感謝
「飯田と仲良かったんだ」
「兄の大学時代の友達なんですよ」
「そうそう。それで俺が湊の同級生だって知って会わせてほしいって頼まれたんだよ」
たまたまが産んだ再会だったということみたいだ。世間は意外と狭いらしい
「ということだからさ。しばらく外すから2人で話しててくれや」
「は?なんで外すんだよ」
「2人だけで話したい内容らしいから。あ、終わったら連絡くれなー」
そういうと飯田は店の外へと出た
「すいません。友達との食事中なのにお邪魔しちゃって」
「いや問題ない。俺もどうしてるか気になってたから、会えて嬉しいよ」
「……振ったのに?」
「あ、いや……すまん……」
「……なーんて。もう気にしてません。というかフラれたあの後、李華さんから事情を聞いてましたから」
「李華が……?」
当の本人だが全然覚えていない
「はい。「お味噌汁は冷たい状態で飲むとマズい!」ってメモを読み間違えてから聞きました」」
「あー……俺もそんな感じの間違いしてたよ」
高校の頃の私は、偉く見せる為にメモを見ながら喋る癖のせいでこういう良い間違えをよくしていた
「李華さん……どうやったらそんな間違い方するんですか?」
「違うんだって!文面が目の前にあったらそれ読んじゃうじゃん!」
しかもそのメモはただの私の日記帳みたいなものだから、見て話す必要が全くないという……
「そんな事情があったんだーって。利用されちゃったんだーって。あ!ごめんなさい!気にしてないって言ったそばからこんな言い方したら根に持ってるように聞こえますよね!本当に気にしなくて大丈夫ですから!むしろその事情があったから1日でも付き合えたので逆にありがたかったというか!と、とにかく気にしてないので‼︎」
「……うん。でも利用したのは確かだった。最低なことしてるってのは自覚してたんだけど……どうしても帰りたくなかったんだ」
「家の事情も教えてもらいました。詳しいことまでは分かりませんけど、私でも同じことしてたと思います」
私は湊を住まわせる為の許可を取りに家に出向いたことがある。たった一度だけだったが、この家からはさっさと出たほうが良い。そう思わされるぐらい酷い家だ
「それに感謝してるぐらいです。偽りでも付き合ってくれたこと。偽りでも彼氏っぽいことをしてくれたこと。……私の初めてをもらってくれたこと。全部感謝してます」
「……やめろ。何も良いことしてないんだからそんな風に言うな」
「良いことか悪いことかはされた側が決めることです。私が嬉しかったんですからそれでオッケーでしょ?」
「……ポジティブすぎないか?」
「私の長所です!」
「……そうか」
湊の元カノであれだけポジティブな反応をしてくれたのは彼女だけだと思う
「まあ過去の話は置いといてですね!今日は報告があるんです」
「報告?」
「はい。といってもたった1日付き合っただけの女がわざわざこんなこと報告するのもどうかとは思ったんですけど……李華さんの頼みなので」
「李華の……?」
私の頼みということはそういうことなんだろう
「私、結婚が決まったんです」
「おー!おめでとう!」
湊はこの報告を受け、素直に祝福の言葉を贈る
「ありがとうございます!」
「おめでたいことだけど、それと李華の頼みと何が関係あるんだ?」
「……実はですね。私、李華さんが亡くなる3日前に会ってるんです」
「マジで⁉︎」
もうそろそろ私の身体も限界なんだと悟った日。ベッドから身体を起こすのも辛くなったあの日。本当に前触れもなく千歌さんは私の病室に来た
なんで来たのか。湊と家族以外に入院場所どころか入院していることさえ教えていないはずなのになぜ来れたのか
なーんにも教えてくれなかったけど、お話に付き合ってくれて、私の頼みも全部じゃないけど聞いてくれた
そしてそのうちの一つを今叶えてくれた
「その時にですね。千歌ちゃんが結婚するってなった時は湊に教えてあげてほしいって言われてたんです。振ってからずーっと千歌ちゃんのこと気にしてるからって」
「李華がそんなこと言ってたのか……」
「代わりの約束なんですけどね。本当は「私が死んだ後は、湊の隣で支えてあげてほしい」って頼まれたんです」
「そんなこと頼んだのか⁉︎」
「私も「正気か⁉︎」って思いましたが……でも一度振られちゃった私が、李華さんの後を任されても何にもならないことは分かってたので断りました。本当は……隣に立ちたかったし、立てるぐらいになりたかったですけど」
私が居なくなれば、湊が1人で生きていこうとすることは目に見えていた。それは私との約束があってもなくてもだ
そしてあの時は、本気で湊のことを支えられるのは彼女だけだと思っていた
「……とまあそういうことで!遅くなっちゃいましたけど、李華さんとの約束が果たせて良かったです」
7年近くも前の約束だというのに、ちゃんと覚えてくれていたこと。そして果たしてくれたことに感謝だ
