
「下には興味が無いからね」私は、サイフから別のカードを出した。
「第一、下りたり、登ったりするだけで、結構な額が出てしまうよ。無尽蔵に金を持っているわけじゃないからね」これは、嘘だ、確かに無尽蔵ではないが女将の想像では考えられない額がそのカードで取り引きができる。私は、もう一枚のカードを女将に差出した
「プリペイドマネーが残っているから、当面これで宿代を引き落としてください。支払いの認証は僕の端末からしますから、請求時に知らせて下さい。」
「まったく、こういうのが一番面倒なんだ」女将はカードを受け取った。まるで、その代償の様にタオルで包んだものを僕に差出した。
「何ですか?」
「ゆたんぽだよ。知らないのかい?」
「あ、いや・・何で」
「まもなく、惑星の陰に入るのさ、寒くなるよ。」受け取ると、手の上でほのかにそれは暖かく感じられた
「もし、持っていれば、スピリッツを一口やって寝た方がいいよ。しばらくすると、零下20度まで下がるからね、、このステーション全体を暖めても、そんな温度にしかならないのだよ。酒が無いならフロントに降りてきな、私も一杯やるとこさ」彼女は、即答を期待していたらしく、私をしばらく見詰めていた。「どうすんだい?」
「じゃ、一杯だけ。」
「ゆたんぽは、布団の中に入れておきなよ」そして彼女は、さっさと降りてしまった。
窓を閉めようとすると。上空の光源はさっきより弱まっていた。ノードステーションは夜を迎えようとしていた。
☆
確かに一杯だけ、しかし、90度を越えるそれは炎を飲むようなものだった、女将はここではそれが当たり前だと言った。寒いから飲む、しこたま飲む。運がよければ、酔ったままあの世に行ける。運が悪ければ、寒い思いをしてこの世に戻ってくる。彼女はそういって、グラスの酒をを煽るように飲んだ。
飲むだけで、彼女とはろくな会話もしなかった。互いに平凡な世間話を始めても返事を一回返すとそれだけで終わってしまう、そんな黙っている時間の方が多い会話だった。
だから私は、沈黙の気まずさから逃げるように、そそくさと部屋に戻りベットに潜り込んだ。息は白く氷つき、腹がもうれつに空腹を訴えた。何も食べないまま、いきなり夜が来るなんて思いもしなかった。ただ、ゆたんぽの温かさにつられて、知らぬ間に私は、眠りに付いていた。




