第三章 奪われたもの、喪ったもの(10)
アンジェラと赤毛の女傭兵が、屋敷の玄関から姿を見せた。
すでに屋敷の周辺は、元締の集めた戦士で十重二十重に包囲されている。
元締自らが率いる正面の部隊に、シェリーとマナは同行していた。
「部下には弓を使うな、と指示してあります。それから、鬼族の女の子には手を出すな、火は使うな、ってこともね」
「ありがとう、バッツ」
ココを安全に救出するための元締の配慮に、シェリーは感謝した。
腰の刀を抜く。
マナもそれに倣って、剣を抜いた。
この実戦の場では、しばらく離れていた刀術よりも慣れている剣術に頼れ、というシェリーの指示があったからだ。
元締の号令が下され、男たちが雄叫びをあげて突き進む。
怒りに燃える表情の女傭兵と不敵な笑みのアンジェラがそれに合わせ、雑草が伸び放題になっている庭を駆け出した。
二人に続き、傭兵たちが次々と屋敷から飛び出してくる。
辺りは、あっという間に怒号と剣戟の音が飛び交う戦場となった。
「マナ、私の背中から離れないで!」
「はいっ!」
シェリーはマナに声をかけると、周囲に注意を払いながらゆっくりと歩を進めた。
アンジェラと女傭兵が、元締の兵に重囲されている。
この二人は徹底的に潰そう、という作戦なのだ。
元締は援軍と、傭兵たちの各拠点を朝の段階でつぶさに潰してきたため、数で遥かに勝っている。
他の傭兵たちも運が良くて一対一、悪ければ一対三という戦力差だった。
シェリーとマナは、難なく正面玄関前まで辿り着くことができた。
正面玄関を背にした傭兵が、長槍を振り回して奮戦している。
元締の兵は三人がかりだったが、得物の長さと地の利もあって攻めあぐねていた。
「どいてっ!」
シェリーが鋭く声を発し、地を蹴った。
傭兵が長槍を真っ直ぐ繰り出す。
シェリーの刀が、真下から長槍の穂先を大きく跳ね上げる。
傭兵は慌てた様子もなく、長槍を横に回してシェリーの痩身を薙ぎ払おうとした。
シェリーの身体がふっと沈む。
身を屈めて薙ぎを避け、間合いを一気に詰める。
その速さに傭兵はとっさに長槍を捨て、腰から刃の分厚い両刃剣を抜いた。
懐に入ったシェリーが払刀、斬刀、撥刀と続けざまに技を繰り出す。
いずれも基本中の基本とされる技だが、その一撃の鋭さ、隙の無さにマナは感嘆した。
傭兵は何とかその連撃を防いでいるが、反撃する余地が無い。
むしろ、受けるたびに次の選択肢を縛られている。
(あと三手で防ぎようがなくなる……!)
マナの予想通り、数秒後にシェリーの刀が傭兵の剣を弾き飛ばした。
次の瞬間にはシェリーの右の掌底が傭兵の顎をしたたかに打っている。
崩れ落ちる傭兵には構わず、シェリーは玄関を蹴り開け、屋敷内に飛び込む。
マナもそれに続いた。
荒れ果てた屋敷の玄関ホールでは、二人の傭兵が待ち構えていた。
シェリーは周囲の気配を探る。
傭兵たちはあらかた外に出たのであろう。他に気配は感じられなかった。
左右の傭兵が、ほぼ同時に刀を打ち込んでくる。
シェリーが左に跳びつつ、一人の足元を刀で払う。
それは回避されたが、バランスが崩れたところに連撃を浴びせ、最後は喉元に肘を入れて悶絶させた。
もう一人の傭兵が連撃を浴びせてくる。
浅黒い肌の南方人で、刀術も南方系の流派を会得しているようだった。
素早く円を描くような切っ先が、シェリーに襲いかかってくる。
シェリーはそれを冷静に受けつつ、機を窺う。
カンカンカン、というリズミカルな音が、人気の無いホールにこだまする。
数十合渡り合ったところで、呼吸と刀の軌道を見切ったシェリーが反撃に転じた。
南方人も懸命に凌いだが、すでに相手のリズムを完全に盗んだシェリーは絶妙なタイミングでフェイントを織り交ぜ、追い詰めていく。
最後は、シェリーの体重を乗せた鋭い蹴りが南方人の膝を正面から踏み砕いていた。
「マナ、行くよっ!」
そう促すシェリーの満身には、言いようのない気迫が籠っていた。
連戦にもまるで疲れが感じられない。
二人はココの名を呼びながら、廃屋敷の狭い廊下を駆けた。
途中、屋敷内に残っていた数名の傭兵がいたが、いずれもシェリーの敵ではなかった。
マナは後ろからその戦いぶりを見つめ、その絶技を目に焼きつけようと努力した。
二人が奥の居間に辿り着くと、そこには三節棍を構えたルギと、その背中に隠れるようにしているココの姿があった。
(続く)




