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大波乱の予感

 サニギさんを置いて野営地を出た後、私はすぐにアバデへ向かおうとした。


 しかし、


「ほ、方角がわからない……!」


 そう、道なんて知らないし、地図なんて頭に入っていない。考えなしに進むのは、私の悪い癖だった。

 途方に暮れていると、


「りんねさん!」


 後ろから馬とともにサニギさんが現れた。


「私も一緒に行きますわ! タルール王を討った後で、みなさんを逃せばいいんだもの。それに、私もゲランの現領主として見届けなければ」


 さすが一領地のお姫様のようで、へこたれていない。しかし、どこか不安げだった。手綱を握る手は微かに震えている。


 誰だって、怖いと思うものはあるんだ。サニギさんの恐怖の対象が何かわからないけど、抱えている思いは決して軽いものではないはずだ。


 私はサニギさんの馬に乗せてもらい、アバデに向かった。





 しばらくすると城壁に囲まれた町が見えてきた。市中いたるところで戦闘が起きているらしく、多くの煙が上がっている。


「まだ、戦っているということは、タルール王を討っていないんだわ」


 サニギさんが苦々しげに呟いた。


 西門と、広場が最も激戦になっているようだ。私たちは意を決し、西門から町中へ入った。


「タルール王は昔の王が使っていた宮殿にいるはず。クシューが向かっているわ。奴隷となっている民たちは広場の方に……」


 サニギさんがそう言った時、広場の方角が急にざわざわとし始めた。

 思わずサニギさんを見るが、特に気がついていないようだ。だけど、嫌な予感がする。


 サニギさんを連れて、広場へ向かう。


 私たちの様子に気がついたアバデの兵がこちらに向かってくる。


 

 ――バシュ



 私は、手から光を放つ。兵はたちまち灰になり、消えた。こんなにもあっけなく人を倒す事ができるなんて。


 サニギさんが息を飲むのが分かった。


 今、兵士たちに構っている暇はない。早く皆を避難させないといけない。そんな小さなものを気にしてはいられない。私は大きなものを救わないといけないのだから。


 次々に向かってくる兵たちを、やはり次々と葬り去る。


 ようやく広場にたどり着く。そこは大混戦の様相を見せていた。「素早く殺して素早く去る」その作戦が成功しているようには見えない。


 私たちに気がつき襲ってくる兵。私はまた、光を放った。


 兵は跡形もなく消える。


 その場にいた、残りの兵たちは驚き、その手を止めたようだ。




 そして私は、驚いた顔をしているレオと目が合った。


 私に向かって、どこか悲しげな顔を向けている。なぜそんな顔をするの?


