『幻の殿下像』─石の肉体美は悲劇を語る─
ディアマンド=フラムマ=ルークスソーリスは、海の藻屑と消えた天空城の、最期の主と言い伝えられる王族だ。
“残虐な暴君”、“戦の化身”、“無邪気な悪魔”、悪い伝承に事欠かない悪役でありながら、彼の時代から数百年の時が流れ、民主主義が進んだ今なお一部に根強い人気がある。
曰く炎の精霊王の直系で最も皇帝の座に近かった。見目麗しい妖精じみた美貌の持ち主で、逆らう者は笑いながら全て焼き尽くした。煌びやかな宝石のコレクターだった。
……幾人もの側室を囲ったが、愛したのは奴隷の少女だけだったなど、残酷なだけではない興味深いエピソードも多々あり、中でも愛を捧げた奴隷を失い心を壊し、国を滅ぼすきっかけとなった逸話は、一定数の悲劇を好む層も惹きつけられた。
ただ彼を語り継ぐ物語は数あれど、その姿を写した絵画などはあまり現存していない。
革命を成し遂げた英雄たちが、ディアマンドにまつわる肖像や彫刻のほとんどを破棄したからだ。
だからこそ想像力がかき立てられ、後の人気に繋がったのだとしたら、なかなか皮肉なものである。
さて、そんなディアマンドだが、今回新たに半身像が発見された。
どうやら革命の最中、装飾品目当ての窃盗犯によって廃れた教会の地下に打ち捨てられていたものが、奇跡的に見つかったらしい。
両の手は砕かれて紛失しているものの、端正な顔立ちや薄布を纏ったしなやかな肉体美が良質なアラバスターで象られており、壊れて欠けているが、否、完全でないからこそ、不思議な魅力を感じずにはいられない逸品とのことだ。
様式や素材から、ナロー美術館にたった一枚収蔵された肖像画と近い年代のものと特定され、類似性から生前のディアマンド本人がモデルだと学芸員や歴史研究者が断定している。
ご存知だとは思うが、ナロー美術館(第二分館)の『ディアマンド殿下の肖像』は、歴史的価値だけでなく芸術的価値も高い名画だ。
装飾的な短剣を弄ぶ、肌も露わな鮮やかな赤毛の美少年こそディアマンドその人である。若くして儚く散った奴隷の少女の悲愴な美しさと対比するように、無邪気にも嗜虐的にも見える笑みを浮かべて、赤々と燃ゆる炎を背負う……。
そっと描かれた宝石のような青い花の煌めきに魅入られた、という声も少なくない(一説によると、見る者の心に訴えかける芸術ゆえに破壊を免れたということだが、あながち間違いではないだろう)。
……しかし残念なことに、発見された彫像の方は一般公開されないことが決定してしまった。
ディアマンドは一部には愛されているが、反面、過酷な時代を生きた長命種を筆頭に、蛇蝎のごとく嫌う層もまだまだ多いのである。
ディアマンドの彫像は美術品としてではなく、研究用として大切に保管されている、ということだ。
だが隠されれば見たくなるのが人情というもの。
筆者は、極秘裏に彫像の素描を入手することに成功した。
荒削りな画風からわかる通り、これを描いたのは本職の画家ではない。
資料外の写真は残すことが禁止された中、関係者の一人が記憶を頼りに描いたものだが……。
ディアマンドを現す形容詞に“永遠の少年”というものがある。
いつまでも若々しい容貌と無邪気な残酷さが由来だが、素描ではその形容詞に似つかわしい、美しい少年の像が描かれていた。
斜めに傾いだ月桂樹の冠は王朝の衰退を想起させ、瞳孔のない眼球には何者も写し出せない。
肖像画よりも長めの巻き毛は冷たい石肌に影を落とし、傲慢な笑みが削げ落ちた無表情にはどこか物悲しさが漂い、そのせいか整った目鼻立ちがやけに大人びて見える。
左胸に近い位置のブローチには、本来金箔が施され宝石が嵌まっていたのではないか、とされている。
彼の髪色のようなファイアオパールだったのか、瞳の色のルビーか、はたまたディアマンドの名前に因んだダイヤモンドか。
ぽっかり空いた穴が何とも虚しい……。
いろいろな要素が、もしかしたらこの彫像が製作された時期には、すでに最愛の少女を失っていたのかもしれないと匂わせた。
それにしても……鉛筆の線で浮き彫りになる、意外にしっかりした首元に肩、発達過程の胸筋に、丁寧に彫り込まれた腹筋の陰影、なだらかな胴体のライン。
精霊王より伝わる剣術の使い手だけあって、想像以上に逞しい姿ではないか。
しなやかな二の腕より先は欠けて無くなっているが、手を伸ばした先にあったものはなんなのだろうと、思いを馳せずにはいられない。