「俺も近況が聞けて嬉しかったよ。ご祝儀は30万ぐらい包んで贈るよ」
「ご祝儀の平均の10倍も払わなくていいですよ⁉︎」
「そもそも俺、結婚式に参加する前提で話してるな……」
「あ、その確認もしたかったんです。招待したら来てくれるのかなぁって」
「もちろん喜んで参加させてもらいたいけど……元カレなんて呼んだら相手さんは嫌がるんじゃないか?」
「って言われてるけどどう?」
「本来は嫌だけどお前なら無問題だぜブラザーよ‼︎」
いつのまにか戻って来た飯田が湊の肩に腕を回した
「え……結婚相手ってこいつ?」
「はい……そうなんです」
まさか千歌ちゃんの結婚相手が飯田とは……本当に世間って狭い……
「今すぐ破棄したほうが……」
「おい‼︎どういう意味だよ⁉︎」
「冗談だよ。ちゃんと幸せにしてやってくれよ」
「あたぼうよ!俺がこの結婚に至るまでどんだけアプローチかけたと思ってんだよ⁉︎」
「知らねーよ」
「毎日、仕事場とは方向が真逆の路線の電車に乗って、千歌ちゃんと朝を共にして、帰りも定時で上がれるように必死こいて仕事終わらせて、わざわざ千歌ちゃんが乗ってくる駅まで行ってそのまま一緒に帰ったりする生活を5年続けてやっとここまで来たんだよ‼︎」
これは犯罪予備軍だわ
「やっぱり考え直したほうがいいんじゃ……」
「あはは……まあ仕事場が真逆にあるって知ったのが3年後ぐらいだったんですけど、その時は警察に相談しようか迷ってました。でも献身的で悩みも聞いてくれたりしてたし、よくよく考えれば迷惑かけられてないし、まあいっか。ってなっちゃったんですよねぇ」
今聞いた分だけでは結婚に結びつく意味がわからないが、2人の間だけの何かがあったみたいだし、好きになるきっかけなんていくらでもあるだろう
「これだけ愛されてますから浮気はしないでしょうし、なんだかんだ良い旦那さんになってくれるのかなと思ってます」
「……不安だけどな」
「旦那って響きいいな!もっと言ってくれ!」
「はいキモいー。というかまだ話があるから出てって」
「分かった‼︎」
飯田は指示通りにまた店を出た
「従順すぎるだろ……」
「犬みたいでしょ?それが可愛いところではありますが」
千歌ちゃんはニコッと笑った。これだけ幸せそうに笑うのだから、外野がとやかく言う必要はない
「……私は果たしましたよ湊さん。次は……湊さんの番じゃないですか?」
「……そうだな。良い報告してやりたいよ」
2人はその後たわいもない話をしながら、お酒と料理を楽しんだ
「結局俺ほぼ外に居ただけなんだが」
「ゴチでーす」
「しかも料金俺持ちとか不公平じゃね⁉︎」
「えー?私の頼みで来てもらったのに見返りも用意してあげないのー?こんなケチくさい人とは婚約破棄しちゃおっかなぁ」
「ウソです!湊!なんなら今月分の食費全部俺が出してやろうか⁉︎」
「あんまり飯田で遊んでやるなよ」
「分かってますよー」
飯田が尻に敷かれる姿が目に見える。……現状がそうか
「じゃ!今度誘った時は割り勘な」
「行く気失せたわ」
「ちゃんと来いよな!」
「私もこれで……あ、ご祝儀絶対30万も入れないでくださいね!」
「分かってるよ」
2人は大きく手を振って、湊と別れた
「久しぶりに会ってどうだった?」
「うーん……昔とあんまり変わってないかなぁ。イケメンに拍車はかかってたけど」
「まあイケメンすぎてクラスの男から妬まれてたからな」
「でも笑顔は今日初めて見たなぁ」
「レアだぜ。アレ」
「やっぱり?」
「表情筋固まって動かないのかな?って思う時あるもんな」
「なにそれ〜」
仲睦まじく帰る2人。なんだかんだでお似合いだ
「今度李華さんにも報告したいからお墓参りに行かないとなぁー」
「だなー」
「もう聞いたから構わないよー?」
「うええ⁉︎」
千歌ちゃんの奇声に驚く飯田
「急に何⁉︎」
「いやなんか……ええぇ?」
千歌ちゃんは首を傾げた。唐突に私の声が聞こえたのだから戸惑うのは仕方ない
「約束……叶えてくれてありがとう」
今度は声を上げずに振り向いた。だが残念ながら私の姿は見えないだろう
「李華……さん?な訳ないよね?」
「どしたんだ?腹でもくだしたか?」
「な、なんでもない!」
7年も前の約束を覚えていてくれた。しかもそれを叶えてくれた。千歌ちゃんにはもう頭は上がらないな
「あんまり他の人に存在がバレるようなことしちゃダメですよ?」
「どうしても感謝を伝えたかったんだもん!」
「それでも多用しすぎです!そのせいであの男に嵌められたんですよ⁉︎」
「あ、あんまり怒らないでよ。シワ増えちゃうよ?グエッ⁉︎」
「今日はここで夜明けまで止まっててください」
「う、ウソウソウソ‼︎幽霊なんだからシワなんて増えないから‼︎お願いだから解除してー‼︎」
無慈悲にも私は本当に、街中の道路で一晩明かすこととなった




