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第一章 帰郷、旅立ち(15) 

 ゆっくりと歩を進め、じりじりと間合いを詰めていく。

 チビが低い構えで突っ込んできた。

 本気じゃない、とシェリーは看破した。

 命を奪うのではなく、せいぜいちょっと痛めつけてやろう、というのだろう。

 もっとも、シェリーも本気で彼らを殺すつもりなどない。

 だが、弟子たちのために『本気の技』は見せるつもりだ。


 やや及び腰ながら突進してくるチビの、呼吸を計る。

「相手と自分の間合い、呼吸をつかめ」というのが武術の基本だ。

 相手の突きの間合いに入る直前で退きつつ、下段からチビの剣を跳ね上げた。

 剣こそ落とさなかったものの、その衝撃の強さにチビがたじろぐ。


 シェリーの教えその一、「相手の虚をつき、機は決して逃さず」

 

 シェリーは素早く間合いを詰め、中段から胴をなぎ払う……とフェイントをかけてから膝を踏み抜くように蹴った。

 内功を込めた一撃にチビが絶叫して崩れ、地面を転げ回る。

 次の瞬間には、馬面男が上段から肩口を狙って剣を振り下ろしてきた。

 退くなり横に跳ぶなりすれば、すぐに剣先を返して斬ろうという狙いだ。

 シェリーは退くことなく真っ向から刀で受け、刃がぶつかる刹那に一瞬だけ力を抜いた。


 シェリーの教えその2「力勝負は挑まず、相手の力を利して隙を作るべし」


 女性向けの武術として編み出された飛燕幻舞流刀術では、力に頼ることは下の下とされている。

 不意に力を抜かれ、馬面男の態勢がわずかに揺らいだ。

 素早く横に動きつつ、手首を返して剣の根元を払う。

 男の手から剣が離れ、地面に落ちる頃にはすでにシェリーが懐に入っていた。

 顔を刀で薙ぐと見せて、股間を蹴り上げる。

「急所を狙う」のは、どの武術でも鉄則中の鉄則だ。


 二人があっという間に悶絶させられた手並みに、デブは狼狽していた。

 大汗を顔中に浮かべている。

 何事かと集まった野次馬たちが、周囲を取り巻いていた。

 シェリーは肩をすくめ、刀を鞘に納めた。

 弟子たちに振り返り、爽やかな笑顔を見せる。

 マナの顔色が変わった。

 背を向けたシェリーに対し、デブが憤怒と恐怖の入り混じった顔で斬りかかろうとしていたのだ。

 だが、もちろんシェリーにはそれも想定内のことであった。

 相手の力量が低すぎたので、飛燕幻舞流刀術の中でも難度の高い「素手で武装した敵に応対する技」を披露しようという目論みだったのだ。

 背を向けたまま呼吸と間合いを計り、そのまま振り返りもせずデブに向かって跳躍した。

 振りかぶった剣の間合いを殺し、懐に低く入る。

 衝突する瞬間に、肘打ちをみぞおちに叩き込んだ。

 と同時に、剣を握る右手首を掴み、体をくるりと捻って背後に回り込む。

 両膝をついたデブの腕をそのまま捻り上げ、背中を踏んで地面に這いつくばらせた。

 武術の心得のない者には、何が起きたか分からないほどの早業だ。

 マナもココも、呆気にとられている。

 一連の流れは、全て彼女たちが幼い頃から修行してきた技の組み合わせであった。

 だが、それら一つひとつの動きが恐ろしく速く、鋭い。

 無駄のない動きで、瞬時に数に勝る敵を仕留めていた。


「……どう、ちゃんと見ていた?」


 師母は愛弟子に笑顔を向け、トドメに内功を込めてデブの背中を踏み抜いた。

 デブが、潰されたカエルのような叫びをあげて気絶する。


 シェリーの教えその3「敵には容赦しない」


  野次馬が一斉に歓声をあげた。ココも両手を挙げてぴょんぴょん跳ねる。

 マナは師母の美技に呆然と立ち尽くし、声も出なかった。

 師母が自分の目を真っ直ぐ見つめていた。

 その真剣な、そしてわずかに哀愁を帯びた視線の意味を察し、マナははっとした。

 これは、師母からの餞別なのだ。

 再び自分の下を離れ、新天地に赴こうと志す愛弟子に、武芸の何たるかを少しでも伝えようとしている。

 マナは拱手し、深々と頭を下げた。


 それからの旅は、特に災難に巻き込まれることもなく順調に進んだ。

 帝都が近づくにつれ、街道の幅も広くなり、行き交う人も多くなってくる。

 ゆったりとした上衣に身を包んだ南方系の行商人、のんびりと騾馬に荷を引かせた中央人の農民、はるか西域から旅を続けてきたらしい父娘の巡礼者に、大剣を背負った筋骨逞しい北方人の若武者など、種々雑多な人々がいた。

 心配していたココも、どうやら少しずつ慣れていった様子だった。

 といっても、移動中は常にシェリーと手を繋いでいるような状態ではあったのだが。

 やがて三人は文字通り大陸の中心に位置する、皇帝陛下のおわす帝都へと到着した。


(懐かしいな……三年ぶり、か)


 シェリーはしじじみと溜め息をついた。

 ここに来るのは、マナの入学試験以来になる。

 その時には数日間程度の滞在だったが、山小屋に一人残したココが心配で堪らず、ろくに外に出ないような有様であった。

 しかし今回は違う。

 一番大事な目的はもちろんマナの近衛騎士団入団試験であるが、ココの人に対する恐怖心を少しでも和らげてあげることも重要なのだ。

 できれば、滞在中に克服させたいとも考えている。

 もちろん一朝一夕でできることと楽観はしていないが、もしも叶えば、そのまま帝都に住む、という選択肢もあり得るのだ。

 そうすればこれから先、マナの側にもいてあげられることができる。


(そう、やってやれないことはない、よね)



(第二章 帝都の三人 に続く)


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