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過日の亡霊――転生冒険者と死亡した転生元王女。ただし転生冒険者は現在副業中  作者: 剣崎月
閑話

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太陽を知らぬ大地【1】

 エリニュスは典型的な中肉中背で、容姿に目立つところはない。本来であれば目立つ首を一周しているクランの紋も「異動させることができるんで」と、着衣で見えない箇所に異動させた。

 手首の黒色冒険者の紋は、太めの腕輪を着用して隠した。


 採用決定後、エルトハルトから禁止事項について特別な説明がなされた。


「というわけで、以上のことは禁止となる」

「問題ありません」


 禁止事項の説明を受けたエリニュスは「それはそうだろうな」としか思わなかった。


「それにしても、わざわざ調査機関の調査官になった理由はなんだ? 聞けばバビロンにいたほうが、富も名声も遙かに上だろう」


――それを貴方が言うのですか、エルトハルトさま


 エリニュスに問いかけているエルトハルト自身、異国の面倒な地位に就く必要のない、故国では名声にも富にも恵まれた人物だ。


「いろいろ調査をしてみたかったんです」

「調査がしたい?」

「言ってはなんですが、バベルの塔で死んでも、因果関係とか死に至るまでの経緯とか、一切調査しないんで。誰がどのような軌跡を辿った、その結果がこうなった……みたいな細かいことが知りたいんですよ」

「コスパのハザマはその欲求から作られたのか」


 ”コスパのハザマ”と言われた時の、エリニュスの表情は「え゛?」という感情を全く隠せていなかった。


「ハザマは商品名の簡略化なんで分かるんですが、コスパはどこから知りました?」

「オルクスだ」

「オルクス……どこのオルクスですか?」

「オルクス・バベル・ウィルトゥース・タナトスだ」


 エルトハルトからその名を聞いたエリニュスは、額に手を当てて、


「オルタナの野郎! あー……あー。あれ、ここにいるんですか。そりゃあ、コスパもばらされるか。あーはい、コスパって呼ばれてます。もしかしてジタンも暴露済み?」


 全身を捩って嫌がった。


――「オルタナ」とはもしかして、「オルクス」と「タナトス」を省略合体させたのか? ……名称を短くする癖があるのだろうな


 露骨に嫌がっているがエルトハルトは、言葉を濁さず事実のみを伝える。


「コスパ・ジタンと呼ばれていると聞いた」

「あの野郎ぉぉぉ……」

「オルクスはお前の上司になるから、言葉は気を付けるように」

「あ、はい……あ……ハイでいいんですか? 長官」

「”はい”で構わん。お前たちバビロン出身者は、敬語などは覚えるつもりはないのだろう?」

「え、まあ、みな平等な世界なんで。ただし、力がある者に限りですが」

「聞いてはいる。そういえば……」

「なんでしょう?」

「二年ほど前にカラブリア貴族が大勢、バビロンに逃げ込んだことはあったか?」

「ああ、なんか一時期、西駅にカラブリアの偉そうなのが、数名来たと顔なじみの駅員から聞いたことがあります。その先は知りませんが。なにかあったんですか?」


 カラブリア貴族たちの罪が曝かれた際、多くの者が外国に逃れようとした。国際法規があるため、彼らは引き渡し対象となる――だが、バビロンだけはそのような決まりはなかった。

 それ(・・)をあてにして、彼らはバビロンを目指した……とされている。

 さすがのユセリラルダ侯爵も、政府が存在しない都市国家バビロンにはどうすることもできず終いだった。


「それについては、必要書類として読み込んでもらう」

「はい」

「それと、圧政や税金滞納、もしくは犯罪などでバビロンに逃げ込む者がいるだろう」

「いますね。国際的な協定を結んでいないので、犯罪者も流民も強制送還されることがないので、居っぱなしになってますけど」


 犯罪者の他に王侯貴族の横暴に耐えかねて、バビロンに逃げ込む民もいる。

 なぜならバビロンには、横暴を働く王侯貴族がいないことと、何度も言うが政府というものが存在しないため、エリニュスが言う通り強制送還の取り決めもない。

 働き口はバベルの塔という、一攫千金が狙える迷宮がある……そんな甘い(・・)考えで亡命する者も多い。


「王侯の横暴に耐えられない程度(・・)の者が、バビロンに行って耐えられるとは思えないが。政府がないということは、全て自分でやらなくてはならないということであろう」


