太陽を知らぬ大地【2】
長官のエルトハルトと主席秘書官のルミルレットーバは、情報秘匿を好まないので、
「オルクス、おまえはヴリコラカスやアポリオンという渾名もあるのか」
参事官のクアルバーグに、オルクスの地元での渾名をしっかりと伝えた。教えられたクアルバーグは、間違っているなどとは思ってはいないが、何らかの手違いがあっては……と思い、当人に直接尋ねた。
「誰がそれを……カラブリアの機関でヴリコラカスやアポリオンを知っているのは、あいつだけか」
知られて困る渾名ではないが、知られる必要もない……と思ったが「コスパ・ジタン」を暴露した時点で、エリニュスが自分の個人情報を、誓約無視で暴露してくることは、予想はできた。
では予想できていたのに、なぜそのようなことをしたのか?
それはエリニュスがどこまで自力で誓約を破れるのか? を見極めるため――エリニュスは誓約魔法を専門とするクラン、サンクス一家の誓約ですら「分け分からん言い分」で破ってくる、バビロンクラン内では知られた誓約破壊者だった。
あまりの破壊ぶりに「占いの他に、誓約破壊という天与でも持っているのでは?」と言われるくらいに。
「ああ、エリニュスが長官に説明したとのこと」
――長官からばらされたのか。あの人のことだ、悪気はないんだろう……言うとは思っていたが
「ヴリコラカスはまあまあ呼ばれる」
「アポリオンは?」
「それは、ヘカーテ一家を半壊させた時に付いた渾名なので、あまり呼ばれないな。それを出してくるのは、命知らずくらいだな」
「エリニュスは命知らずと」
「コスパとジタンを勝手に暴露したから、腹が立っての犯行だろう」
――実は他にもコスパの渾名はあるんだが、おそらく勝手に言ったら怒るだろうな……いつ暴露してやろう
「エリニュスはコスパ・ジタン以外に呼ばれている名はあるのか?」
――コスパ・ジタンはあんまり言わないほうが……ばらした俺が思うのも、なんだが
「迷宮喰いですね」
「迷宮喰い? 迷宮を食べるということか?」
「ええ。コスパのいくつかの分体は、バベルの塔に張り付いて、ずっと解析しているのです。階層は明かしませんが、数年前に一階層を解析し終えて、それ丸々喰った。単身で一階層を完全解析したのも、一階層を喰ったのも、コスパが初めてですね」
「階層を喰った? ということは、一階層なくなったのか?」
「その通りです」
「……聞いたことがないな」
「先ほど”単身で”と付けた通り、複数名で階層を食べきることはあるので。滅多にしませんが」
「……よく分からんが、あの見た目で大食漢なのか」
「そうも言えますね」
エリニュスについて語り、クアルバーグと分かれた後に、
「誓約印に動きなし……か。あいつの誓約は、なんで発動するんだ」
エリニュスとの誓約紋を確認したが、特に動きはなかった。
「かなりエリニュスの情報をばらしているんだが、誓約紋が発動しないな」
”コスパ・ジタン”もばらされるのが嫌ならば、誓約紋に組み込んでおけば良いだけのこと――
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機関長官のエルトハルトと参事官のクアルバーグは、とある一人の女性の扱いに関してもめることが多い。
「侯爵がエリニュスに会いたがっている?」
その女性とはユセリラルダ侯爵――彼女の存在は、明確な対立とまでは言えないが、外国から招かれたエルトハルトと、カラブリア貴族のクアルバーグの間が、上手くいかない原因なのは、誰もが認めるところだった。
「監視カメラなどの開発に、協力して欲しいと……クアルバーグ参事官に依頼したそうです」
「元王女がクアルバーグに依頼するのは分かる。だが、なぜお前が来たのだ? オルクス」
「エリニュスの能力について詳しいので、代理で説明して欲しいと」
「どういうことだ?」
「長官はユセリラルダ侯爵が、商会を持っていることはご存じですか?」
「知っている。変わった道具を売っているな」
