第三章 奪われたもの、喪ったもの(11)
「師母様!」
鮮やかな白金の髪をなびかせて登場したシェリーに、ココの目が輝いた。
愛弟子の無事な姿を確認し、シェリーの顔も一瞬綻ぶ。
しかし気を緩めることなく、すぐに鋭い視線をルギに飛ばした。
だがルギは、シェリーの予想を覆すような行動に出た。
ルギの脇をすり抜けるようにしてココが二人に向かって駆け出したが、それを止めようとする気配すらない。
ルギは憮然とした表情を浮かべていたが、敵意はまるで感じられなかった。
「ココ! 良かった、無事で……」
胸元に飛び込んできたココを力強く抱きしめるシェリーは涙を浮かべていた。
マナが昨晩言っていたように、ココが無事であろうという確信はあったのだが、改めて今その温もりを抱くと感慨もひとしおだった。
「師母様、油断しないでください」
マナには、まだ再会を喜び合う余裕はなかった。
剣を抜いたまま、鋭利な刃物のような眼光をルギに向けている。
今すぐにでも妹弟子を抱きしめたいという気持ちを、理性で抑えているのだろう。
「……俺はあんたと戦うつもりはない」
ルギが重い口を開いた。
「……そう、それはありがたいわね。私もココを悲しませたくないから」
シェリーが静かに答える。その口元には微笑すら浮かんでいた。
昨日のルギとはまるで気配が違っているのを、シェリーは確かに感じ取っていた。
獲物を追うような必死な目が、今は何か憑き物が落ちたような目になっている。
「じゃあ、このまま帰らせてもらうわ……っと!」
振り返ろうとした瞬間、刃風が彼女を襲った。
シェリーは瞬時にココを庇いながら左に跳んだ。
着地するやいなや、ココを背で護りつつ防御の構えをとる。
シェリーとは反対に右に跳躍したマナも、油断なく剣を構え、突如現れた敵を見据える。
「やめろっ、マウツ!」
ルギが怒声を浴びせた。
居間に躍り込んできたのは、先陣を命じた赤毛の女傭兵だった。
その顔は返り血と汗に塗れ、目は飢えた獣のような輝きを放っていた。
「何をやってるんだ、親分! あんたは逃げない気か!」
ルギの怒声に怯む様子もなく、マウツは叫んだ。
先陣として斬り込んだが、重囲する元締の兵に押され、屋敷内まで退いてきたのだった。
同じように先陣で飛び込んだ蒼血燕の姿は、混戦の中で見失った。
他の傭兵たちは、ほぼ全滅だ。
「俺に構うな。さっさと逃げろ」
「嫌だね、逃げるならあんたも一緒だよ。いや、その前に……そこのお前と決着をつけておかなきゃ腹の虫が収まらないね」
マウツがシェリーを憎憎しげに睨み、唾を吐いた。
生き残ることを第一に考える傭兵らしくはないが、すでに逃走を諦めているのかもしれない。
あるいは、傭兵としての生き死によりも、武人としての矜持を優先したのだろうか。
「……懲りない人ね」
シェリーがため息をついた。ココを下がらせ、態勢を低くする。
「師母様、ここは私が!」
マナが声を震わせながらシェリーに向かって叫んだ。
「ダメよ、マナ。この人は私との戦いを所望しているんだからね」
シェリーが静かに答える。
これが初実戦のマナを、経験豊富な上に死ぬ覚悟を決めているマウツと戦わせるのは危険という判断もあった。
「そうだよ、お嬢ちゃん。あたしはね、あんたに興味はないんだ。フン、お嬢ちゃんのお上品な剣術が通用するとでも思っているのかい?お遊戯のお稽古なら家でやってな!」
マウツがせせら笑う。
マナの顔が紅潮した。
まずい、と感じたシェリーが止める間もなく、マナは斬りかかっていた。
「マナ、落ち着きなさい!」
声をかけたが、すでに手遅れだった。
マナは猛然と剣を繰り出し、マウツが両手の双刀でそれを受け止めていく。
仕方なく、シェリーは数歩下がって愛弟子の戦いを見守ることにした。
もちろん、危なくなれば身を挺してでも止めに入る構えだ。
見たところ、やはり先刻までの戦いでマウツはかなり疲弊しているようだった。
以前対峙した時よりも、足運びにキレがない。
気迫でそれをねじ伏せているようだが、マナが冷静になれば決して後れをとることはないだろう。
だが、安堵したシェリーの背筋を冷たいものが走った。
臓腑を鷲掴みにされたような悪寒、幾層も塗り重ねられた血の匂い。
「あは、私たちもお楽しみといきましょうよ、師姉様」
「アンジェラ!」
凄絶な笑みを浮かべたアンジェラ――蒼血燕が、血塗れの姿でシェリーの眼前に立っていた。
「逢いたかったわあ、師姉様」
もはや、マナの戦いを見守っている余裕は無かった。
危険極まりない敵が眼前に迫っている。
シェリーはマナを信じ、己の戦いに専心することにした。
「マナ、呼吸を整えなさい、貴女なら勝てるわ!」
「はいっ!」
目線はアンジェラに向けたまま、檄を飛ばした。
マナが気合の入った声で答える。
指示が耳に入るならば、まだ大丈夫だ。シェリーは安堵した。
(続く)




