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おざなり なおざり ぽたり ぽとり  作者: くびのほきょう


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07 ザクロ (一家離散)



「旦那様からの伝言ですが、雨乞いの儀式前日7月9日にフィーネ様とキャルム様を連れて3人でアクランドを訪れる、とのことです」


ほとんど書斎のようになってしまっている私室で、片手で簡単な夕食を取りながらもう片手で書類を確認していたノーラは、王都から帰って来たばかりのルカから報告を受けた。


ルカには父のサインを貰ってからすぐに王城へ届けないといけない書類を託し、昨日から王都へ行ってもらっていた。任務は無事完了し今日の夕方に領地アクランドへ帰ってきたばかり。

急な出張だったにも関わらず、ルカは微塵も疲れを感じさせない。屋敷へ帰って来た足で休憩も挟まずにそのままノーラの元へ参じ、そして、いつものようにノーラへ微笑んでくれる。


「伝言ありがとう。『訪れる』って、お父様にとってここは『帰る』場所ではないのね。……お姉様がアクランドへ来るのははじめてだわ。急いでお姉様の部屋を用意しないと」


「お三方は儀式の日に一泊だけして、儀式翌日に王都へ帰ると聞いています。王都では7月10日から12日まで花ザクロ祭りが開催されますので、そちらへ参加するそうですよ。……雨乞いを近日に控えた今、ノーラ様は仕事の片手間に食事をしないといけないくらい忙しいのです。今回はフィーネ様はとりあえず客間でよろしいのでは?」


貴族学園は7月と8月の2ヶ月間は夏季休業。キャルムからこの夏季休業は雨乞いの儀式の日のみアクランドへ来て、残りは学友との交流のために王都で過ごすと事前に手紙で知らされていた。

キャルムの学友というのは第二王子とその側近達の高位貴族令息。たった2年間しかない学園生活を思えば、アクランド伯爵家の将来のためにキャルムが学友との人脈形成を優先し夏季休業中に王都にいることはノーラも賛成している。


でもまさか、父までもがキャルムと同じように雨乞いの儀式翌日に王都へ帰還するとは思ってもいなかった……。


雨乞いの儀式翌日から5日間、アクランドには小雨が降り続ける。その5日間、アクランドでは虹蛇へ歌劇や舞などを奉納するための感謝祭を行う。だというのに、アクランド伯爵である父は感謝祭に参加せず儀式の翌日に王都へ戻ってしまうというのだ。


アクランド伯爵である父が感謝祭に顔を出さないなどあり得ない。領民達との信頼関係に響く。しかも、父に代わり一人で雨乞いと感謝祭の準備を進めているノーラへ相談や連絡することもなく王都の祭りに参加することを決めている。そんな父に落胆してしまう。


これまで父の勝手を止めていただろう祖父や母はもういない。父が領地アクランドにいないこと、感謝祭に顔を出さないことで生じる不利益を父に説明し諌めないといけないのはノーラだけなのだ。


「ただでさえダリモア産の緑色の糸の件でピリピリしている領民もいるというのに、アクランド伯爵のお父様が感謝祭に参加しないなんて、あり得ないわ。なんて言えばお父様を説得できるかしら……」


諫言により父から嫌われることはもちろん怖い。対等な立場の婚約者へ言いたいことも言えず悩んでいるノーラが、自分より上の立場の父親の行動を咎めるなんてできるのか、という思いもある。

それ以上に、娘から意見を言われた際に父がどう反応するのか予測出来ないことが不安だ。父が不貞腐れてアクランドへ帰って来なくなる、そんな事態は絶対に避けないといけない。


雨乞いの儀式に父の存在は不可欠。


召喚魔法には召喚対象との契約が必要なのだが、虹蛇と召喚の契約を結んでいるのはアクランド伯爵である父なのだ。雨への対価として虹蛇へ渡す魔力を巨大水晶へ溜め込んでいたとしても、そもそも、ノーラだけでは虹蛇を召喚することはできない。


父が臍を曲げてアクランドへ帰って来ないという暴挙にでるような事は、そんなことはあり得ないと思いつつも、避けたい。失望することの連続だったこの2年のせいで『そんな非常識な行動を父が取るはずがない』と否定できないことが悲しい。


隣接する領地との間にある高い山脈によって雨雲が堰き止められているアクランド。

世界的な気候学の研究者が記した論文によると、本来は砂漠となる立地らしい。雨乞い期間以外に時折り降る雨も雨乞いによってもたらされた水のおかげで、年2回の雨乞いが周辺地域で言うところの雨季に相当するものとなり半乾燥気候に留まっているのだと、その論文に書いてあった。


そんなアクランドには、今から120年前、ノーラの祖父の曽祖母の時代に雨乞いが出来なかった期間が2年ある。


その2年で川や池は干上がり、飲み水や生活用水などの水不足はもちろん、主食である小麦や野菜・羊が食べる牧草・特産品のピスタチオやデーツなどの生産に大損害を被った。4割近い領民が他領へ流出し、アクランド伯爵家は多額の借金を抱え没落寸前だったと記録が残っている。

