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どうして××が××の××を持ってるの?

 太陽は少しずつ真上に近づく。


 王たるタルールは、目の前で起きている事を整理する。頭はいたって冷静だった。


 始まりがあるとすれば、まず、サニギから反乱を知らせる手紙だろう。それによってゲランの反乱分子と思われる者たちは徹底して排除した。優秀な戦士は殺し、民は奴隷として捉えた。


 それでも、疑っていたのだ。サニギからの手紙、それがそもそもの罠ではないのか、と。


 それは目の前に、サニギが現れた今、確信に変わった。


(愚かな女だ。自分の死に、領民を巻き込むとは)


 彼は誰のことも信じていない。だからこそ、最強足り得るのだ。




 タルールはサウザンの中央に位置する領地で、領主の庶子として生まれた。

 父の領地はサウザンの中で最も小さく、また弱く、しかし、他の領地といくつも境界が接しているという立地的特性から、かろうじてその存続を保っていた。


 だから彼が領主に、しかも王になることなどあり得なかった。


 初めて死を意識したのは、まだ幼かった頃だ。殺そうとしてきたのは、実の母だった。

 寝ているときに首を絞められ、なんとか逃げ出した。父の気を引きたかったのか、あるいは我が子が邪魔になったのか。その理由はついに分からないままだった。

 母はまもなく領主の子の殺害未遂の罪で殺されたからだ。



 ――母が死んだのは、弱かったからだ。



 その時に誓った。自分は強くあろうと。


 やがてタルールは、冷酷な青年へと成長していった。


 兄を毒殺するのは簡単だった。自分を信頼し、やすやすと部屋に招き入れた兄の落ち度だ。そしてタルールは、次期領主の座についた……。


 ガン・ダーバと初めて出会ったのは父の葬儀の場だった。噂は聞いていた。良き領主であると。


 領地の政策の成功により、めきめきと力をつけたタルールと、もともとの武力のあるガン・ダーバ。

 だからその頃、国の内乱を憂慮していたサウザンの王が、二人に平定を命じたのは自然なことだった。


 王は言った「より功績を挙げた者に王座をやる」と。


 ――ならば、なぜだ。


 サウザンの内乱をより治めたのは、タルールだった。しかし王が指名したのはガン・ダーバだった。


 ガン・ダーバのやり方は手ぬるい。争いよりも和解により地を平定する。


「国民あっての国だ。タルール、お前は確かに争いを鎮めたが、民の多くを犠牲にした。それでは、誰もついて来ぬ。誇りなき王には、誰も従わぬのだ」


 王はそう言った。そして王からタルールを庇ったのもやはりガン・ダーバだった。


「我が王。タルールは先の平和のために戦ったのです。これから先の国民が嘆かぬよう、必要な犠牲であったと思います。私は……私は弱く、覚悟がなかった。王にはタルールこそがふさわしい」


 王の言葉はタルールを崩壊させるには至らなかった。しかしガン・ダーバの言葉は……



 ひどく、馬鹿にしている、と思った。



 父母に恵まれ、領民に愛されたガン・ダーバに、身一つでのし上がってきた自分の覚悟を語れるものか。



(しかしガン・ダーバは一つだけ、正しいことを言った。王にはこの俺こそがふさわしい)



 そして、タルールは王の後継者が正式に決定される前にガン・ダーバを殺した。上手く行ったはずだった。実際、王になったのは自分だったから、確かに見かけ上は全く問題なかったと言える。


 しかし、ガン・ダーバを神のように崇めるゲランの民。彼らのせいで、自分の栄光に陰りがさすのだ。いつまでも、ガン・ダーバの亡霊を追う彼らは、ひどく目障りだった。


(馬鹿馬鹿しい。ガン・ダーバはもういない。俺のやり方こそが正しかったのだ)


 サニギから反乱を知らせる手紙が届いたのは好都合であった。どの道、ゲランは滅ぼすつもりだったからだ。


 それがサニギの策略だとは、薄々勘付いていた。正確に意図を読み取っていた訳ではない。

 しかし彼女が見た目よりもずっとしたたかであることは気がついていた。だがそれも、小娘のやることと、甘く見ていた自分もいた。



 今日の早朝。



 何者かがアバデに侵入したという知らせを受けた。


 付き人達が自分を逃がすため、宮殿からの抜け道に案内する。しかし、タルールは僅かな違和感を感じ取った。


 あまりにも……


(付き人の魔法使いはなぜ慌てない?)


 外への通路はいくつもあるというのに、冷静な判断で迷いなく抜け道へと案内する。まるで、予期していたかのように。



 あまりにも、出来すぎている。奇襲にここまで冷静に対応できるのか?


 ――疑わしきは、罰せよ。


 タルールは誰のことも信じない。それは、自らが最強の武人であると分かっているからだ。


 その場にいた付き人を殺し、浅はかにも王を襲わんとする不届き者達の顔を拝みに、騒ぎが最も大きい広場に姿を現した。


 そこには、やはり、と言うべきか。

 憎悪の表情を浮かべる、ガン・ダーバの娘、サニギの姿があった。


 ならば、この突然の争いを仕掛けたのはやはりゲランの民。


 タルールはほくそ笑む。


 これで正当な理由を持ってガン・ダーバの亡霊を振り払える。サニギを処刑し、ゲランを再起不能にしてやろう。


 彼女は、まだこちらには気がついていないようだ。付き人だろうか、妙な見てくれの少女を伴っている。



(いや、あれは……!?)



