第1章:唐揚げの香りと鉄の錆臭
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犬神家の屋敷は、福岡県、犬鳴の森の境界線に優雅に佇んでいる。大きな窓から漏れる琥珀色の明かりが、薄霧に包まれた庭に温かな彩りを添えていた。室内では、80年代の柔らかなシティポップが流れ、台所から聞こえる油の弾ける音と混ざり合っている。
「江戸さん、これで十分サクサクになったかしら?」あかりが歌うような弾んだ声で尋ねた。彼女は桜の模様が入ったピンク色のエプロンを身に纏っている。その手には、湯気を立てる熱々の唐揚げが握られていた。
ソファに座り、法律の専門書をめくっていた江戸は、顔を上げて薄く微笑んだ。「完璧な香りだよ、愛しい人。君はいつも油の適温を熟知しているね」
しかし、その温もりは食堂の入り口で断絶していた。
高価なオーク材の食卓の四番目の椅子には、中年の男が座らされていた。その体は皮膚に食い込むほどの鋼鉄のケーブルで固く縛り上げられている。口には布が詰め込まれ、それはすでに唾液と血で濡れそぼっていた。男の目は見開かれ、もはや声にすることのできない恐怖に満ちていた。
パタ……パタ……。
男のふくらはぎから血が滴り、磨き上げられた木の床に落ちる。
「おかえり、しおり」玄関が開く音が聞こえても、江戸は本から目を逸らさずに言った。
しおりは、シワ一つない清潔な高校の制服姿で入ってきた。彼女は部屋の隅にある生け花の瓶に飛び散った赤い斑点を見つめ、足を止めた。彼女の眉がわずかに潜められる。「お母様、血が春の花にかかっているわ。これ、掃除するのが大変なのよ」
「あら、ごめんなさいね、しおりちゃん! この人が少し……暴れたものだから」あかりは低く笑いながら答えた。彼女は椅子に縛られた男に歩み寄り、まるで踊り子のような優雅な動きで小さなフォークを男の太腿に突き立て、ほんの一切れの肉を削ぎ取った。
しおりは短く溜息をついただけだった。彼女は通学カバンを置き、ノートパソコンを取り出すと、死にかけた男がまるで家具の一部であるかのように食卓に座った。指先がキーボードの上で踊る。「心配しないで。犬鳴の森から半径一キロ以内に入った時点で、彼のスマホのGPSログは消去済みよ。デジタル上では、この男は天神駅で『失踪』したことになっているわ」
あかりは江戸に近づき、夫の口に唐揚げを運ぶと、愛おしそうに彼の頬にキスをした。彼女の唇に残った僅かな赤い汚れが、江戸の肌に跡を残す。江戸はそのキスに応え、右手であかりの髪を慈しむように撫でた。その一方で、左手には、彼女と共に晩餐の「後片付け」を手伝うためのメスを握りしめていた。
「味噌汁が冷める前に、これを終わらせよう」江戸が優しく囁いた。
江戸が男の胸ポケットを調べ、私物が残っていないか確認しようとしたその時、指先が硬く冷たいものに触れた。彼はそれを引き抜いた。
食卓の明かりの下で、金属のバッジが鈍く光った。福岡県警察の警察章だ。
江戸の周囲で世界が静止した。彼の目は見開かれる。これは単に家族の平穏を乱した一般市民ではない。重大な事態だ。
「あかり……」江戸の声が平坦に、冷たく響く。「今回、君が連れてきたのは一体誰なんだ?」
あかりは親指についた血を舐めとり、狂気に満ちた大きな瞳を輝かせて江戸を見つめた。「素敵な人でしょ? 二人で一緒に皮を剥いだら、きっと綺麗だと思ったの」
「最後までお読みいただきありがとうございます。次回の更新は明日、22:00を予定しております。また明日お会いしましょう!」




