205 V-側近がぐいぐい来るらしい女帝の悩み
遠路はるばるお母様方が来たからと言って、別に観光案内などするわけでもない。
元より華花も蜜実もインドア派。明日華も花恵も、そこまで外出に執念を燃やすたちでもない。こんな暑いシーズンであれば、なおのこと。
つまり、家主二人がいつものようにハロワにインするのは特段おかしな話でもないし。
母親二人が、ほどほどになーなどとは言いつつも、ヘッドセットを装着し肩を寄せ合ってソファに沈み込む娘たちを微笑ましく眺めるのも、まあ、ある種の予定調和ですらあった。
眠りについた肉体が、真夏の刺すような日差しよりおよそ十分の一程度に柔らかく暖かい視線を向けられていることなど露知らず、華花と蜜実は近況報告も兼ねてクロノの元へ赴いていた。
「――てわけで、今日からしばらくは、あんまり長くいられないと思うー」
ほどほどにという明日華の言葉通り、一応、客人がいる間はプレイ時間を減らそうと前もって決めてはいた二人(ログインしないという選択肢は無かった)。
こちらでの交流が多いヘファとエイトが来訪すれば、なおのことイン率は下がるだろう、と。
「……ええ、了解したわ」
事前に伝えられていたその辺りの事情を改めて聞きつつ、なればこそ今日しかないと、クロノは神妙な面持ちで大地を踏みしてめいた。
ここはいつもの時計塔でもなければ、『時計塔周辺街』内ですらない。町の周辺を囲む荒野すらも超えた先にある、草原……というほどでもない亜乾燥地帯。
目に映る範囲にもまばらに、ぽつぽつとプレイヤーたちが見えてはいるが、その中にクロノ及び婦婦の直接の関係者はおらず。側近二人も時計塔に置いてわざわざこんなところまで出向いたのは、言わずもがなその側近二人に関わる事由からであった。
「で、今度はあの二人、何しようっての?」
先のオフ会以降、ますます粘度を増していくハンとケイネの思慕の情は、たびたび顔を合わせる程度の婦婦にすら分かり切っているものであり。主であるはずのクロノが遂に、まるで逃げるようにしてこんな場所での密会を望んだということは、それ相応に面白い出来事でも起こり得るのだろう。
二人で挟み込みクロノの左右をブロックしながら、愉悦をありありと浮かべた笑みで迫る。
「……その……」
「その?」
「……あの……」
「あの?」
「……えっと……」
「「早う吐け」」
仮にも見目麗しい幼女に対して、あまりにも容赦のない催促。
それを受け、なぜこんな底意地の悪い婦婦に相談事なんてしてしまったのかと最中にあって後悔してしまうのは、クロノ然り未代然り、百合乃婦妻の友人たちの性なのだろうか。
しかしどうにも不思議なことに、気が付けば何度も、話を聞いてもらっている。
必ずしも良い解決策が授けられるわけではないのに、下手をするとアホほど煽り散らかされて終わりの時すらあるのに、それでも何となく話してしまう。もしかしたら、どこまでも他人事のように面白おかしく笑い聞くこの二人のスタンスが、相対する者の口を軽くしてしまうのかもしれない。
なんてことを片隅で考えつつ、ニッコリ笑顔で詰められたクロノの桜色の唇が、いつものように降伏した。
「……あの二人、こっちに移り住みたいと言い出したのよ」
「あら」
「まぁ~」
そういう方向性かー、なんて、呑気な驚きの声が二つ。
こっちとは勿論ハロワ……ではなく、現実世界でのクロノのそば、ということくらいは、その至極複雑そうな表情から容易く読み取れる。
「凄いねぇ、ぞっこんだねぇ」
「――軽いわっ!!」
取り合えず思ったことを率直に言ってみたミツであったが、返すクロノの表情は集中線でも背負っているかのような迫真っぷりであった。
「いやあのね、こんなこと年下の二人に話すのもどうかとは思うんだけど、そもそも国を跨いで移住だなんてそう簡単にいくかって話で、いや、そりゃ移動自体はできるよ簡単に、飛行機乗ったらすぐだもんね?でも住むってなると、環境の違いとか文化の違いとかとにかく違うことがいっぱいあるわけだし」
……。
「大体、移り住むって仕事とかどうするのよって話で、いや二人とも何とでもなるとか簡単に言ってるけど、いやいや確かにあの二人ならなんとか出来ちゃいそうだけど、いやでも今までの生活全部捨ててこっちに来るなんて、私の何がそんなに琴線に触れたのかっていう話で」
…………。
「ていうか、たった一回会っただけでそれは流石に早計じゃないかなっていう私の意見は全然普通のことのはずなのに、なんであの二人は一度の邂逅で十分だなんて口を揃えて言えるのかという疑問は尽きないわけでして」
