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第三章 奪われたもの、喪ったもの(12)

「やめろ、蒼血燕。その人には手を出すな!」


「あは、何を怒ってるの? 師姉様が死ねば、可愛い妹さんはあなたのものになるのよ?」


「バカなっ!」


 ルギが飛び出すよりも速く、シェリーがアンジェラに一直線に飛びかかっていた。

 歓喜の表情を浮かべながら、アンジェラが迎え撃つ。

 刃と刃のぶつかり合う凄まじい音が響き渡った。


 ココとルギは、その攻防に息を呑んだ。

 マナとマウツの戦いはカンカンカン、というリズムで打ち合っているが、この二人のそれはカカカカカ、と一つの音が繋がって聞こえてくる。

 どちらが攻めているのか見極めることすら困難な、高速の戦闘だった。


 シェリーは全速で打ち込み続ける。

 わずかでも気を抜いて息をついてしまったら、その瞬間に斬られるだろう。

 相手の手の内を読む暇は無い。

 長年研鑽を重ねてきた技術と経験により、身体が勝手に動いていく。

 アンジェラは確実に以前戦った時よりも数段腕を上げていた。

 シェリーの連撃を受け流しつつ、その間隙を縫って仕掛けようとしてくる。

 シェリーが真後ろに飛び退った。

 白金の髪が一筋、はらりと舞い落ちる。

 アンジェラがすかさず間合いを詰めた。

 斬撃に加え、蹴りと点穴を狙った指先の突きが入り交ざる攻撃を放ってくる。

 フェイントを織り交ぜた変幻自在の攻勢を、シェリーはギリギリのところで避けていた。


(全く読めない!)


 流派に頼らない、実戦で磨かれた技。

 得てしてそういう戦い方は、長期戦では洗練された武術に敗れることが多い。

 合理的な正当の武術に比べれば無駄な動きが多く、攻防も単調になりがちだからだ。

 だから実戦派の戦士は、最初の一撃あるいは数合での決着を狙う。

 もしくは技ではなく膂力、体力で押し切ろうとするものだ。


 だが、アンジェラは違う。

 飛燕刀術をベースとしつつ、それを最大限に活かすために独自の技を要所に混ぜてくる。

 平静を失っているように見えながら、その呼吸は常に一定で落ち着き払っていた。

 シェリーはかつて亡き師母がアンジェラについて語った言葉を思い出していた。


「あの娘は天才よ、シェリー。油断していると、貴女も抜かれてしまうかもね」


 一方、マナはマウツの繰り出す双剣の動きに必死に喰らいついていた。

 双刀の使い手と立ち合うのは初めてで、次にどんな技がくるか全く予測がつかない。

 だが、三年間懸命に稽古を積んだ戴天踏地流剣術の真骨頂は、その防御力の高さにある。

 究めればあらゆる攻撃を受け流すとも言われる、帝国軍正規武術なのだ。

 また、シェリーの元で長年修行し、基礎体力は同世代の中でも群を抜いている。

 しかし、初めての実戦はやはり勝手が違っていた。

 稽古での攻防に比べると遥かに疲労する。

 集中を切らすことなく、ひたすら斬撃を防ぎ、相手の動きが鈍るのを待った。


 すでに屋敷外で戦っていたマウツは、疲労の極致にあった。

 そもそも双刀を振るい続けるのには並外れた体力が必要となる。

 長年の戦いの中でそれに見合ったスタミナを身につけた彼女にも、やはり限界はあった。

 身体全体が軋むような感覚。

 それを気合で撥ね退けて攻撃を続けていたが、マナの防御は容易には崩せなかった。

 ついにマウツは一旦下がり、間合いをとって呼吸を整えた。

 両手をだらりと降ろしたが、マナが一歩踏み込めばいつでも動ける構えだ。


 マナはその誘いには乗らなかった。

 だが、相手が間を取って回復を図ろうとしていることは明白だった。

 彼女は、今もアンジェラと死闘を繰り広げている師母の言葉を思い出した。

(あれは……もう、五年以上前だったかな……)


 夕食後の入浴中に、師母はよく「戦いのコツ」を二人に教えてくれた。


「動かないで待っている相手には、どうしたらいいと思う?」


 首を傾げるマナとココに、師母はこう言った。


「答えは簡単、動かずにはいられないように仕向ければいいのよ」


 同じことはその後、聖白龍女学園での戦術に関する講義でも勉強した。

 冷静な敵に対するには、


「まずその心を乱せ」


 と、古代の兵法家も著書に記している。


(さっきは、私がそれをやられてしまったのか……まだまだ修行不足だな)


 マナは安易に挑発に乗った自分を戒めた。

 そして今、荒い呼吸を徐々に整えようとしている眼前の強敵がいる。

 彼女に対して、今度は自分がそれを仕掛ける番だと考えた。


(……といっても、一体どう言えばいいものか……)


 生真面目なマナには、挑発するといっても気の利いた言葉がすぐには思いつかない。


(いや、師母様なら何と言うだろう?)


 平生は泰然自若で冗談好き、時として人をからかうのが趣味とも思える師母様なら、果たしてどんな言葉を投げかけるだろうか。


「フン、戴天踏地流剣術も大したもんじゃないね。いや、あんたが弱いだけか、お嬢ちゃん」


 考えている内に、逆にマウツに言われてしまった。

 頭に血が昇りそうになったが、師母の顔を思い浮かべて自重した。


(そういえば、師母様はこんなことも……)


「挑発されてもね、あー、何かバカ犬が吼えているわねー、くらいに聞き流してりゃいいのよ」


 肩をすくめておどけていた師母の姿を思い浮かべ、つい笑みがこぼれる。

 その余裕が、彼女を落ち着かせた。


(続く)

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