 そして、もう一人、広場の反対側にいる明らかに異様な雰囲気を発している男を見つけた。


「タルール……! なぜ、ここに」


 サニギさんの様子から察するに、男こそサウザンの王様、タルールなのだ。


 遠目にも、身長は高く、ガッチリとした体、そして長い黒髪を後ろに縛って、口元には不気味な笑みを浮かべているのが分かる。


 あれが、タルール王。確かに他の兵たちとは違うオーラを身にまとっている。


 だけど、彼がここにいる、ということは。


「失敗、したんだわ……。」


 サニギさんの、絶望する声が聞こえた。


 タルール王がこちらを見る。その目はどこか余裕で、それがとても恐ろしく感じた。




 ◆




 話は、りんねがアバデに入る前に遡る。



 朝日が昇り始めたようで、あたりが少しずつ白んでくる。


 ウィラードとクシューは王宮に入り込むことに成功していた。複雑に入り組んでいるが、王の行き先は予想できる。


「ゲランの子らが表で派手に暴れている。タルール王は安全な場所まで脱出するはずだ。王宮からの脱出口は限られているから、抜け道も絞られる」


 クシューが言う。

 ウィラードは顔を布で覆い、隠した。エルドールの騎士がサウザンの王を襲ったと分かれば、内乱ほどに単純な話ではなくなる。


 クシューが持っている地図はかなり正確なもので、城からの抜け道が細部に至るまで書き込まれていた。


 彼女はそのうちの一つにあたりをつける。西門の騒ぎから最も遠く、外へと逃れられる道だ。「ここへ向かう」というクシューに、しかしウィラードは疑問を持った。


「確かにある程度王の行き先は予想できるが、なぜそこまであたりをつけられる?」


 正確に王の行く先を予測するのは不可能だ、と思う。違う抜け道を通る可能性もある。それでもクシューが言い切れるのは、おそらく、


「内通者がいるのか」

「あんたには関係のないことだ」


 ばさりと切るようなクシューの言葉で確信する。タルール王に近しい人間に、協力者がいるようだ。王宮の正確な地図も、それならば説明がつく。


 ならば、タルール王を討つのも早い。本格的に軍が動き出す前になんとしてでも終わらせて、さっさとりんねの元へ帰らなくては。自分たちは先を急がねばならないのだ。


 しかし、クシューとウィラードは少し後、驚愕することになる。なぜなら、向かった先には王の姿はなく、代わりに従者と見られる死体がいくつも転がっていたからだ。


 そのうちの一つの死体の顔を確認するとクシューは吐き捨てるように言った。


「この死体はあたしたちの協力者だ。くそっ! タルール王にバレたんだ!」





 では王はどこへ消えたのか?


 それはレオナードが知ることになる。





 レオナードを含む西門の争いは、すぐにその場を市中へと移した。士気が高いゲランの戦士たちは、奇襲も相まり完全にアバデの兵士たちを圧倒していた。ゲランの攻撃は魔法、剣、全てにおいて上回っている。


「こ、こいつら、強すぎる……!」


 そう絶望したのはアバデの兵だ。自分たちを襲って来ている連中は一人一人がかなり強い。加えて、どこかに弓の名手がいるらしく、敵に切り込もうとすると確実に仕留められるのだ。


 アバデの兵士たちは目的も分からないこの敵にただ翻弄されるばかりだった。


 馬に乗ったゲランの戦士たちは、ただひたすらに、同胞が捕らえられている牢を目指す。それは中央に位置する王宮から見て西側、つまり比較的西門に近い場所に位置している。


 バルトから秘密裏に支援された武器を抱え、奴隷の解放に向かう。ゲランの民の反乱であるとすぐにはバレないように、解放するのは他の奴隷も一緒にだ。


 奴隷を解放したら、武器を与え、騒ぐだけ騒いで、兵たちの目をこちらに惹きつけておけばよい。その間にウィラードとクシューがタルール王を討つのだ。レオナードたちの役割は、大規模な陽動だった。


(王を討ったと合図があれば、さっさと逃げよう)

 

 そう思いつつ、レオナードは乱闘の中で、カイ少年を見つけた。果敢にも兵に向かい、剣でやり合っているようだ。


「このやろー!」


 そんな声が聞こえる。


 やるじゃないか、とレオナードは思う。

 それは剣の技はもとより。戦場においては、自分より大きな相手に向かっていくのは並大抵のことではない。勇気、とひとことで片付けて仕舞えばそれまでだが、気迫で決して負けていないのだ。


 それでもやや押され始めたようだ。


 レオナードがすかさず、背後から兵を斬りつける。そこを正面からカイがとどめを刺した。


「助けなんていらねーよ!」


 強がるカイに苦笑がばれないようにウインクをすると、


「釣れないこと言うなよ、相棒だろ?」


 そう言って、襲いかかってきた別の兵を斬る。次々と現れる兵たちにカイは少し怯んだようである。しかし、アバデの兵も敵を入れまいと必死なのだ。


(……さっさと終わらせなきゃな)


 待っているであろうりんねのためにも。


 りんねを起こさずに野営地を出ようと言ったのはウィラードだった。喚かれるのがめんどくせえ、と言っていたが、本当はウィラード自身が余計な思いを抱えたくはないのではないかとレオナードは思った。