「実はあの商会、バビロンにも出店しているんです」
「…………あのような商品をバビロンで売っているのか? 売れんだろう」
政府が存在せず、バベルの塔攻略以外の産業を持たない都市バビロンでは、最低限の魔力を持っていなければ、まともな生活などできない。
この最低限だがバビロンの最低限は、ほかの国では「上の下」にあたる――なにせ雨が降らず、隕石が降るような土地だ。魔力がなければ生きていくのは難しい。
そんな所にユセリラルダが作った商会の「魔力が少ない人向けの商品」を売ろうなど、どうかしている……と。
「長官が思うよりは売れていますよ。商売相手は奴隷なので」
「…………分かった。それで?」
「そこの商会の店員たちが、様々な情報を集めて、現在自分たちが開発している監視カメラに必要な技術を、エリニュスが持っていることを知ったんです」
「意味が解らん。たしかにエリニュスの千里眼は優れているが……普通の千里眼使いで良かろう?」
エリニュスの千里眼は変幻自在――一度その人物を「認識」さえすれば、その相手がいる場所を瞬時に突き止め、その人物を俯角することも、その人物が見ている視点に限りなく近いものを映像として「第三者に見せる」ことができる。
それも一つ、二つではなく、複数を同時に操れる希有なタイプ。
この手のタイプの技術は全てが個人の才能によるもので、一般技術に落とすのは不可能――エルトハルト自身が「そう」なので、よく分かる。
「実はエリニュスは千里眼を魔力を絞りに絞って使うことができまして。侯爵はバビロンに出店した商会からの情報で知ったみたいなんです」
エルトハルトの前ではそのようなことはしないが、バビロンにいた時にエリニュスは、そのようなことをして遊んでいた。
「魔力を絞る?」
「低魔力で使用するということです」
「そんなに低魔力で動かしているのか?」
「魔法を得意とする一家の中で、魔力探知に長けているのが”あれ、本当に、魔力で動いてんのか?”と疑うくらいには低魔力で動かせますね。……たしかこれも、コスパって言ってました」
「コスパ? 危険な場所を記した地図と、低魔力千里眼に共通点などないと思うが」
至極まっとうなエルトハルトの意見を前に、コスパが何なのか知らないオルクスは答えを持ち得ていない。
「わたしに言われましても。ですが、たしかにあの低魔力で最高の映像を撮れる魔法技術について教えてもらい、魔道具の魔法回路に組み込めれば、監視カメラの動力問題は、一気に解決するでしょうね」
ユセリラルダは監視カメラの製作できたが、思いのほか魔力の消費が激しく、今だに大量生産ができていなかった。
そんな中、監視カメラ以上の性能を持つ千里眼を、驚く程低魔力で発動・運用できるエリニュスの存在を知りさらに、彼女がカラブリア王国にいると聞いて、面会を希望したのだ。
「普通はそんな特殊技術、関係ない者に教えないのではないか?」
「そうですね。わたしも外部には漏らさないと思います。もちろん侯爵がリビティーナーリウス一家の長スムマヌスを説得できたら、教えるでしょうが」
「そうか。何にせよ、ユセリラルダとエリニュスの面会は却下だ、禁止だ。クアルバーグに伝えておけ。エリニュスにも、ユセリラルダに会わないよう伝えろ」
「それは大丈夫ですよ。本人も”貴族とか、会うもんじゃねーし。遠くから見るだけで充分”って言ってますから」
「……そうなのか?」
「だから長官にも会いたがらないじゃないですか」
「それはなあ! 本当になあ! それにしても、あいつは逃げすぎだ。わたしの顔を見て逃げる時に、身体強化魔法までかけおって! あと、念のためにギルドのほうにも、取り次がないように、出向いて伝えておけ」
「分かりました」
そうなるよな……と思っていたオルクスに、
「それにしても、面白い発想をするな」
「面白いとは?」
エルトハルトが先ほどの強い口調とは打って変わって、穏やかな口調で話し始めた。
