18 金瞳 (異端)
「せっかく外出できても馬車と屋敷から出れないんじゃつまらなーい」
アクランド領地の中心にある低い山、その中腹にあるアクランド伯爵家の屋敷の複数ある別棟のうちのひとつの客間で、テオドールはまるで自室のようにくつろぎながら長椅子に寝転がり、クッションを抱き足をバタバタとさせ不満を漏らしている。
おでこや耳が出ているさっぱりとした短髪は国王と同じオリーブ色。日に当たらないせいか透き通るような白い肌、少し垂れ気味だが切れ長の大きな目、すっきりと高い鼻筋、形の良い眉、それらが左右均等にバランスよく配置されている、王族として期待を裏切らない整った顔立ち。
テオドールは黒いフードとヴェールと手袋を取り払い、素顔を晒している。
虹蛇の召喚契約が消滅したことを隠すため、テオドールがアクランドへ来ていることは公にはできない。テオドールをアクランドへ迎え入れるにあたり、アクランド側は呪いを防ぐ魔法陣を施した馬車と屋敷を用意する必要があった。
日常的に雨が降る王都では許されるお天気雨や通り雨は、ここアクランドで起こると不自然。テオドールがいても少しの雨も降らせないため、テオドールが住む離宮と同じ強力な魔法陣を施さないといけなかったのだ。
限られた使用人にしか事情を打ち明けていない中での準備は困難で、テオドールから届く手紙の通りに魔法陣を施し終わる頃には、父の命日からひと月経っていた。
国王から下町でルカを見かけたという手紙が届き、その手紙への返信でテオドールを迎える準備が整ったと連絡してすぐに、テオドールとレオポルドが二人揃ってアクランド領へ来ることが決まった。
こうして、アクランドへ来たテオドール。テオドールが肌を晒しても大丈夫なように準備したのだから、こうして寛いでいるのは正しい。正しいのだが、一つだけ問題がある。
テオドールの瞳の色は王族の証である赤色ではないのだ。テオドールの瞳は虹蛇と同じ金瞳だった。
王家での金瞳とは、数百年に一度現れると言われている異端な瞳のこと。
金瞳だったと言われている200年前の王族は、王にはならなかったものの、守りの魔法陣や冷蔵庫を発明した聖人として歴史に名を刻んでいる。魔力を見て情報を得るといった規格外の能力を持っている王族、その中でも特に並外れた力を持つとされる神童の証が金瞳だ。
王族を神聖で尊いものとするためのプロパガンダの一種だろうとも言われていて、実はノーラも半信半疑だったが、転送ゲートを発明したテオドールが金瞳だったことで真実だったのだと理解した。
美しい金細工のように複雑な模様を描く金色の虹彩。異端や神童など関係なくただただ美しいとノーラは思う。
でも、知りたくなかったとも思ってしまった。
どうしても、テオドールを呪った人について考えて、目星がついてしまう。国王、王妃、王妃の実家、王妃の実家の派閥の家……。
テオドールが第一王子だったら問題はなかった。歳を召してから生まれた末っ子第四王子の瞳が金色だったことを前国王夫婦が隠していたことからして、彼らはテオドールを愛し守ろうとしていたのだろう。
テオドールはいつから呪われているのだろう。ノーラが物心ついた頃には呪われた王弟の噂は流れていた。ここまで様々な秘密を知ってしまったのだから聞けば良いと思いながらも、聞きだす勇気はなかった。
「ノーラさんが来たよ。おじさん、ちゃんと椅子に座って」
テオドールが横たわる長椅子の隣の椅子にはレオポルドが行儀よく座っている。
「さすがノーラ!テオードル殿下の瞳を見ても動じてない!」
そう声を上げたのはレオポルドの後ろに立っている少年。アクランド領地の隣に領地をもつケラハー辺境伯爵家の次男マックスだ。
マックスは赤い髪にオレンジ色の瞳、ノーラの3つ上の18歳で、隣の領地ではあるものの幼馴染と言うほどの交流はなかった。幼い頃からの顔見知りだ。たしか、貴族学園を卒業しこの春から近衛騎士として王城で働いていたはず。