 ウィラードがりんねを見る目には、聖女を守ろうとする決意以上のものがあるように思える。


 しかし、それはレオナードにしても同じだ。ウィラードとは少し違うかもしれないが、りんねに友情を抱きつつあるのは確かだ。だからさっさと彼女のところへ戻りたかった。


 と、先頭の方で何やらひときわ大きな騒ぎが聞こえた。バジ率いる騎馬隊が、先導を切ったのだ。ゲランの戦士たちは、その流れに続いていく。


 レオナードはカイをひょいと抱えると、近くにいた主人を失って右往左往する馬の背に飛び乗った。


「カイ! 僕らも行くぞ! 流れに取り残されたら孤立して、格好の餌食になる」


 そう言うと、バジたちの背を追った。


 奴隷たちは広場に建てられた明らかに仮設で作られたと見られるボロボロの小屋に鎖で繋がれていた。バジたち先導隊は、勢いそのまま、見張りの兵を殺すと、奴隷たちの鎖を次々と断ち切っていく。後続の武器を大量に積んだ荷馬車が運び込まれる。


 ゲランの民以外は何が起きているかわからないことだろうが、正体不明の解放者を天の助けと見たのか、皆、我先にと武器を抱えた。


「奴隷として虐げられた者どもよ! 今立ち上がれ! 腐敗したサウザンの兵をひとり残らず殺すのだ!」


 バジが叫ぶのを、駆けつけたレオナードは聞いた。もはや失うものがない奴隷たちは鼓舞され、逆にアバデの兵は士気が下がったようだ。広場は一気に乱戦となる。


(一方的な戦いになってきたな)


 と思った。あとは王を討ったという知らせを待つだけだ。しかし、一向にその知らせはない。


(早くしてくれよ、ウィル……!)


 心の中で、親友に呼びかける。そして、その時、とある広場の一角で、恐ろしい叫び声がした。


「なんだ!?」


 怯えるカイ。レオナードも不審に思う。その絶叫は普通ではない。何か、恐ろしい目にあったような……そんな叫び声だった。声がした方を見遣る。


 そして、驚愕する。


 そこにいたのは他ならぬタルール王であったからだ。



「ぐああ!」

「ぎゃあああ!」




 悲鳴を上げて火だるまになっているのは奴隷たちだ。タルール王が放つ強大な炎の柱に次々とやられている。


 遠く、確認できないが、王は笑っているようである。奴隷たちを焼き焦がすことが、楽しくてたまらないようだ。


 タルール王が各地の争いを治めて回った話は知っていた。だからそれなりに強い武人であることも知っていた。だが、初めて目にするその男は、凶悪を絵に描いたような人物だった。


 レオナードは恐れを抱いた。


(作戦通りならば、王がここにいる訳がない。クシューとウィラードがしくじったのか? それともそれより前に、バレたのか? 二人は無事か? それともすでに……)


 今ここにいるレオナードには知る由はない。

 ただ、今回の件は明らかに、



「失敗だ……」



 目前で次々と殺されていく奴隷たち。王の出現により士気を増す兵士たち。先ほどまでの勢いは、もはやなかった。


 ゲランの民たちは、それでも剣を振るうが、それもわずかな抵抗に過ぎない。タルール王に近くことさえできていないのだ。


 完全に負ける前に撤退すべきだ。今ならなんとか西門までたどり着き、逃げ切ることができるはずだ。レオナードはカイを連れて退散しようとする。しかし、カイはぱっと馬から降り、王のいる方へ単独で突進していく。


「馬鹿野郎! カイ、戻れ!」


 レオナードの声は聞こえない。舌打ちをして、後を追おうとするが、この乱闘の中では中々近づけない。


 と、



 ――ピリ



 空気が変わった。




 思わず硬直してしまう。マールの町に神威が起きた時と同じ空気だったからだ。


 次いで、まばゆい光。


 振り向く。



 アバデの兵が立ちすくんでいるのが見えた。



 そして、その先にいたのは、



 口を真一文字に結び、決意を秘めたような瞳をしたりんねの姿だった。


(甘ったれのりんねが、兵を殺したのか?)


 レオナードはにわかには信じられない。しかし周りの様子から察するにそれ以外は考えられない。


 立つ彼女はどこか神々しく、とても遠い存在に感じた。

 それが少し、寂しかった。

より多くの人を救うために、りんねは人の命を奪います。

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