夏休みのちょっと前
その遊園地は悠たちが住む街から電車で数駅、この前にも行ってあの男と遭遇した仙台市でも今度は逆、繁華街ではなく周囲を自然に囲まれた場所にある仙台レジャーランドだ
電車からバスに乗り換えて1時間程度は揺られなければならないが、ちょっとした小旅行とでも思えば特に苦痛でもないだろう
「うわぁ、なつかしー。てか、まだやってたんだ、あそこ」
「細々とやってたらしいがな。近々閉園するとかで、有終の美ってやつを飾ろうとしてるんじゃないか?だいぶ安くこの手のチケットが手に入ったらしいぞ」
と、いうもののその仙台レジャーランドは立地の悪さからか今では開園当初の華やかさはなく、二人も幼い時に数回行った事があるのを覚えているくらいだ
実際、郁斗の話ではもうそろそろ閉園するらしい
「近場の競泳用のプールしかない市営プール行くよりはマシか。で?いつ行くの」
「お前水着持ってないだろ?そういうの大丈夫なのかも含めてチケット渡すついでに聞いておこうと思ってな」
行かないなら行かないで、俺が適当に断っておく、と郁斗は言うが悠にそのつもりは全くない
「今更水着で何言ってんのさ。こちとら体育の水泳で水着どころか女子更衣室で着替えですよ?今更水着で嫌がらないよ」
「いや、そうじゃなくて遊び用の水着持ってないだろ?買いに行くことになると思うんだが」
あ、成る程と悠は手をポンと叩き郁斗が何を言いたいのかを理解する
そう、今の悠はまだ今の女子の身体になり立てだった時の桜のスパルタ教育のせいで火の車、どころか燃え尽きて灰になっている状態なのだ
父の豪や兄の新一の財布の紐も固いだろうから、遊び用の水着を買うお金を作る方法が今のところない状態になってしまった
「んー、だからと言ってまた郁斗から借りる訳にもいかないしなぁ」
「女子の水着がどの程度の相場かにもよるな。流石にあまり高いと俺も今月赤字になる」
普段から決して散財している訳ではない二人だが、アルバイトもしていない二人はあくまで高校生らしい程度の月5000円のお小遣いしかもらっていない
案外、5000円なんてちょっと遊んだり、飲み食いしたりするとあっという間に消えてしまう
二人も例に漏れず、月の終わりには財布の中はほぼ空っぽ、と言うのが常だった
「しょうがない、お母さんに言って口座から少し出してもらうかなぁ。ちょっと小言言われそうだけど」
「道場を手伝った時の給料だっけか?」
「そそ、道場手伝うたびに一応、お給料ってことで出てるらしいけど、自由に使えないんじゃ無いのと変わらないんだよねぇ」
高嶺家は当然の通り自営業だ。道場に通う生徒から月謝を支払ってもらうことで家計を切り盛りしている訳だが、その道場で悠が担当していた剣道の練習がある度に働いている、とみなして豪と桜は息子の悠にお給料を出していたのだ
が、それは将来の為の貯金、ということで通帳もカードも母の桜の管理下にあるため悠は全く以て自由に使えない目に見えない財産と化していたのだ
「ダメもとで聞いてみる。郁斗からも援護射撃よろしく」
「今行くのかよ」
「こういうのはさっさとやった方が良いじゃん」
早速、下にいるはずの桜に交渉すべく郁斗を伴って部屋を出て、階段を降りて桜を探す
「水着を買いたい?んー、まぁそういう事なら良いでしょう。女の子には必要な物だしね」
「ホント!?」
台所で今晩の食事を準備していた桜にダメもとで聞いてみると意外と反応は悪くなく、あっさりとOKをもらえた
チケットを用意してあるうえに水着の一つくらいはあった方が女の子的にも良いでしょう、という判断らしい
予想外にも即OKがもらえた悠は郁斗とハイタッチして喜び、これで遊びに行けるとホッとする
折角用意してもらったチケットを格安で手に入ったとはいえ、断るのは流石に憚れられもする
「じゃあ、後で下ろして来てあげるからその時にね。無駄遣いはしないように」
「はーい」
気の良い返事をしっかりして、台所を後にして部屋に戻ると今度は水着をいつ買いに行くかだ
どうせならちゃんとしたのを買いたいので少なくともデパートくらいには行きたいものだと悠はルンルン気分で考える
「とりあえず、行けるってことは伝えておくから、それに間に合う様に逆算して買いに行くか」
「りょうかーい」
その辺りの連絡は郁斗に任せ、上機嫌の悠の頭の中は既にどんな水着を着るかで頭がいっぱいだった