騎士としての実力は同年代の中では抜きん出ていて、同い年のダリモア辺境伯家の長男ライリーとは常に競い合う天敵のような関係。でも、ライリーよりマックスの方が確実に強いと、キャルムから聞いたことがある。
「充分動じてますよ」
ノーラの反応が遅いために動じてないように見えただけだ。
マックスは考える前に身体が動くせっかちな気質で、考え込み動作や言動がゆったりしてしまうノーラとは相性が良くない。それはお互いに理解していて、お互いにほどよい距離を取るようにしている。
今この場にはノーラ、テオドール、レオポルド、マックスの4人しかいない。ノーラが連れてきた護衛や侍女はこの客間には通さず玄関ホールで待っていて、王家が連れてきた使用人たちは控えの間にいるようだ。
転送ゲートを持つケラハー辺境伯家の令息で近衛騎士のマックスは、テオドールがアクランドへ来る際の護衛として丁度良いだろう。
ケラハー辺境伯家はアクランド伯爵家よりも歴史が長いため、アクランドの生贄の過去を知っている。この場に残っているということは、虹蛇の召喚契約が消滅したことも教えられているということ。つまり、王家に信頼されているということで、将来有望ということだ。
ノーラは金瞳についてそれ以上言及せず、簡単な挨拶をすませ、テオドールとテーブルを挟んで対面にある長椅子に座った。
「ケラハーからの馬車の旅は問題ございませんでしたか?」
「うん!僕はアクランドの名所を通るたびに下ろしてもらってたからね。おじさんは馬車の中で待機してたことが不満なんだ」
そう話しているレオポルドは手に小さなぬいぐるみを持っている。
色とりどりの毛糸で編まれたそれは、前回の雨乞いの際に虹蛇の赤ちゃんが持って帰った物をモデルに小さく作った虹蛇のぬいぐるみ。アクランドの新しいお土産として最近発売がはじまった。
「これ?お土産屋さんで買ったんだ。編み物の技法を使用して羊毛で作ったぬいぐるみが面白いと思ってね。従者に聞いたら王都の平民の子供向け商品では見たことないって言ってた」
単純に『可愛いから』ではないところがレオポルドらしいと思いながら、レオポルドの笑顔につられてノーラも笑みが漏れる。
ノーラはレオポルドに前回の雨乞いでは虹蛇が親子二柱で現れたことと、今レオポルドが手に持っているぬいぐるみを大きくしたものを赤ちゃんの虹蛇が持って帰ったことを話した。
「20年前にも一度親子で現れたんですよ。その時には虹蛇が親子2柱で空を飛ぶ柄がアクランド土産の定番になったのですが、今回はこのぬいぐるみが新たな定番になりそうです。虹蛇の赤ちゃんが持って帰ったぬいぐるみの目は水晶だったのですが、これはガラスみたいですね。水晶だと高価になってしまうから仕方ないか……。もうしばらくは虹蛇を召喚できませんし、前と同じ虹蛇と契約できるとは限りません。もうあの赤ちゃんとは二度と会えないでしょう。領民をがっかりさせてしまうのが辛いです」
「20年前……親子……水晶…………。ねぇ、その水晶ってどれくらいの大きさ?ノーラの魔力込めた?」
話を聞きながら何か考え込んでいたテオドールは、ノーラを呼び捨てにしていることに気づいていない。貴い立場なので問題はないと、特に言及しないでノーラは答えた。
「魔力は込めました。大きさはこれくらいのものが、目なので、二つです」
そう言ってりんご程の大きさを手で現すノーラを見つめるテオドールの金色の瞳がみるみる内に興奮で輝いていく。
「なんで?ノーラはなんでそんなことしたの?」
「……大した理由はありません。虹蛇に少しでも喜んでもらえたらと思って、ですかね。その水晶がどうかしましたか?」
テオドールは立ち上がり、ノーラの横に座り、いきなりノーラの手を掴んで上下に振りだした。
その手が少しひんやりとしているのを感じ、ノーラは男性と手を繋いでいることを意識してしまうが、テオドールは全く気づいていない。
「すごいね!”少しでも喜んでもらえたら”って、ノーラの優しさの勝利だ!大勝利!」
もう呼び捨てで通すようだ。ノーラにはテオドールが何を伝えたいのか分からず戸惑ってしまう。それはレオポルドとマックスも同じのようで、二人とも不可解な顔をしている。
