贔屓
「まさか……あの後そんなことになってるだなんて……」
『ジャリージュリージョリーの大冒険目次録』作品展内で私は続きの大まかな情報を、設置されたテレビで流れていたアニメの紹介と、作品展に訪れた人達の会話で手に入れた。
連載自体は1ヶ月前に終了。私が完結したと思った場面の後、倒したはずの魔王が再度現れてまた2人を連れ去ってしまった。そして三兄弟はまた2人の兄弟を助けるべく冒険へと繰り出したらしい
私が死んでからスーパーマ○オみたいな展開になっていた
出来れば全部読みたいところだけど、さすがに乗っ取りと触れる能力を駆使して1ヶ月で完読出来るかどうか……
さすがに1ヶ月も時間を無駄には出来ない。でも知ることが出来なかったはずのことを知れた。それだけで十分に満足だ
「さて……そろそろ由布子さんの作品展の方に向かったかな?」
15分程経過していたので、少なくともお会計待ちだった蘭さんは着いている頃だろう
♢ ♢ ♢
「いたいた」
由布子さんの作品展に湊達の姿があった。対して私の予想とは違い蘭さんの姿はまだなかった。寄り道をしているのか、まだお会計が終わっていないのかは分からない
3人は『今日もあなたに恋してる』のヒロインのグッズを手に取っていた
「ここで新刊買うと、ラバーマスコットがもらえるのか……」
「はい……花柳ちゃんか、嶋くんか望月ちゃんのどれかがランダムで貰えるみたいです」
この3人は由布子さんの作品の主要キャラ達だ
「買うしかないですね」
「新刊も買えて一石二鳥ですね」
「まあ新刊はもう買ったんで、2冊目になりますけどね」
「き、昨日発売したばっかりなのに、もう買ってくれたんですか?」
「毎回発売日に買わせてもらってます。それだけ面白い作品ですから」
「そ、そうなんですね……嬉しいです」
良い雰囲気だ……誰がどの角度からどうやって見ても恋人関係にある2人にしか見えない。これで「付き合ってないです」なんて否定しても、「またまたー!恥ずかしがらなくていいですよ!」と返されるだろう
と、ここで突然背筋に冷たいものが走った。体温のないはずの私の幽体に冷気を感じさせるほどの冷たいものが……
後ろを振り返ると、明らかに不機嫌な顔を浮かべた初芽が私のことを睨んでいた。危なかった……私がまだ初芽が触れない位置で浮遊していたから助かったものの、下手をすれば電撃が襲ってくるところだった
「とりあえずこれ買ってくるよ」
「……本当にこんなに買っちゃって大丈夫ですか?」
「普段はこんなに集めたりしないんだけど、ここまでハマった作品は今までなかったし、せっかくこういうイベントに来れたからこれぐらいは買っておきたいんだよ」
湊は買い物かごを持っており、そこには相当数のグッズが入っていた
本以外の物を集めるのは珍しい。グッズも確かに買ったりしているが、一作品に一つ程度。同じ作品からこれだけ大量に買ってるのは初めて見た
「由布子さんと初芽はここら辺で待っててくれるか?」
「……じゃあそこのポスター前で待ってます」
「分かった」
湊はカゴを持って、会計の列に並んだ
湊がいなくなり、由布子さんと初芽の2人きりになった。
さっきの湊&由布子さんペアと違い、この2人の間にしばらく会話がなく、変な空気感になっていた
「……あーもう‼︎バカみたい‼︎」
と、ここで突然発作が起こったように初芽が声を上げた
「ど……どうしたんですか⁉︎」
「……ごめん。私不機嫌だったの丸わかりだったよね」
「そ、そんなことは……」
「変に気を使わなくていいよ。私が1番分かってたし。でもね……悔しかったんだー」
「悔しい……ですか?」
「そう。超楽しそうにしてるんだもん。そりゃあ悔しいよ。あんな顔見たのバカ姉といる時以外初めてだった」
「そうなんですか?」
「って言うとあそこにいるバカ姉が調子づくんだけどさ」
初芽は私の方を指差した
「えっ⁉︎あそこに李華さんがいるんですか⁉︎」
「今日出発した時からずっとついて来てるよ」
「……李華さんってどこにでも行けるんですか?地縛霊とかって未練のある場所から動けないって聞いたことがあるんですが……」
「さあ?未練が場所じゃなくて人物にあるから動けるんじゃない?あ、でもそうなると湊さんから離れられないのか……」
初芽の言うことが本当の事象であれば、確かに私は湊につきっきりになるだろう
「移動範囲に制限はないんですね」
「バカ姉。制限あるの?」
「今のところない‼︎」
「ないってさ」
「な、ないんですね……」
