第二章 帝都の三人(6)
その時、赤毛の女の背後で、シェリーたちを取り囲んでいた人垣が割れた。
嫌な予感がした。
咄嗟にココの姿を探し、安全を確認する。
そこに現れたのは、二十人近い傭兵らしき連中だった。
いずれも革鎧や鎖帷子を身につけ、得物を手にしている。
中にはボウガンや短弓を携えている者もいた。
人種も年齢層もさまざまだが、今打ち倒した二人と同等かそれ以上の腕前のようだ。
さすがにこの人数とまともにやり合うのは厳しい。
その中のリーダー格が誰なのかは、一目で看破できた。
一際背が高く、体格も優れた、黒いロングコートの人物だ。
顔を、この気候だというのに、すっぽりと黒頭巾で覆っている。
その鋭い目がシェリーを捉えていた。
「お前が手こずるとはな」
低い男の声だった。
赤毛の女は振り返ることなく、なおもシェリーに顔を向けたまま、
「はは、親分。こりゃどうも、みっともないところを見られちゃいましたね」
群集がざわめいた。口々に「元締はまだかよ」と囁き合っている。
(これは参ったな)
自分はあくまでも元締に義理があり、そのために加勢しただけだ。
この連中と元締の勢力の間で起きている抗争に巻き込まれるのは、本意ではない。
だが、もちろんそんな事情が通用するような輩ではないだろう。
「元締のご登場だ!」
誰かが声高に叫んだ。
それまで余裕の色があった傭兵たちの表情が一瞬強張り、すぐに臨戦態勢に入った。
傭兵たちと反対側の人垣が割れる。
ざっと四十人ほどであろうか。
目つきの鋭い、得物を抜き払って殺気を漲らせた侠客がぞろぞろと現れた。
その中心に、シェリーは懐かしい顔を認めた。
以前、彼女が侠客として渡り歩いていた頃に縁のあった男だ。
あの頃はまだ二十歳そこそこの若者だったが、今はすっかり貫禄がついている。
背丈は周囲の男たちよりもずっと低く、身体も全体的に小さいが、漲る気迫は他を圧するものがあった。
「ずいぶん派手に暴れてくれたな、兄さんたち」
元締の口調は落ち着いていたが、それがかえって怒りの激しさを表しているようであった。
弱い犬ほどキャンキャン吼える。
それは裏を返せば、相手を威嚇して戦いを避けようという意志だ。
今の元締は、本気で相手を叩き潰そうとしているのだろう。
周囲を取り囲む男たちの殺気が、一段と強さを増す。
抗争は数だけが全てではない。
数に頼めば、かえって一人ひとりが自分以外の誰かを頼ってしまう弱い気持ちが芽生える。
だが、彼らは数で勝る上に気迫に満ちていた。
対する傭兵たちは、静かに殺気を内に籠めている。
侠客とは違い、彼らはメンツなど重んじない。ただ実利を求める。
この状況では退却も視野に入れつつ、できる限りの打撃を与えることを考えているだろう。
いずれにせよ、一触即発の状況だ。
その只中にココと共にいるのはよくない。
シェリーは油断無く動き、さり気なくココの傍に移動した。
何かあれば、すぐにでも彼女を庇って、この場から離れる用意だ。
「……元締さんよ、俺に縄張りを譲る気はないか」
傭兵のリーダー格が、やはり静かに問いかける。
侠客たちが一斉に怒声を浴びせた。元締が彼らを一喝し、静まらせる。
辺りを沈黙が包んだ。
ココの様子をちらりと窺うと、明らかに怯えていた。
シェリーはそっと、その手を握った。ココがはっとした表情で見上げてくる。
シェリーは傭兵のリーダー格に視線を移した。
一瞬、その黒頭巾がこちらの方に目を向けた。
不味い、と直感が判断したが手遅れだった。
黒頭巾の鋭い視線がシェリーを、そしてココを捉え――固まった。
(……何だ?)
黒頭巾で包まれている表情を見ることはできなかったが、その目には驚きの色が浮かんでいた。
だが、すぐに視線を逸らし、元締に向ける。
一瞬だけ殺気が消えていたことを、シェリーは見逃さなかった。
「悪いな。お前さんたちのように仁義をわきまえない輩に、この市場を仕切らせるわけにはいかねえよ」
元締が答えると、黒頭巾が肩を揺らせて小さく笑った。
「そうか、ならば仕方ないな。今日のところは退くが、どうしても譲りたくなったら何時でも言ってきなよ。その時は、命までは獲らないぜ」
その物言いは、いかにも傭兵らしいとシェリーは思った。
意地やメンツではなく、求めるのはあくまでも利のみだ。
それにしても、傭兵が徒党を組んで、このように地廻りのシマに食い込もうとするなど、昔はあまり無かったことだが、これも時世というものだろうか。
黒頭巾が右手を上げると、傭兵たちは構えを解かぬまま少しずつ後退した。
それを見て突っ込もうとする若い衆を、元締が不機嫌そうな顔で制する。
この状況で追うのは、確かに賢明ではない。
時間と場所を考えると、堅気の人間を大勢巻き込むことになり、元締としての信用を失うことにもなる。
じりじりと後退した傭兵たちは、ある程度距離の離れたところで散っていった。
元締が傍らの側近らしい男に耳打ちする。
恐らく、気の利いた者何人かに後を尾けさせるのだろう。
元締を取り巻いていた侠客が、あっという間に立ち去っていった。
シェリーが結果的に助けたことになった若者と、倒れていた男も彼らが連れていく。
後には、元締と側近、そして護衛とおぼしき屈強な男数名が残された。
成り行きを見守っていた野次馬も、三々五々その場を去っていく。
皆、自分のことで手いっぱいなのだ。
それに紛れてココと共に消えようとしたシェリーの背に、元締が懐かしげに声をかけてきた。
「すまねえな、白金燕の姐さん。お礼を言わせてもらいてえんだが」
シェリーはため息をつき、振り返った。
先刻とはうって変わって穏やかな表情の元締を見ると、否とは言えなかった。
(続く)