肖像画のような華やかさはないが、素朴な素描ながら、少年の肉体特有の美を感じ取れた。
誇張された筋肉ではない、リアルな肉質だ。
素人の素描でこれだけの情報が伝わるのだから、本物の彫像はさぞかし素晴らしいのだろう……。
素描は逆に本物を見てみたい、触れてみたいという渇望を引き出す結果に終わってしまった。
「願わくば、いつか本物が展示されますように」
ディアマンド=フラムマ=ルークスソーリスの彫像は、暴君の別の一面を捉えた貴重な資料となったが、けして公開されることなく、『幻の殿下像』として秘やかに語り継がれることとなるのだが、それはまた別の話である。
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というわけで、今年も長岡更紗さん主催の『肉の日マッスルフェスティバル』に参加しました~(´▽`)ノ
今回は『リッカ~瑠璃色の復讐劇~』からディアマンド殿下(の彫像)を描いています。
①SSのみの投稿(なるべく5000字以内。無理なら増えてもOK)
②イラストのみの投稿(筋肉があると分かるイラスト)
③イラストとSS両方合わせての投稿(イラストは何枚でもOK、SSはなるべく5000字以内。無理なら増えてもOK)
今年は③に挑戦して、間に合わない時は②に切り替えようという腹積もりでした。
一昨年は筋肉を強調するべく色を絞ったイラスト三種盛り合わせ、去年は宗教画風を目指してステンドグラス調のイラストを描きましたが、今年は難産で……。
まず、テーマが決まりません。
出来るだけ前年度と同じ描き方にならない縛りで描いてるせいですね(自業自得)。
かといって、切り絵、スクラッチアートでは意外性がないですよね?
どうしたものかと悩んでいたら、1月も半ばに差し掛かって来たので、長岡さんの活動報告に決意表明して逃げ道を塞いで来ました(参加表明しなくていいって書いてあったんですけど、気合い入れで……)。
そこからまた悩み、原点に戻って、自分の中の筋肉像に考えを巡らせました。
私の好きな表現はギリシャの彫刻のような筋肉です。
石膏像にしても全身像ではないのに筋肉が際立つ作品が多いですし。
彫刻のような筋肉にしようと思った時、頭に浮かんだのはギリシャっぽい服を着ている殿下……。
「そうだ、殿下を彫刻にしよう」
と言っても彫刻を作る技術はないので、鉛筆デッサンにしてみました。
思い起こせば学生時代、石膏像をよく描いたものです。
石膏像のデッサンは鉛筆や木炭で描いて、練り消しやパンで消して、ガーゼで線をこすってぼかしたり影をつけたり、描いていて楽しいけど難しく……。
石膏像は白いから、描き込み過ぎてもいけないし、描き込みが足りないと薄っぺらくなるし、紙の白の残し方、鉛筆の削り方や描き方、工夫することがたくさんあって、すごく勉強になりました。
殿下(彫像)の服装は、以前イラスト交換企画で長岡さんに描いていただいたものを参考にして、(布にブローチをプラスしたもの)構想を練っている時に思いついたSSにも、長岡さんのイラストの描写を入れさせて貰ってますm(_ _)m
私の頭の中では、彫像の製作時期はリッカの死後で、作者は当時の植民地にいた腕は良いが権力者におもねらないタイプの職人です。
天空城お抱えの彫刻師が殿下の手で粛正されたため、抜擢されました。
最初は殺される覚悟で断るつもりだったのですが、殿下の変化に気付き、創作意欲が刺激されて引き受けることに。
それまでの殿下がモデルの作品は、無邪気に嗤う幼さの残る姿ばかりだったのに、完成した像は明らかに異彩を放ってる。
殿下の側近は激怒したけれど、その妙な生々しさが戒めにちょうど良いと殿下に気に入られて、職人は命拾いしてます。
しかし天空城に搬入される前に革命が勃発、どさくさで盗難の憂き目に遭うも、結果的に後世まで遺っていたという設定です。
壊れた腕はミロのヴィーナスのインスパイア。
個人的に石膏像は容姿ならマルスの胸像、布の表現はブルータス、筋肉はラオコーンが好みなのですが、殿下はラオコーンほどの筋肉はないので上記二つを参考にデザインを考えました。
『大理石 彫刻』『彫像 少年』『彫像 イケメン』
検索して画像を見て回って、イメージを作りました。
こんな彫像ありそうだな~と思って貰えたら幸いですm(_ _)m
最後まで読んでいただき、ありがとうございますm(_ _)m




