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排除の理論――人はなぜ他者を消したがるのか

 令和四年七月八日、安倍晋三元首相は当時四十一歳だった山上徹也氏に銃撃され死亡した。この事件については既に拙著「安倍氏銃撃事件に思う」「続・安倍氏銃撃事件に思う」で述べたところであるが、補足しておきたい。


 秩序を形成し、人々をこれに従わせるのは権力者特有のパワーではない。人々には十人十色の「私的秩序」があり、それは道徳心や日常の振る舞い、言葉遣いなど多岐に及ぶ。


「あの人の食事マナーが気に食わない」

「あの人の言葉遣いが気に入らない」


 これら「マイルール」こそが私的秩序であり、人々は自らの私的秩序につき

「他人に理解してほしい、承認してほしい」

 と欲求している。

 私的秩序を内包し、その承認を求める欲求の前に、人は平等なのである。

 しかし実際に私的秩序に他人を従わせるとなると、腕力、経済力、政治権力などが決定的意味を持つことになる。


 山上氏にとっての私的秩序(山上秩序とでもいおうか)は

「統一教会とつながりがある政治家は好ましくない」

 これであった。

 山上氏と安倍氏、両者の保有するパワーの圧倒的な差のために眩惑されがちだが、本件には

「山上秩序とは相容れない存在である安倍氏を、山上氏が排除した事件」

 という側面もあった。

 

 拙著「安倍氏銃撃事件に思う」にも記したとおり、統一教会との関係を糾す弁連の抗議文は、安倍事務所に受領を拒否されている。

「反統一教会」は安倍秩序からは排除されたのである。


 安倍氏は山上氏によって銃殺され、山上秩序から強制的に排除された。

 安倍氏が山上秩序に適合するかどうかを決める権利を有していたのは山上氏だけで、安倍氏にコントロール出来ることではなかった。自作の銃によりパワーを手に入れた山上氏は排除を断行した。


 コントロール不能に陥った排除の理論が、リーダーでさえも呑み込んでしまった実例といえはしまいか。

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