「わたしが見たところ、エリニュスの魔力は潤沢だ。それが、魔力を極力使わないほうを向くのは、非常に面白い発想と言うべきだろう」
魔力が乏しいユセリラルダが魔力を極力使わない魔道具を開発するのは、理にかなっているが、魔力が人よりも優れているエリニュスが、そのような発想をするのは、同じように魔力に優れているエルトハルトにとって、奇妙とは思わないが「何故だろう」とは思うくらいには、変わった行動だった。
「言われてみれば……なんで、そんな発想になったのやら」
初対面どころか、会う前から「変わり者」と聞いていたので、エリニュスの奇行に関して、オルクスは特に疑問を覚えなかったのだが、改めて言われてみると、
――発想が侯爵と似ているのか……なにもかもが違うのに
少し不思議だなとは思ったが、彼らに知る術はない。
「エリニュスの周囲に、魔力が少ない者はいたのか?」
聞いたエルトハルトだが”いないだろうな”とも。
エルトハルトはエリニュス採用後に、カラブリアの冒険者ギルドに依頼して、バビロンの冒険者ギルドにエリニュスについて、リビティーナーリウス一家に正式に照会を申し込んだ。
リビティーナーリウス一家からは「竜喰いの前例があるから、依頼があることは分かっていた」という文言と共に、一家の長から直接回答があった。
それによると、エリニュスの母親は誓約のサンクス一家所属で、父親は回復のウェイヨウィス一家所属の冒険者で、二人とも突出しているわけではないが、他のクランから指名でパーティー入りするくらいに、優れているとの回答があった。
他のクランから指名が入るというのは、相当に優秀――要するに魔力に問題はないということ。
その他にもいろいろと書かれていたが、総合すると「なに考えてるか分からんし、無駄をこよなく愛しているよ。それと実力は問題ないよ」という、一見ふざけているような回答だったが、自分たちとは枠の違う世界で生きている者なのだから、そういうものなのだろうと。
「いないと思いますよ。コスパの全てを知っているわけではないので、断言はできませんが、両親も兄もバベル入りできるくらいに魔力はありますから。祖父母とかになると……祖父はうちのバベルにいますけど、やはり魔力はあるほうですね。もちろん、長官には遠く及びませんが」
やはり変わり者なのだな……と。
「お前は本人の前でコスパとは言わないのだな」
その「ついで」に、オルクスがエリニュスのことを、コスパと呼ばないことについても尋ねた――機関の職員に対しては普通だが、冒険者相手のときは砕けているので、知り合いならば”コスパ”と呼びかけるのではないか? と。
「来た当初……というか、コスパをばらしたのを知られて、バベルの塔内で分体一体殺されたんで」
「殺す……お前は分体も相当な強さだと聞くが」
「コスパも強いので。それこそ低魔力で殺傷力が高い陣を用意され、気付かず踏み込んだら勝ち目がないと言いますか……腹いせに一体くらいは殺されても仕方ないなと思っていました。もちろん、黙って殺されてやるつもりはなかったし、返り討ちにしようと思っていましたが、巧妙でしたねえ」
「巧妙か」
「コスパは罠を掛けるのが得意なもんで」
「…………」
「どうしました?」
「お前やエリニュスは、つくづく迷宮向きだなと思ってな。エリニュスはまだいい、空を見たいという願望があるから。だがお前はどうして人間社会に出てきた」
人間であるオルクスに対して「どうして人間社会に出てきた」と言うのが、エルトハルトのオルクスに対する認識で、それはオルクス自身「正しい認識だ」と思っている。
「それを言われると……空を見たいとは?」
エルトハルトがルミルレットーバから聞いた話を知り、
――…………空ねえ。なんで空なんかに興味があるんだ
エリニュスと同じ生まれも育ちもバビロンのオルクスは、そんなことを言っている同郷の者などいなかったので、気になりはしたものの特に尋ねはしなかった。
タナトスにとってエリニュスは、稀代の変わり者なので。




