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第一章 帰郷、旅立ち(13) 

(うーん、あれからもう十年以上、か)


 思えば色々なことがあった。

 三人暮らしを始めた当初は、何とかココを帝都での生活に慣れさせようと試みた。

 だが、彼女が味わった恐怖による後遺症は深刻なものだった。

 人間、特に成人男性に対する怯え方は尋常ではなかった。

 その代わり、シェリーとマナにはすっかりなつき、明るい表情を浮かべるようにもなっていたのだが。

 しかし人間に対する恐怖心・不信感はしばらく経っても改善の傾向が見えず、シェリーはほとんど彼女につきっきりで生活しなくてはならなかった。

 シェリーの姿が視界から消えるだけで、ココは泣き叫ぶ始末だったからだ。

 シェリーは結局、用心棒の仕事も辞めざるを得なくなってしまった。


 弱り果てたシェリーは、人里離れた山奥に籠ることを決心した。

 かつて暮らしていた集落に近い環境に住めば、ココも恐怖心に囚われることがないだろう、という考えからだ。

 だが、それには一つ問題があった。

 無論、マナのことである。

 彼女は学校でも優秀な成績を修めていた。

 先生の話によれば、このまま頑張れば本人が望むように聖白龍女学園に進む道も夢ではない、というのだ。

 父の遺志を継ぎ、騎士を目指すマナにとっては最良の道である。

 だがそれも学校での勉学を続ければ、という話だ。

 その時マナはまだ七歳。

 女学園入学試験までは八年かかる。それを山奥で過ごさせては……。

 シェリーは豪商のつてを辿って、何とかマナを養女に迎えてくれるような家はないものか、とも考えた。

 器量も良く、素直で頭脳明晰な彼女であれば、是非にという家もあるのではないか、と。

 

 だが、


「私は師母様の弟子です。お側を離れたくはありません」


 相談したシェリーに対し、マナはきっぱりと言い切った。


「そうは言ってもね。貴女の夢は騎士になることでしょ?このまま私についてきても、それは叶わないわよ?」


 愛弟子を諭そうとしたのだが、すぐさま切り返された。


「どうしてですか?」


「え?」


「どうしてなれないのでしょう。私には分かりません。父は言っていました。やってやれないことはない、一歩でも夢に近づく努力をしろ、と」


 とても子どもとは思えないような堂々たる物言いだった。

 その黒い瞳には、微塵も不安や恐れはない。

 強い意志の込められた真っ直ぐな光に、シェリーは強く心を動かされた。

 なぜ自分は、それを無理なことだと決めつけていたのだろう、と。

 純真そのもののマナの姿勢に、大切なことを学ばされたように感じた。


「……そう、マナ。つまり貴女は私たちと一緒に山に籠り、今までのように刀術の修行と勉強を続けていく、というのね」


 マナが力強く頷く。


「分かったわ。貴女がそこまで言うのなら、勉強は私が教えてあげる。もちろん学校の先生のように上手く教えられる自信はないけれどね。私も努力するわ」


 元々、妖かしの民は人よりも長命で賢い種族とされている。

 シェリーもまた、考えてみれば師母に刀術だけではなく、語学・算術・歴史・地理など、様々な知識を教わっていたのだ。

 書物からは離れた日々を送っていたが、確かに「やってやれないことはない」だろう。


 そして、帝都から離れた三人は、帝都の遥か西、険しい山々が連なる一帯に絶好の場所を見つけ、そこに山小屋を建てた。

 都会暮らしの長かったマナには戸惑いもあったようだが、順応性の高い彼女はすぐに慣れた。

 また、ココは水を得た魚のようにはしゃぎ回っていた。

 そして、彼女たちの穏やかな歳月は流れていった。


(そして現在に至る・・・・・・か)


 村を後にしたシェリーたちは、再び帝都への道を進んでいく。

 馬車が一台通れるかどうか、という幅の砂利道が、彼女たちの前に真っ直ぐ伸びていた。

 見渡す限り、一面の大草原が広がっている。

 白い千切れ雲のかかった太陽が、伸び伸びと生い茂る草を照らしていた。

 やがて草原は田園へと変わり、馬車や旅人とすれ違うようになった。

 人の姿を認めるたびに、ココがびくりと反応することにシェリーは気づいていた。

 だが、それも何度か繰り返している内に徐々に慣れてきたように見える。

 この調子で、少しずつ恐怖が取り除かれていくことをシェリーは期待していた。


(続く)

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