 エルトハルトの言う通り、自分のことは自分でしなくてはならない。

 逃れたところで、難民を保護するという国際協定を結んでいないので――強制送還しないが、保護もしない。

 特技がなければ採用されず、誰かが優しく仕事を斡旋してくれることもないし、寝床を用意してくれるわけでもない。


 排除することはないが、気にとめることもない。


 冒険者になることはできるが、黒色冒険者が溢れる世界で、黄色冒険者になりたての初心者が身を立てるのは――力がなければ、奴隷になって終わり。バビロンとはそういう世界。


「そうですね。冒険者を甘くみて、結局奴隷になる人も、まあまあ居ます」

「帰ったほうが良いのでは?」

「帰るための金を貯めるためにですね。奴隷になると衣食住無料なんで。それでいて、僅かながら給金がでますから」

「……それだけ聞くと、優しいようだが」

「別にそんなに優しくはないですよ。ただ実力があれば、なんにでもなれるのは事実です。眠っている才能が開花する人もいるかも知れないじゃないですか」

「居たのか?」

「まったく存在しないわけではありませんよ。でもそういう人って、他国でそれなりに、位人臣を極める一歩手前くらいまではやれた人なので」


――だろうな


 ルミルレットーバもエルトハルトともに、異国からカラブリア王国に招かれやってきて、問題なく仕事をこなしているが、故郷でも優秀で知られた人物で、自身も過信はせず自惚れもしないが、優秀であることは自負している。


 そんな彼でもバビロンでやっていけると、はっきり言える自信はなかった。カラブリア王国へと来る際は、自信しかなかった彼であっても。


「オルクスの掌に、リビティーナーリウスの紋があったが」

「ああ。あれは、複雑な誓約が色々と乗ったものです。一応あいつの救出も、紋の誓約に入っていますが……正直、あいつが救助を求めるような階層なんて、行きたくありませんけどね」

「その言い方だと、お前が回収担当なのか? エリニュス」

「え、まあ。そうですね。自分よりも遙かに弱い相手に、救出依頼をかけてくるような男なんで。そういう男なんですよ」

「……まあ、そうだろうな。食えない男だからな。エリニュスはオルクスについて、なにか知っているこはあるか?」

「オルタナ……じゃなくて、オルクスのことですか? 興味ないんで、皆さんが知っているようなことしか。異名は竜食いですね。たしかによく食ってます。一日一食みたいな勢いで」

「竜がそんなにいるのか?」

「バベルの塔の中には、竜が無数に出てくる階層もあるので。そこにヴリコラカスの分体がいつも居座って、竜を貪ってます」


 自分の前の機関長官が、彼の貴族としての責務である「竜の襲撃に備える」ために、竜を確実に倒せる人物「タナトス」を雇ったと、冒険者ギルドで経由で聞いたエルトハルトは、人選は間違っていないなと納得した。