なんか初芽が仲介役を担いながら話す形になった
「……本が好きでちょっとオタクなのは知ってたんだ。でもここまで喜ぶとは思ってなかったなー」
「……実はこの場所を提案したのは李華さんなんです」
「やっぱりね。そんな気はしてたよ」
さすがに初芽にはバレていたみたいだ
「バカ姉は由布子さんに肩入れしすぎ。蘭が可哀想」
「……まあ確かにそうかもしれない」
1番のお気に入りだし、贔屓していることは否定出来ない
「そ、そうなんですか?」
「そうだよ。しかも私と湊さんが2人きりの時は邪魔するし。バカだしクソだしコケみたいな姉だよ」
「ボロクソに言い過ぎたよ‼︎」
散々な言われようだ。生前の可愛かった初芽はどこにいってしまったのか……
「あはは……仲良いんですね」
「……ねえバカ姉?由布子さんって頭悪いね」
「頭が悪いんじゃなくて変なだけ」
知能はあると思う。ただ突拍子の行動とか言動を見るとたまに変な人だと思うことはある。ハロウィンの日の被り物でその印象は濃くなった
「ええ⁉︎頭悪くないですよ‼︎」
「バカ姉は変なだけって言ってる」
「変でもな……いと思います」
自分でもちょっと自信がないようだ
「とにかく。由布子さんの作った物のおかげで湊さんが楽しそうにしてることは感謝してるの。ありがとう」
初芽は手を出した。握手をしようということだろう
「え……えっと……」
「ほらっ!こういう時はちゃんと握手をして返さないと!」
「あっ……ほ、本当にいらっしゃった……」
由布子さんに声が聞こえるようにして、私は由布子さんの手を掴み、初芽の方へ腕をグッと引き寄せた
「こういう時はどういたしましてって言うの」
「ど、どういたしまして?」
言葉に違和感を覚えているようだが、由布子さんは初芽と握手を交わーー
パチンっ
初芽は由布子さんの手をはたいた
「……え」
由布子さんは戸惑っていた。握手を求められて応じたのに、拒否されたのだから当然ではある
「感謝はしてるけど、このせいで湊さんへの好感度で優位に立たれた。ライバルとなんて握手するわけないじゃん‼︎」
初芽の言う通り間違いなく優位には立った。多分元々評価値だけで見れば優位に立っていたとは思うが
「な、ならなんで握手求めたのさ‼︎訳わからなさすぎて、由布子さんが呆然としてるじゃん!」
「簡単じゃん」
初芽は私の腕を掴んだ
「バカ姉を下に下ろすために決まってんじゃーん」
「なっ!や、やめっ⁉︎」
「2度と贔屓出来ないようにする為にたっぷりとお仕置きしてあげる‼︎」
初芽に触れられている部分から電撃が走った
「イダダダダ⁉︎」
以前よりも圧倒的に電力が上がっている⁉︎
「な、なんかつ、つよくな、なってててててぇぇ⁉︎」
「買い換えたからね!さらに強いやつに!222万2222円で‼︎」
「に、にひゃくにじゅーにまんひぇん⁉︎」
電撃と金額のせいでまともな喋り方が出来なくなっていた
「これからは贔屓しないこと。私の邪魔をしないことを約束して!そうしたら離してあげる!」
「ひひひ贔屓はとととともかく‼︎はつつつつめのじゃままはや、やめない!」
由布子さんが引き攣った顔をしている。まだ声が聞こえる状態になっていたからだろう
「へぇ?じゃあ仕方ないなぁ。あんまり使いたくなかったんだけど」
初芽は装着していたブレスレットに触れた。よく見るとそのブレスレットには 強・中・弱と書かれたボタンのような物がついていた
「電力を中に上げるしかないね」
「ごれで小⁉︎」
「ほら、やめるの?やめないの?」
この威力なのに、更にまだ2段階のパワーアップを残している……私の抵抗心を削るには十分な情報だった
「ややややめます!ややめめさせてててて頂きます‼︎」
実質的な降伏宣言と共に、私の体に電撃が流れることはなくなった
「はい。ちゃんと約束は守ってね」
初芽は私の腕から手を離した
「り、李華さんはだ、大丈夫なんですか?途中から声が聞こえなくなりましたけど……」
「大丈夫大丈夫。そもそももう死んでるから何しても大丈夫なんだよ」
霊体をもっと優しく労ってほしいものだ
「……それよりも」
初芽の目先には、こちらの方を見る人々の姿があった
そりゃあ断末魔のような悲鳴が一瞬だけ、どこからか聞こえてたんだからこちらの方を見るのは仕方ない。……お会計場所がちょっと離れていて良かった。下手したら湊にバレてしまうところだった
「バカ姉が騒ぐから変に目立っちゃったじゃん。謝ってよ」
「理不尽だわ‼︎」




