203 R-母、襲来
〈――もしもーし、あたしだあたし。もうすぐ着くぞ〉
「……分かってるから、そんな頻繁にかけてこなくてもいいって」
リビングに小さく響く、華花の呆れたような声。
次いで、デバイス越しに表情を読み取った通話相手――母・白銀 明日華の笑い声が聞こえてくる一室には、既に夕日が差し込みつつあった。
〈ごめんね、明日華ったらずーっとそわそわしてて〉
〈ばっ、やめろ、言うなって……!〉
もう一人の母――花恵の声と、それから何やら、わちゃわちゃと風を切る音まで聞こえてくるような。
「あはは、待ってますねぇー」
相も変わらずな義両親の睦まじさに、蜜実は顔を綻ばせる。
気の強そうな方が手玉に取られているその様相は、何処か自分たちの関係にも似ているようであり。しかし今となっては、華花の方も随分といじわる上手になったものだから、やっぱり自分の嫁は、両方の母親の気質をしっかりと受け継いでいたのだろう。
そんなことを考えてますます上機嫌になる蜜実と、その隣で呆れたような溜め息を両親に聞かせる華花。
二人共もう準備は万端、間もなく訪れるであろう白銀婦婦を、リビングのソファでゆったりと待ち構えていた。
◆ ◆ ◆
そして、益体もない親子の通話から数十分と経たないうちに、華花と蜜実の愛の巣へと白銀婦婦が到着した。
「よっ。久しぶりだな、二人とも」
「久しぶり。元気だった?」
キャリーケースを引いて玄関に立つ明日華は、カッターシャツに濃紺のジーンズという、長身に良く似合うシンプルな恰好。
隣に佇む花恵の方も、ややゆったりとしたシルエットのブラウスにデニム生地のロングスカートと、お揃いとは言わずとも雰囲気を合わせてのご登場であった。
「お久しぶりですー」
華花ちゃんも割と似たような恰好しがちだなぁ……なんて思いながら、素直な笑顔で迎える蜜実。
「って言っても、ハロワでちょいちょい会ってたけどね」
対して華花の口からは、どうしたって、多少の憎まれ口もでてしまうというもの。
別の反抗期というわけではないけれど、やっぱりそういうお年頃、久しぶりに直接会うと、ちょっとばかし気恥ずかしくなってしまうものなのである。両親というものは。
「リアルではって話だよっ、この跳ねっ返りめ!このこのっ」
「ちょ、っと、やめてよ、ねぇ、もぉ……!」
それを分かっていて頭を乱暴に撫でる明日華も、やめてと言いつつ笑みを浮かべている華花も、まあ、この親子にとってはお約束のようなものなのだろう。
「あはぁ、とりあえず荷物預かりますねぇ」
「あらいえ、お気遣いなく」
眼付きの鋭い二人のやり取りを眺めつつ、こちらはこちらで、如何にも嫁姑なやり取りをしている蜜実と花恵。やいのやいのと姦しい嫁たちに笑みを溢しながら、先んじてリビングへと向かっていった。
「……私たちも行こっか」
「……だな」
我に返ったスレンダー組も後に続く。
「綺麗に片付いてるじゃない」
「ここ数日で、急いで掃除したんですよぉ~」
「……蜜実、それ言ったら意味なくない?」
取り合えず、荷物はリビングの隅っこにでも放っておいて、明日華と花恵はソファで一休み。
「なんだ、そんなに取っ散らかってたのか?」
「明日華お母さんの仕事部屋ほどじゃないよ」
「うぐぅ……」
華花と蜜実の方はやっぱり軽口を叩きながら(主に華花が)、キッチンから冷えた麦茶を持っていく。
「どうぞー」
両親をソファに、自身らはクッションを敷いてカーペットの上、テーブルを挟んで対面する形で家主たちも一旦、腰を落ち着ける。
「ありがとう」
「ありがと、気が利く嫁だなぁ」
「いえいえー。もぉ、どんどん顎で使っちゃってくださいねぇ」
「マジか。じゃあそうだな、取り合えず――」
「帰る?」
「帰らねぇよ」
大方、テンプレートに肩でも揉ませようとしたのだろうが、過保護で嫁バカな華花が、そんなことを許すはずもなく。
「蜜実に苦労かけさせるようなら、追い出すからね」
四分の三以上が本気成分で構成された鋭い眼光で、自身の母を睨み付ける。
「しかしそうは言ってもな、今回は嫁いびりに来たようなもんであって」
「違うでしょ」
めげない明日華に、すげない華花。
