209 V-白衣メイドに聞いてみた
六人での雑魚寝という、今日日修学旅行ですら起こり得ないような大雑把に過ぎる入眠を果たしたのち、ヘレナとメアリーは一旦、荷物を置きにそれぞれの宿泊先へ。
夕方……よりも早い時間までには再度合流するということで、その間に飽きもせずハロワにインする華花と蜜実。最早、というか最初から、静かにそれを見守る親二人。
さながらそれは、実家に帰省した若者が結局何をするでもなくいつも通りにだらだら過ごす的なアレと――構図としては逆だが――通ずるものがある。
兎角、平日昼も過ぎ、同郷かつ一般的なOLはログインしていないであろう時間帯だからこその、彼女からの頼みを遂行するにはもってこいなタイミング。
「――ふむ、マスターがそんな話を」
主無き時計塔の一室で、その側近の一角――ケイネと『百合乃婦妻』が向かい合う。
「うん、ちょーヘタレてたよー」
もの凄く失礼なミツの言い草にも気を害することなく、むしろ、白衣のメイドはけらけらと笑いだす。
「奥ゆかしさもまた、『彼女』の魅力というやつさ」
凡そクロノには似つかわしくない形容は、強調された名詞の通りリアルでのクロノ、いわゆる中の人を指した言葉なのだろう。
「そんなに気に入ってるんだ」
楽しげなケイネの表情から導き出されたハナの言葉は、まさしくケイネの、現実のクロノへの情念の一端を表すに相応しいものであった。
「うむ、うむ。普段のマスターがどこまでも尊き存在であるという事は、言わずもがな分かっているとは思うけどね……対して『彼女』は本当に、本当に、ごく有り触れた善良な女性なんだよ」
そちらの文化や常識にはまだ疎いけど、と、そう前置きしながらも、それでも分かるらしいリアルクロノの平凡さ。けれどもケイネの声音は、「有り触れた」などと評価した人物を語るには、あまりにも優しく、喜色に上擦ってすらいた。
「本人も言ってたけど、ホントに……その、普通の人?なんだねぇ」
正直なところ、普通のOLとやらの人物像があまりはっきりと浮かんでいない女学生二人、ややも首を傾げながらも、『彼女』の自己評価と他者評価の合致を見て取って。
そして故にこそ、頭部の傾きはさらに大きくなっていく。
「こう言ったら失礼かもだけど、ちょっと意外かも。ケイネもハンも、普通の人を好きになるんだ」
方向性は違えども、如何にも奇人変人稀有非凡なこの二人が。それこそ、クロノのような強烈な人間性に惹かれたようなロリコンと天才が。
現実を見たところで離れていくことはあるまい、とは婦婦も思っていたのだが。
普通であることに、更なる思慕を見せるとは。
「あー、でも……」
しかしここで、二人ははたと思い返す。
ハン曰く、ケイネ曰く。
「彼女は向こうでも素晴らしい人物だった」
以前に当人らからも聞き、つい先日クロノ経由でも耳にした、そんな、平凡と言うには少々大仰な賛辞の言葉。
「ちょっと矛盾……っていうか、なんていうかー」
首が疲れてきたのか、今度は反対側へと揃って首を傾げれば、これまたうんうん頷きながら、ケイネが待ってましたと口を開く。
「『彼女』の魅力はソコにあるんだ。女帝たる我がマスターとしての姿と、『彼女』の平々凡々とした人となりの大きな隔たり。しかし間違いなく『彼女』は敬愛するマスターなのだと、分かってしまうんだよ」
「うーん……?」
「ふむぅん……?」
その物言いは大した説明にもなっておらず、何の論理性だって無い。仮にも天才だ天災だと謳われたケイネシス・クロクアンタにしては、どうにも情緒的過ぎる……のだがしかし、この白衣メイド、ことクロノに関しては大体こんな感じと言えば、まあ、こんな感じでもあるわけで。
やはり、自身らが考えていたような「素晴らしい人物だから素晴らしい人物なのだ」理論が回答なのかと、曖昧に頷いて返すハナとミツ。
「あはは、分かりにくくて済まない……ふむ、では……」
