第二章 帝都の三人(7)
「いや、どうもこのたびは、うちの若い者が世話になりました。不肖このバッツ、……」
「バッツ。堅苦しい仁義の挨拶は苦手なの、知ってるでしょ」
シェリーが指先で鈴を弄りながら苦笑すると、元締はさも愉快そうに哄笑した。
護衛の男たちに戸惑いの表情がわずかに浮かんでいた。
自分たちが敬愛する元締と、この妖かしの民との間にいかなる繋がりがあるのか知らないのだから、無理もない。
元締に促され、シェリーとココは近場の茶屋に案内された。
店の一番奥にある個室に通され、紅茶を出される。
「それにしても、あのバッツが今や元締様とはね。出世したじゃないの」
「いやどうもね、本当は俺の柄じゃねえんだが、兄貴に従って暴れまわっている内に、気がついたら生き残ったのは、こいつと俺だけになっちまいましてね」
側近の男に目をやりながら、元締が自嘲気味な笑みを口元に浮かべた。
「そう……ガラフさんはそれじゃあ……」
「ええ、もうだいぶ前にね」
彼の話によれば、抗争の仲介に入ったところで恨みを買って殺されたのだという。
ヤクザ者の世界ではよくある話だったが、ガラフの人懐っこい笑顔を思い浮かべてシェリーは胸に痛みを覚えた。
彼女と元締の出会いは、かれこれ二十年以上前に遡る。
彼はまだ二十歳そこそこの血気盛んな若者で、一方のシェリーは妖かしの民の里から世間に出て数年、糊口を凌ぐために傭兵稼業を始めたばかりの頃であった。
その頃の元締は、兄貴分のガラフと共にこの帝都で暴れ回っていた。
武術の心得は無かったが、とにかく度胸と根性だけで修羅場を潜り抜けていく侠客だった。
帝都の裏社会は至るところで抗争が起きているような荒れた情勢で、シェリーは何度か彼らと共に戦いに加わっていた。
そのたびに命を助け、助けられてきた。
お互いにそれを貸し借りとは考えていなかった。
どちらかが窮地にあれば進んで助っ人に加わる。ただそれだけのことだった。
「それにしても姐さんは、あの頃と全く変わらないね。妖かしの民は不老不死だなんて言われているが、そいつはホントみたいだな」
「フフ、私だっていつかは老いるし、死ぬわよ。ところであの連中は何者なの?」
マナやココのことを考えれば、あるいは聞くべきではなかったのかもしれない。
だが、いずれにせよシェリーの顔は知られてしまった。
彼らが密偵を使って探りを入れてくる可能性もある。
敵に回してしまった以上、相手の情報は少しでも集めておきたい。
「大半は前々から、この辺りにたむろしてた連中なんですがね。リーダー格の大男、あいつがちょいと前にやってきてから、連中を束ねるようになりまして。勝手に賭場を開いたり、居酒屋や露店にみかじめ料を要求しだしたんですよ」
「なるほど、それは元締としては放っておけないわけね」
地廻りは、縄張り内の大小様々な揉め事を一手に引き受ける代わりに、みかじめ料を受け取っている。
保安隊ももちろん街の治安を守るために活動しているが、裏社会の最深部に蠢くような連中を取り締まることは事実上不可能だ。
そういう厄介な手合いを野放しにしないために、地廻りは存在している。
「他にも色々と外道なまねをしてくれましてね……。いや、これはお嬢ちゃんの前で話すようなことじゃねえ。失礼しやした」
顔を歪ませて憎憎しげに呟いた元締が、同席しているココに気づいて頭を下げた。
「連中の根城は掴んでいるの?」
「情けねえ話ですが、まだ分からないんですよ。あの大男が来てからこっち、うちの若い者がどんどんやられているような有様で……」
「なるほどね」
連中は見るからに戦い慣れていた。
それまでは統率者もなく、ただ雇われて荒事を行うような連中だったから、大きな問題は無かったのだ。
だが、そこに優れたリーダーが現れ、彼らに「縄張りを奪い取る」という明確な目標を与えた。
それによって、寄せ集めの傭兵が一個の戦闘集団となったのだろう。
元締も見事に若い衆を束ねているが、真正面からぶつかれば個々の武力・経験が物を言う。
それに、抗争においては、攻める立場の方が守る側よりはるかに有利だ。
いざとなれば逃げてしまえばいいという傭兵に対し、元締たちは縄張りを守るために退くわけにはいかない。
守るものもなく仁義にも縛られない、体裁にもこだわらない連中というのは実に厄介だ。
「すみませんね、姐さん。厄介ごとに巻き込んじまいそうで」
「ま、それは仕方ないわ。あそこまでやっちゃったら、無関係です、とも言えないし」
シェリーがため息をついた。
「しばらくの間は、この辺りには近づかない方がいいですぜ」
「もちろん、そのつもりだけど。連中がそれで見逃してくれるとも思えないのよね。話し合いが通じる連中ならともかく……どう考えても無理でしょ」
シェリーは肩をすくめた。
シェリーとココは、元締たちに別れを告げ、茶屋を後にした。
この地域から出るまでは油断ができない。
だが、先刻の立ち回りを目にしているなら、すぐに仕掛けてくることはないだろう。
まずはシェリーが何者なのか、を探るはずだ。
とりあえず、尾行に警戒しつつマナの学校まで戻ることにした。
例によって水路で舟を停め、中央区に向かう。
すでに陽は傾きかけていた。カモメが数羽、遥か頭上を横切っていく。
「ごめんね、ココ」
「……へ? 師母様?」
水辺を飽きることなく眺めていたココが、振り向いて小首を傾げた。
「いや、その……怖くなかった?」
シェリーがばつの悪そうな表情で尋ねると、ココは悲しそうにうつむいたが、
「うん……。怖かった。でも、師母様がいたから平気!」
と、すぐに笑顔を取り戻した。シェリーは愛しさにそっと彼女を抱き寄せた。
「ありがとう、ココ」
その言葉にココがまた不思議そうな顔になったが、髪を撫でられる心地よさにうっとりと目を閉じた。
(この子たちの幸せ。もう、私が望むのはただそれだけ……)
人として正しい道を進んでこられたのか、それは分からない。
悪党ばかりとはいえ、数え切れぬほどの人を殺めてきたのだ。
それはいずれ自分の命で贖うことになるだろう。
その覚悟はある。
だが、この二人の愛弟子が立派に独り立ちするまでは彼女たちを守り続けたかった。
マナの学校に着くまで、尾行らしい人影は見当たらなかった。
といっても、腕の立つ密偵は気配を徹底的に消すことができる。
そういう手合いに尾けられたら、さすがにお手上げだ。
ココと木陰でのんびりお喋りをしつつも、可能な限り神経を研ぎ澄ませておく。
しかし、結局この日は何事もなく一日を終えることができた。
(続く)