 タルールがりんねに気がついたのは、りんねが兵を光により消し去った時だった。その圧倒的な光が、タルールをはるか思案の彼方から現実に呼び戻す。


 りんねが光を放つ度、兵達が灰となる。


「聖女……! まさか、本当だったのか!」


 瞬間、ガン・ダーバの幻影も、サニギを処刑することも頭から消し飛んだ。



 ――あの聖女を、我が物に!!



 より高みを目指すために、聖女が必要だった。




 ◆




 タルール王がこちらを見て笑っている。そのなにもかも超越したかのような不気味な笑みに、私は思わず動けなくなってしまった。


 兵を消すことに、もう躊躇しないと決めたはずだった。


 人間である限り、誰も私の力に及ばないはずだ。タルール王はなおも余裕の表情を崩さずに、こちらに向かってくる。


 恐怖が這い上がってくる。得体の知れない化け物に対峙しているかのようだった。


「りんねさん!」


 サニギさんの声で我にかえる。ハッと気がついた時には、目の前に兵が襲いかかって来ていた。


 ――油断した。


 その時、突然兵が倒れる。背中には矢が突き刺さっていた。


「りんね無事か!? 今、そっちに向かう!!」


 聞こえた力強い声は、レオのものだった。彼を見る。先ほど見せていた悲しげな表情はもうしていない。そのことに、少し安心する。


 しかしレオは、こちらへ向かいながらも誰かの姿を探しているように見えた。そうか、と気がつく。あの、カイという名の男の子がいない。きっとはぐれてしまったんだ。


「レオ! 私は大丈夫! それよりも、カイ君を! きゃあ!」


 悲鳴を上げたのは、サニギさんが私を馬から落としたからだ。止まっていたため、怪我はしていないが、予期していなかっただけに、咄嗟に対応できなかった。


 近くまで来たレオが馬を降り、助け起こされる。


「レオ! ウィルは!?」

「二手に分かれたんだけどさ、見失っちまったみたいだ」

「大変なのよ! ここに、カム……」

「りんね! サニギ姫が!」


 言われて、サニギさんの姿を確認する。


 彼女は単身、馬を走らせ、戦いの合間を駆け抜けて行く。まっすぐ、タルール王に向かって。


 彼女の行く道を作るように、ゲランのみんなが援護する。


 一方、こちらへ進撃するタルール王の周りにも、彼に続かんと流れができた。


 二つの波が、広場をかける。そして、ぶつかる。



「サニギさん!」



 叫んだ時、大きな火柱が上がった。敵味方関係なく、その火柱は轟々と人を飲み込んで行く。炎に飲み込まれた人々の恐ろしい悲鳴が響く。


「タルール王の魔法だ!」


 アバデの兵士たちに歓喜の声が広がる。勝利を確信する声だ。その火柱から離れた位置にいる私たちにも、その炎の熱が伝わる。


 火柱はしばしその場に留まった後、やがてどす黒い煙を残して消えた。


「タルール王の炎の魔法は知れている。強大で、凶悪だと。その炎に包まれた後には、何も残らないと……!」


 レオの焦る声が聞こえる。呻き声と煙の中、人の姿は確認できない。周囲で戦っている人たちも、手は止めないものの、そこを注視しているのが分かった。黒い煙は渦を巻き、まるで様子がつかめない。ゲランのみんなに、静かに絶望が広がって行くのを感じる。


 と、


「あれは……!」


 レオが何かに気がつく。煙の中から一筋の赤い光が唐突に空に浮かび上がった。


「あれはカイだ! 無事でいる! 僕らにそれを知らせているに違いない!」


 レオは馬に再び跨り、私を乗せると周囲にいる味方を勇気づけるように言った。


「ゲランの民たち! 煙の中、サニギ姫は無事だ! まだ諦めるな! 僕は救出に向かう! 共に行く者は付いて来い!」


 その姿があまりにも様になっていて、一瞬、状況を忘れて見入ってしまった。我に返ったのは、馬が走り出して、レオが話しかけた時だった。


「だけどりんね、なぜここへ? 危険じゃないか。それにサニギ姫まで連れて」

「そうよ! レオ!」


 私はここに来た目的を告げる。


「今は戦っている場合じゃないの! もうすぐ、もうすぐここに、神威が落ちるのよ! 早くこの町から皆を避難させなくちゃ!」

「ここに神威が!? いつだ! なぜりんねが、いや、それよりも、どうやって逃げるかだ……!」

「ウィルを探さなきゃ!」


 その時、前方で、歓喜の声が聞こえた。



「ゲラン万歳ー! サニギ様、万歳ー!!」



 歓喜の声はどんどん広がり、一つの声の塊のように聞こえる。ゲランのみんなの、魂の声だ。前方の煙が徐々に晴れてきて、その場にいる人たちの姿が確認できた。


 そこに見えた人物に向かって私は叫んだ。


「ウィル!」


 ウィルが、立っていた。隣にはサニギさん、カイ君の姿もあった。


 そして、ウィルの手には、なんとタルール王の首が握られていたのだった。

 どうしてウィルが王の首を持ってるの?

なぜ王の首を?次の回で分かります。ちょっとだけ時間が戻ります。

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