「迷宮内の何処にいて、なにを狩っているかは秘密なのでは? ばらしていいのか?」

「ヴリコラカスの竜喰いは、バビロン住民にとっては公然の秘密なんで、もはや暴露とかそういう扱いではないですね。秘密にして欲しいなら、もっとこっそり喰えとしか」

「ヴリコラカスとは、オルクスのことか?」

「はい、渾名ですね。強い冒険者には、多くの渾名がつきます。オルクスの渾名はヴリコラカスに竜喰い、あとはアポリオンと……」


 エリニュスが指を折りながら名を挙げる。


「お前のコスパのようなものか」

「コスパ……は……コスパと一緒にしないでやってください、さすがにヴリコラカスに悪いので。あいつのヴリコラカスは才能から、わたしのコスパはわたしの落ち度から」


 名前以外に複数の呼び名がある者は、指名料金が高い――冒険者ギルドの支配人の言葉を、ルミルレットーバは思い出す。


「調査をしたいのであれば、他の国でも良かったのではないか? なにも、こんなにもバビロンから遠い、カラブリア王国に来なくても良かったのでは?」

「カラブリアのユセリラルダ侯爵の本を読んで、世の中に”調査”があることを知ったので。折角だから、その人の故国でと思って来ました」


「あっ」


 思わずルミルレットーバは声を漏らした。

 この時エリニュスは、エルトハルトがユセリラルダ侯爵を嫌っていることを知らなかったので、迂闊に名前を出した。

 エルトハルトはそのくらいのことで、採用を取り消すほど狭量ではなかったが、ユセリラルダ侯爵に興味を持って、カラブリア王国へやって来たということで、


「第四室に配属する」


 ユセリラルダ侯爵に近づき過ぎると困ると考え、彼女の崇拝者でもあるクアルバーグ参事官の第二室には配属せず、第四室の配属することにした。


「第四室は経歴として合っていますが、これといったトップがいないので、好き勝手するかも知れませんよ」

「お前が目を掛けてやれ、ルミルレットーバ」

「はい」


 指示通りにルミルレットーバは、エリニュスを第四室に配置した。


「思ったより、馴染んでるな」

「前評判っていうか、生粋の冒険者で一流クランの出だから、和を乱す子かなっておもったけど、そんなこと全然なくて、むしろ良い子すぎて怖いくらい」


 第四室にはトップがいないため、特に優秀な秘書官が配属されている。

 その為、ある程度は大丈夫だろうと考えていたが、あまりにも苦もなくすんなりと馴染んだことに、ルミルレットーバは驚いていた。


「ただ……外回りが多すぎないか?」


 秘書官が付けている勤務実態表を確認してみると”調査をしたいから!”と最終面談で言っていたエリニュスだが、調査よりも外回りをしているほうが遙かに多い。

 もちろん外回り――警邏も機関の仕事であり、重要なことも分かっている。なにより街に早くに慣れるためには、外回りは大事だが、それを抜きにしても多かった。


「エリニュスちゃん、外回りが好きなんだって。なんでも、空をみたくて、こっちにやってきたそうよ」

「空? 最終面談では、ユセリラルダ侯爵の本を読んだからやってきた……だったが」

「それも理由でしょうけど、あの子、本当に空が好きよ。青空もだけど、星空も大好きなんだって。カラブリアは気候もいいから、いつでも空が見られて嬉しいって言ってるから、ついつい多く巡回を入れてあげたくなるの」


 第四室調査官の大まかな予定を組んでいる秘書官の言葉に――外回り以外の調査も、数は少ないながらもきっちり解決しているので、文句の付けようがない。


「空……なあ。オルクスからは、そんな言葉は聞いたことがないな」

「ないわね。でもあの子が言うには、バベルの塔のせいで空は見えず、いつも日陰。そして夜にはバベルの塔が発する明かりで、闇すらないって嘆いていたわ」


 バビロンは日が差さず、異質な光によって夜は明るい――太陽の下に生まれた人間が生きていくのは難しい環境だった。


「なるほどな……単身でバベルの塔二百階層を踏破するクランの一員だ。単身の夜警でも問題はないか」

「ヴリコラカスに襲われない限りは、問題ないって言ってたわ。ヴリコラカスって、オルクス副参事官のことって聞いたわ。あの人、ホント強いらしいわね」

「この国では、オルクス以外には敵無しということか」

「故郷でも、って言ってたわ」


――それほどの強さなら、オルクスがお前に救助を依頼するのも頷けるのだが



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