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琥珀の檻(こはくのおり)  作者: 水前寺鯉太郎
探偵編

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葬列の狂騒、あるいは夜明け

 一九八三年、九月二十六日。

 S市の中央に聳え立つ、全面ガラス張りの「Sシティホテル」。その最上階にある宴会場では、再開発計画の完遂を祝う記念パーティが開催されていた。市長、県警本部長、そして河村不動産会長・河村栄一。この街の頂点に君臨し、コンクリートの城で贅を尽くす住人たちが、黄金色のシャンパンを傾けていた。

 その華やかな喧騒を切り裂いたのは、一発の銃声ではなかった。

 会場の巨大なスクリーンに、突如として映し出された凄惨な殺害現場の写真、そして醜悪な数字が並ぶ「裏帳簿」の記録。石巻家の命に付けられた、あまりに安っぽい値札。

「なんだ、これは! 直ちに中止しろ!」

 河村栄一が、血管の浮き出た顔で叫ぶ。だが、映写室を占拠した男を止める者はいない。

 会場を包む優雅なオーケストラの調べが止まり、重厚な扉がゆっくりと、不気味な音を立てて開いた。

 久保寺耕介。

 脇腹を血に染め、ボロボロになったトレンチコートを羽織ったその姿は、光り輝く虚飾の広間に迷い込んだ、死神の化身だった。右手には佐伯の血が染みた手帳、左手には真犯人・望月の命を絶った瓦の破片の感触が、まだ残っている。

「久保寺……貴様、なぜ生きている」

 県警本部長が、グラスを落として顔を強張らせる。久保寺は、動じることなく壇上へと歩みを進めた。一歩ごとに、泥と血の足跡が高級絨毯に刻まれていく。

「一九八〇年、T市の埋立地。一九八三年、S市の石巻邸。……あんたたちが積み上げてきたこの繁栄の土台には、何人の子供たちの骨が、声なき絶望が埋まっている?」

 久保寺は壇上のマイクを掴んだ。その掠れた声はスピーカーを通じて、ホテルの全館、そして会場の外を包囲し始めた報道陣へと響き渡る。

「これは捜査ではない。……死者たちとの、決算だ」

 久保寺は懐から一本のカセットテープを取り出した。再生ボタンを押した瞬間、静寂の会場に、死の間際に望月が吐き出した、河村家と警察上層部による「殺人教唆」の肉声が響き渡った。

 会場を支配したのは、氷のような絶望の沈黙だった。河村栄一は膝から崩れ落ち、本部長は眩暈に耐えるように顔を覆った。

「佐伯……見てるか。光が当たったぞ。お前の地獄は、ここで終わりだ」

 久保寺は小さく、誰にも聞こえない声で呟いた。

 直後、特殊部隊が会場になだれ込んでくる。無数の赤いレーザーサイトが、久保寺の胸に集中し、灼熱の針のように彼を刺した。

「久保寺、武器を捨てろ! 投降しろ!」

 かつての仲間たちの声。だが、久保寺の顔には、この三年間で初めての、穏やかな微笑が浮かんでいた。

 彼はゆっくりと、空になった拳銃を床に置いた。そして、内ポケットから一枚の、汚れに汚れた娘・ななみの写真をそっと床に立てかけた。

「俺の仕事は、ここまでだ。あとは……生きてる奴らが考えろ」

 久保寺耕介は、両手を挙げたまま、降り注ぐフラッシュの光の中に溶けていった。

 一九八三年、九月。

 バブルという名の狂乱が街を覆い尽くす直前、一人の男の執念が、コンクリートに塗り込められた真実を、白日の下に引き摺り出した。

数年後。

 再開発されたS市の公園で、一人の女性――恵子が花を手向けていた。

 かつての惨劇の跡地は、今は家族連れの笑い声が響く芝生に変わっている。新しく舗装されたアスファルトの隙間から、名もなき野花が強く、静かに芽吹いていた。

 風が吹き抜ける。一九八〇年代の、あの湿った灰色の、血の匂いのする風ではない。

 それは、どこまでも冷たく、しかし、すべてを洗い流すかのように透き通った、秋の風だった。

 恵子は空を見上げ、ふっと微笑む。

 一九八三年のあの長い夏は、ようやく、終わったのだ。

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