対するケイネ、この二人、何だか教え甲斐があるんだよねぇ……などと内心考えながら、ざっくばらんな補足説明に入る。
「そうだねぇ……ハナ君、ちょっとウザかわ系の後輩キャラになってみてくれないかい?」
「えー、ミツ先輩ってぇ、私のこと好きなんですかぁ?へぇー……♡ふぅーん……♡まぁ、悪い気はしないですけど?」
「どうだいミツ君?」
「しゅき。分からせたい」
「うむ、そう言う事だよ」
「「なるほど」」
そして得られる、極めて直感的な理解。
表面的な性格の違いが必ずしも本質の違いに直結するわけではないということの、あまりにも迂遠で茶番めいた証明に、これが時の管理者たる才覚かと、婦婦も感服せずにはいられない。
「普通のOLだろうと中二病幼女だろうとクロノちゃんはクロノちゃんで、そこがクロノちゃんの素敵な所……ってことだねー?」
「正解」
「これは確かに、本人に言っても伝わりにくいかもね?」
「恐らくはね?」
安直な悪戯のように語尾を真似れば、ここまで言っておいて恐らくなどとぼかして見せる。
くくくっと悪い笑みを浮かべ合う三人の姿は、とてもではないがクロノには見せられない代物であった。
「――少なくともこの点に関しては、ワタシとハンの意見は完全に一致していると言って良いだろう。我らが主は、いと尊き御方という訳だ」
締めくくるケイネの言葉には、細かな趣味嗜好に違いはあれども、敬愛するクロノひいては『彼女』に対する愛情は互いに認めるところである、と、そんな意味合いが込められていて。
「……そう言えば、ハンさんのことは呼び捨てなんだ」
それこそ呼び方一つにも、聞く側がそれを感じることができる。
いつも仲良く駄弁っている、などというイメージは今一つ湧かないが、けれども確かに、二人は一つ志を同じくする者たちなのだと。
すなわち、主を愛でるという至上命題の元に。
「彼女は、言ってみれば同志だからね。どこまでも対等であるべきかなと」
「なるほど」
「え、じゃあー」
友人レベルなら君付け、同志は呼び捨て、主君はマスター。
こう並べてみれば、婦婦的にはもう一つ、気になってくるものがある。
「向こうではクロノちゃんのことなんて呼んでるのー?」
ここでは『彼女』と呼び称する、愛すべき平凡なその人への思慕を、一体どんな言葉に乗せているのだろうか、と。
「それは勿論、マスターと」
「「おぉー」」
「呼んだら、流石に恥ずかしいと怒られてしまってね」
「「あぁー……」」
「素直に名前で呼ばせて貰っているよ」
「「おぉー」」
「君達だってそうなのだろう?」
そこは感心するところなのか?
返すケイネの口ぶりには、流石にちょっとばかりの苦笑が混じっていて。
「そうだけど、いや、なんか」
「大人って感じー」
しかしそうは言っても、クロノがオフ会時の出来事を頑なに秘匿している事実を以ってすれば、「名前で」と呟くその表情にも、何かこう、ひとつまみの色気のようなものが内包されているような。
そんな思いを「大人」という言葉に集約させる、妄想力逞しい未成年二人。
「さて、どうだろうね?」
ここぞとばかりに意味深な表情を浮かべて見せるケイネには、今日もやはり、悪戯心が過積載であった。
◆ ◆ ◆
「――あ、そうそう、クロノ的には「一回会っただけで移住は流石に気が早いんじゃないか」だってさ」
「……え、今更言うのかい、それ?」
「一応、二人を説得して止めて欲しいってお願いされてたからねぇ」
「一応ね」
「一応、一応~」
明らかに申し訳程度の義理立てであった。
去り際に、思い出したかのように言うものだから、流石のケイネも困惑を見せずにはいられなかったのだとか。
次回更新は11月24日(水)18時を予定しています。
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