たった2年雨乞いができないだけで、人や畑、牧場、川、池、動物や植物、伯爵家の財政などが元に戻るまで50年もかかるほどの大きな損失が出てしまった。


その原因となったのはアクランド伯爵家のお家騒動。

一人っ子の呪いがあるアクランド伯爵家で家督争いは非常に珍しい。ノーラの5代前、祖父の曽祖母は当時のアクランド伯爵が周囲に隠し育てていた愛人の子で、正妻の子が嫡子だった。その嫡子が当時のアクランド伯爵の子供ではなく、実は正妻とその不貞相手との子供だと分かったのは、代替わりの際の継承魔法が失敗した瞬間……。


継承魔法とは親子・祖父祖母・孫・兄弟姉妹など第2親等まで血が繋がっている者へ、契約が必要だったり使用するのに条件がある魔法の使用権利を譲渡する魔法のこと。渡してしまった魔法の使用権利は元の所有者の元には残らない。


血のつながりが薄い者へ継承魔法を使うと魔法は失敗し、譲渡しようとした魔法の権利は消えて無くなってしまう。


伯爵位襲爵の際に継承魔法で虹蛇の召喚契約を継承しているアクランド伯爵家で継承魔法が失敗したということは、虹蛇の召喚契約が消滅してしまったとということで、それはつまり、虹蛇を召喚出来なくなった、雨乞いが出来なくなった、ということ。


その結果、隠し子だったノーラの祖父の曽祖母がその存在を明らかにされ、王命により聖獣・虹蛇を探し出し召喚契約を結びに行く旅へと出された。


聖獣は森の奥深くや、山の頂上、崖の中腹、海の底など未開の地に生息してると言われていている。どこにいるか把握されている聖獣など、一部の例外を除き、いない。

神出鬼没な聖獣を探し出すためにどれほどの月日が必要なのか現代でも想像もできないのだから、120年前も同じだろう。

当時のアクランド伯爵の手記には『虹蛇との契約は半ば諦めているというのに、王命のせいでまだ15歳の可愛い愛娘を旅へ送り出すしかない』と書いてある。

祖父の曽祖母は、幸運にも、旅から出てたったの2年で隣国の泉で休んでいた虹蛇と偶然出会い、アクランド伯爵家の魔力を気に入って貰えたために召喚契約を結ぶことに成功した。


思っていたよりもずっとずっと早かった。とはいえその2年間、アクランドでは虹蛇を呼び出すことができないために雨乞いができなかったのだ。


虹蛇が召喚できなかった期間、当時のアクランド伯爵は王宮から王宮魔導師達を派遣してもらい畑や草原から優先的に水魔法で水を撒いてもらった。王国トップレベルの魔導師に数人がかりで可能な限り水を撒き続けてもらったが、虹蛇がもたらす雨の量にはとてもではないが及ばなかったそうだ。


不義の子を嫡子と偽っていた正妻の実家からは多額の慰謝料が払われた。とはいえ、王宮魔導師の派遣代、他領から購入した水代、収穫できないために購入した小麦や牧草の代金を賄えるほどではない。

領民と作物が減ったことで税収も少なくなり、アクランド伯爵家の財産は底をつくどころか多額の借金まで出来てしまった。


借金が嵩んだ120年前、山頂の巨大水晶は売りに出されることはないが、巨大水晶を担保にお金を借りていたようだ。120年前のアクランドにとって巨大水晶は正しく最後の砦だった。

お家騒動という領民に関係ない内紛で虹蛇を呼べなくなったアクランド伯爵家。領民からアクランド伯爵家への敬意はなくなり、その代わりのように領民達が巨大水晶を信仰の対象にするようになったのも仕方のないことだろう。


約120年前の雨乞いの出来なかった2年間はアクランド伯爵家にとっての訓戒。アクランド伯爵家にとって雨乞いの儀式は何よりも優先すべき至上命題なのだ。

それを誰よりも理解していないといけないはずのアクランド伯爵である父を疑うしかない現状が辛い。


思考の海に沈んでいたノーラを掬い上げるように、ルカの声がする。


「来年はノーラ様も学園へ入学されますので、旦那様がノーラ様に甘えて好き勝手できるのも今年限りです。今の旦那様はフィーネ様を養子にできたことに浮かれているのです。そんな旦那様へ何か言ったことで、万が一、旦那様が“アクランドへ来ない”などと言い出したら、今回の雨乞いができなくなってしまう……」


ノーラは思わずルカの黒い瞳を見つめると、ルカはノーラへ優しく微笑む。


「正直に申し上げますと、旦那様よりノーラ様の方がずっと領民から頼りにされております。エイダ様が存命の頃も、アクランドに居着かない旦那様よりエイダ様の方が領民人気はずっと高かったそうですし。感謝祭ではノーラ様が領民へ顔を見せたら問題ありませんよ。もちろん私も精一杯力添え致します。……言いたくないのに、無理をしてまでノーラ様がお父上に厳しいことを言う必要はないと、私はそう思います」


ノーラはルカの助言と笑顔に後押しされ、雨乞いの実施を最優先することを言い訳に、感謝祭へ参加しない父に対し何も言わないことにした。


「ありがとう、ルカ」


ルカはノーラに甘い。これでは、ただ父と話し合うことから逃げ、問題を後回しにしているだけだとノーラは気付いている。

楽な方へと流れ落ちている自分に父の血を感じ、ノーラは自嘲の笑みを浮かべた。



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