「おじさん、その水晶で何ができるの?僕らにもわかるように教えてよ」
「ノーラの魔力、というよりも、アクランド伯爵家の魔力って独特なんだ。それはレオが見てもそうだろ?」
レオポルドは頷きながら「聖獣が好むのも分かる程度には他の人と違うね」と答える。
「だから、水晶に魔力が残ってたらもう絶対!ノーラの魔力は独特だから、水晶の中の魔力を吸い取られた後の残り香みたいな魔力でもいけそう!」
テオドールは話の本筋が見えないまま話すが、なんとなく言いたいことは予想できる。でも、期待して裏切られたらと思うとノーラにはテオドールに問いかけることができない。
「もしかして、魔力の追跡ができるとか?」
ノーラが言い淀んだ言葉を、マックスは簡単に声にする。
「そうそう。でも”追跡”じゃなくて”探知”って方が近いかなぁ。……前にバラキナの使者が魔力を込めた水晶をこっそり王宮に残して帰ったことがあって、変な魔法がかけられてないか調べたことがある。その調べてる時にその水晶に篭った魔力と同じ魔力、つまり魔力を持った人だね、その位置を探知できちゃったんだ。その人はバラキナにいたけど分かったよ。それから色々試してみたから、今じゃ細かい精度で魔力を探知できる」
バラキナとは、我が王国とはいくつもの国を挟んだ遠い遠い帝国。つまりは、虹蛇の赤ちゃんが持っていったぬいぐるみに付けた水晶が、少なくともバラキナよりも我が王国に近いところにあれば、テオドールには位置がわかるということだろう。
「つまり虹蛇の住処が分かるかもしれないってことか。すごいや、僕にはできそうもない。これっておじさんが金瞳だからかなぁ」
「普段からヴェールで視界が遮られてるから、見えづらいと魔力だけで判断することが多いんだよね。しかも魔力を”見る”んじゃなくて”感じ”てた。それって魔力を探知する訓練してるのと一緒な気がする。頑張ればレオでもできるんじゃない?」
テオドールが日常的に黒いヴェールをしていたこと、20年前に虹蛇が親子で来たこと、その20年前の経験からお腹が大きい虹蛇を見て平民学校の生徒がぬいぐるみを作ったこと、生徒たちと話しぬいぐるみに水晶の目を付けたこと、どれか一つでも欠けていたら実現しなかった。そんな偶然が重なった幸運。
「親しくて魔力を覚えちゃってる人っているだろ?そんな人なら水晶に溜まった魔力がなくても探知できるんじゃないかな。母親の魔力を思い出して王都の方向を探ってみなよ」
テオドールはレオポルドに魔力探知を教えている。
「えぇ母上の魔力なんて覚えてないよ。乳母ならいけるかなぁ」
そう言って目をつぶっているレオポルドに、母親との関係を察してしまう。レオポルドはしばらく試していたが何となく王都の方向に乳母がいると分かると言っていた。
「虹蛇の赤ちゃんがケーキのイチゴを後に食べるタイプなことを願おう。水晶は2つある。ケーキのイチゴを真っ先に食べるタイプでも残り香が2つあれば絶対いける!探知はここからどの方向にどらくらい離れてるか分かる感じ。ちゃんとした地図が必要だけど、地図を用意してくれたら時間を空けて何回か探知してみるよ。虹蛇がぬいぐるみを持って移動してたらいけないし」
本当は、アクランドへ雨を降らす時期や方法を相談し、それに伴い虹蛇探しの旅の日程も決めるためにノーラはこの場へ来た。
そのために、5日間の霧雨から雨の降り方を変えても大丈夫か、テオドールの普段の仕事との兼ね合い、テオドールはどの程度呪いの雨を操れるのか、アクランド伯爵として日程をずらせない仕事、来年の4月から貴族学園へ入学することなど、たくさんのことをずっと考えていた。
……それが、虹蛇との召喚契約が12月の冬の雨乞いに間に合うかもしれない!
「残り香だった場合は時間が立つほど探知し辛くなる。虹蛇が移動してしまったら意味がない。なるはやで虹蛇のところへ行こう!」
こうして、虹蛇を探す旅の日程は決まった。
”なるはや”とは”なるべく早く”という意味らしい。