………………。
「だからもうこの際、恥を忍んでお願いしたいんだけど、二人にも彼女たちを説得するのを手伝って欲しいの。私一人じゃ、その、押し切られちゃいそうっていうか……ね?」
「「……めっちゃ喋るじゃん」」
「はっ」
果てなきキャラの大崩壊。
唐突にしがないOLみたいな口調になったクロノの、普段ではあり得ないような長文台詞の連続に、婦婦も思わず真顔になってしまう。
言われて初めて気が付いたとばかりに顔を赤らめるのは、それほどまでに彼女が追い詰められているという証だろうか。
「こ、こほん……とにかくあの二人には一度落ち着いて貰いたいのよ」
務めていつも通りの、気高く麗しく痛々しい時統べる女帝めいた声音を作ろうとするクロノだが、秒間何文字なのか計測したくなるレベルの長文早口の後では、もう何をしたって手遅れな感はあった。
「……うーん……」
その辺り弄り倒したいと言えば弄り倒したいのだが、しかしこれ以上キャラ崩壊を加速させるのも流石に忍びない。そんな、一応は残っていたらしい情けのようなものからか、婦婦も今回ばっかりは、話の内容の方に意識を向けてあげる。
「止めて欲しいってことは、クロノは二人と一緒にいるのが嫌なの?」
問うハナ自身、そんなことは絶対にないんだろうなぁと思いつつ……本人が意識の表層でどう思っているのかを知るためにも、ずばり切り込んでいく。
「……嫌ではないのよ、勿論。二人共いつも私に尽くしてくれているし、あちらの世界でも素晴らしい女性達だったわ。でも、だからこそ、なんでリアルの私なんかに……」
どうしても言葉尻が窄まってしまうのは、仮想と現実での大き過ぎる自己の差異がゆえ。
平凡なOLに過ぎない自分をなぜそこまで、という疑念。
そもそもリアルな凡人について語ることそのものが、傲岸不遜な『クロノ』らしからぬだろうという躊躇。
この二つが、クロノの語尾に三点リーダーを付け加えてしまう。
「何でって思うんだったら、本人たちに聞いてみたらー?」
「聞いたわよ。でもどっちも「貴女はこちらもあちらも関係なく素晴らしい人物です」としか返してくれないのよ」
「じゃあ問題なくない?」
「大有りだって!あの二人は……そうだっ、きっとあれだよ、こっちでのこの超かっこかわいい『クロノ』のイメージを、リアルにまで引きずっちゃってるだけなんだよっ!フィルターとか補正とかってやつ!」
「クロノちゃん、口調口調~」
ちょっとの問答でまたしてもロールプレイが崩れてしまうほどに、そしてなんだか良く分からない謎理論を展開しだしてしまうほどに、本人的には理解の及ばない事象であるらしい。
「あっ……ええと、まあ、つまり、そういうことではないのかと今思い至ったのだけれど、どうかしら?」
「どうかな」
「どうだろうねぇ」
「ぐぅ……」
にまーっと笑いながらぼかした物言いをするハナとミツに、通算何度目かの後悔をしかけるクロノ。恨めしげに睨み付けるその眼光はお世辞にも鋭いとは言えず、そもそも相談を持ち掛けたのは彼女自身であるからして、恨みごとを言うのはとんと無意味なことである。
「良く分かんないけどー、こういう時の理由とか動機なんて、びっくりするくらいシンプルなモノなんじゃないかなぁ~」
「シンプルって言われても……私のどこを見て素晴らしい人物だなんて……」
その一言が答えであり理由であり帰結であるにも拘らず、その中にまだ理由があると思い込んでいる。
割り切れない数字をなおも割ろうとする無為な思考は、未代とはまた別のじれったい面白おかしさを醸し出していて。
「――ま、取り合えずはハンとケイネにそれとなく伝えてみるけど……さっきも言ったけど、私たち少しの間はあんまり長くインできないから、期待はしないでよ?」
何を伝えるとは明言しないまま、暗に面白そうだから今後も特等席で観覧させて頂きますと宣言するハナ。
「ええ、ありがとう。話して少しは気が楽に……なったのかしら、これ……?」
無意識の内にそれを読み取ったのか、或いは単に、案の定何も進展しなかった此度の相談そのものを憂いての言葉か。
やはり語尾を点々まみれにしたクロノを先頭に、幾分かゆったりとした足取りで、三人は『時計塔周辺街』への帰路に就いた。
次回更新は11月10日(水)18時を予定しています。
よろしければ是非また読みに来てください。
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