玄関先から途切れることのない二人のやり取りに蜜実は、にこにこにこにこ、満面の笑みを浮かべていた。
「……分かる?」
「分かりますとも~」
このやり取りを見るのが楽しいんだと、花恵と二人、頷き合う。
「……」
「……まあ、なんだ、仲良くやろうぜ」
「……そうだね」
酒もないのに肴にされていることに気付いた明日華と華花は一時休戦。
無論、此度の滞在期間中にこの締結が幾度となく破られるのは、火を見るよりも明らかであった。
「――取り合えず、夕飯はどうする?もうちょっとゆっくりしてから?」
仕切り直しのありふれた会話も、四人もいれば二倍以上に賑やかになる。
「そうだな……先にシャワー浴びて良いか?」
「あ、そうだね。どうぞ」
「その間にお夕飯準備しておきますねぇ。チルドですけどー」
「ありがとう。ほんと、お構いなくね」
「いえいえ~」
「ま、もうちょいしてからな」
「結局だらけてるんじゃん」
「うっせ」
戸をくぐって三十分足らず、もう我が家の如くくつろぐ明日華に、なんのかんの言って華花も、小さな笑みを浮かべている。
「華花ったら、さっきから明日華とばっかり話して。私のこと忘れてない?」
「……そんなことないよ。花恵お母さんは元気?大丈夫?明日華お母さんが変なことしてない?」
「失礼な」
「大丈夫、しっかり手綱は握ってるから」
「そっか、なら安心」
「おーい、あたしそんなに信用ないかぁー?」
心配の仕方がおかしい。
そんな明日華の非難の言葉も、全力でソファにもたれ掛かっている体たらくでは、何の正当性も残念ながら持ち得ない。
しかしその代わりとでも言うべきか、こちらも足を崩してくつろぐ蜜実の方から、援護射撃が。
「大丈夫ですよぉ。いざという時はとっても頼りになるって、前に言ってましたからー」
「お?なぁんだ、華花、お前何だかんだ言ってあたしのこと大好きなんだな?ええ、この?」
にたぁっと笑う母、怪訝そうに眉根を寄せる娘。
「……私そんなこと言ったっけ?」
「花恵お義母さんが言ってましたぁ」
「お前かい」
真犯人も母であった。
「前にそんな話をしたような気もするわ」
前、というのは去年の夏の話か、あるいは時折向こうのセカイで顔を合わせていた折にか。定かではないがとにかく、何故か得意げな顔でうんうんと頷き合う母と嫁の仲が良好なようで、華花としては嬉しいような、不利なような。
「ま、花恵お母さんと蜜実、仲良いっていうか。波長があってそうだし」
「だな。あたしたち見て笑ってるところなんて特にな」
「人聞き悪いわねぇ」
「そうだよぉ。ただ、微笑ましいなぁって思ってるだけー」
「「……それはどうも」」
基本的に手玉に取られる方。
自分たちの立ち位置を理解してもなお、苦し紛れの憎まれ口を叩かずにはいられない。
(しかしこいつら、揃うと相乗効果でますます勢い付きやがる……)
この二人の仲が良いということはその分、自分たちがいつにも増して弄ばれるということであり。元より受け気質な明日華としてはたまったものではない。
(明日華お母さんが隙を見せ過ぎなんだよ……)
華花としても、最近は拮抗しつつあった蜜実との力関係がまたも傾きかねない事態を、そう易々と看過する訳にはいかず。
似た者母娘はその鋭い視線を交わらせ、一矢報いんと牙を研ぐ。
(うるせ。いいか、ここはあたし達で協力して、婦婦関係の主導権を握るんだ。分かったな?)
(……分かった。でもお願いだから、足は引っ張らないでよ)
(んなぁ!?言うようになったじゃねぇか)
やっぱり若干、噛み付き合いながら。
((……みたいなやり取り、してるんだろうなぁ))
そして、そんなことお見通しな残る二人も、ますます笑みを深めていって。
「……さて、と。んじゃそろそろ風呂でも借りようかね」
「はぁい。じゃあわたしたちはその間に、お夕飯の準備しておきますねぇー」
「チルドだけど」
こうして夏の母娘水入らず、婦婦二組入り乱れる仁義なき主導権争いが、なんとなーく勃発した。
次回更新は11月3日(水)18時を予定しています。
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