おつかい
スーパーは大体自転車で10分、歩くと25分くらいの場所にあり、開店間際であるのに既に近所の奥様達がお昼の買い出しに来ている様だった
「あっつー、帽子でも被っておけばよかった」
顔をパタパタと仰いで少しでも涼しくならないものかと試みるも手で仰いでも起きる風は微々たるもの、あっという間に噴き出て来た汗を手で拭いながら、自転車の籠からエコバックを降ろし、スーパーの中へと向かう
「わんっ!!」
「うわっ?!」
そのちょっとした道中、たかだか10mかと言うところで悠は予想もしない難敵と出会うことになる
「い、犬……!?」
「ワン!!ワン!!」
入り口近くのポールに繋がれ、元気よく吠えて尻尾もぶんぶん振っているのは小型犬の焦げ茶色のトイプードルだ
くりくりとした目ともこもことした毛が可愛らしい人気の犬だが、そんな可愛らしい犬を前に悠は普段の様子からは全く想像できないような、完全なへっぴり腰になっていた
実を言うと武道の家に生まれた高嶺 悠は犬や猫を始めとした動物の殆どが大の苦手
決してアレルギーを持ってる訳でもないし、ハムスターくらいのサイズなら平気なのだが兎や小型犬くらいのサイズになるともうダメで完全に逃げの姿勢になってしまう
つまり、悠はスーパーの前にこのトイプードルがいる限り、中に入れない状況なのだ
そのくらい苦手なのである
「うぐぐぐ、誰さこんな入り口近くに犬繋いだ人……!!」
恨めしそうに唸る悠のことなど露知らず、犬は全力で遊ぼう!!遊ぼう!!と元気にこっちにアピールしまくり
悠はこれが原因で動物が苦手になったのだ
一言でいうと動物に好かれ過ぎるのだ。他人より明らかに好かれる。知らない人には容赦なく吠えまくる犬も、気まぐれな猫も、牧場の馬や羊、ペットショップにいたフクロウ、はては動物園のライオンでさえ、ガラスの向こう側へと集まって来る始末なのだ
この異常なまでの動物からの好かれ体質で幼少期に数度、牧場のふれあいコーナーなどで動物たちに揉みくちゃにされてもう完全に動物に対して苦手意識が出来上がってしまっている
他のスーパーに買い物に来た人たちは不思議そうに首を傾げながら悠を見るが、悠の先には小さな犬が一匹いるだけ。今、その犬は悠を一心に見つめおりこうさんにもお座りをしつつも尻尾をぶんぶん振って遊んでくれるのを待っている
対して悠は「お前とは遊ばねぇよ!!てか飼い主どこだ!?」と頭の中で罵詈雑言の嵐である
両者の溝は埋まらないどころか深まっていくのはいと悲しきかな
願わくば飼い主がいち早く戻って来るのを待つことを祈っている、その時だった
「キャン!!キャン!!」
ポールに結いつけてあったリードがするりと解けたのである
この事態に悠は一瞬に思考が追いつかず、一瞬固まる
「――――っっっ?!?!?!!」
そして、声にもならぬ声を上げてこちらに猛ダッシュしてきた犬を物凄い勢いで避けた
避けられた犬は一瞬不思議そうにその場で立ち止まるが、犬と言うのは基本的に超絶ポジティブな生き物である
すぐに『そう言う遊びなんだ』という結論直結したようでこれまた嬉しそうに追い掛け始めた
悠はこの時点で涙目だ。苦手なものに追いかけ回されて冷静でいられる人間などいないだろう
ここに郁斗や動物嫌いを知っている知り合いがいれば事態はすぐに解決しただろうが生憎郁斗は学校、たまたまおつかいを頼まれた平日の日中にスーパーに用事があるのはお昼を自宅で過ごすマダム達くらいである
結局、悠は約10分もの間、炎天下の元に元気なワンコとの壮絶な追いかけっこをする羽目になったのだった
なお、飼い主のおばあさんの一言は「あらあら、遊んでくれてたのかい?ありがとねぇ」だった悠は静かにキレながら汗だくの半べそで漸くスーパーの中へと入って行くことが出来たのだった




