1番小さい分際でうるさいよ
「……お、お待たせしました」
リビングの扉越しに由布子さんの声が聞こえてきた。……が、なぜか一向に扉を開けようとしない
「どうかしました?」
「あ、いえ……えっと……」
リビングに繋がる扉には石目調のデザインガラスがついており、そのガラス越しに由布子さんがモジモジしているのが見えた
「……恥ずかしいんでしたら、無理にコスプレする必要ないと思いますよ。俺もコスプレしてませんから、違和感とかもないですし」
「……いえ、せっかく初芽さんが貸してくれたので」
由布子さんはゆっくりと扉を開けた
「……ど、どうですか?」
コスプレ姿を見た3人は言葉が詰まった。誰も何も言えず、沈黙が流れた
逆に私は興奮しすぎて鼻血が出そうになった
……血通ってないけど
「あ、あの……?」
「湊さん!目閉じてて!」
「あ、ああ……」
湊は初芽の指示通りに目を閉じた。そして初芽がむくりと立ち上がり、由布子さんの肩をガシッと掴んだ
「なんでよりによってスク水にしたの⁉︎」
由布子さんは、なぜかスク水で登場したのだ
過激衣装が過ぎる故に、初芽は湊に目を閉じさせたのだろう
「だ、だってこれ以外に入るものがなくて……」
初芽の胸は女性の胸囲の平均よりも大きい。「巨乳で羨ましいー!」って言われることだってあるほど
そんな初芽よりもさらに大きな胸を持つ由布子さんは、初芽のサイズでは胸が収まりきらなかったようだ
「初芽の胸のサイズじゃ収められないってさ」
「この中で1番小さい分際でうるさいよ」
「微々たる差でしょうが」
この3人で胸のサイズランキングをするならば、由布子さん→初芽→蘭さんの順になる
「私の身体よりちょっと大きめに頼んであるから、入ると思ってたんだけど、由布子さんのサイズを舐めてたみたいね」
「他のと違ってスク水はちょっと伸びるから入ったんでしょうね。……それでも結構ギリギリそうだけど」
高校の授業でこの姿を先生に晒せば、間違いなく買い直しを余儀なくされるだろう
「さすがにこれはなぁ……ていってももう他の衣装はないし……」
「あ。そういえばクローゼットの中に1つだけ衣装があったな」
ここで湊が何かを思い出したようだ
「クローゼットの中……ってことはバカ姉の?」
「そうそう。ハロウィン用にって買ってたんだよ。まあ想定よりサイズがちょっと大きかったみたいで、結局着ずに大きい箱に仕舞ってたけど」
私は頭の上にハテナマークを浮かべた
「もしかしてご本人が忘れてるんですか?」
「うん……全然覚えてないや」
頑張って記憶を辿るが、全然思い出せない。頼んだことは覚えている。ただ、何の衣装だったかは多分見るまで思い出せない。もしかしたら見たとしても「こんなの買ったっけ?」ってなってしまうレベルだと思う
「バカ姉は悔しいけど、私よりちょっとだけ胸が大きかった……そんなバカ姉が想定より大きいって言うんだから、由布子さんでも入るかもね。どこにあるんですか?」
「クローゼットの上の段の段ボールの中のはず」
「だってさ。そっちに着替えてきなよ」
「で、でもいいんですか?李華さんのなんですよね?」
「いいよ。誰にも着られないままより、誰かに着てもらったほうがいいし」
「……じゃあお言葉に甘えて。着替えてきますね」
スク水姿の由布子さんは、また着替える為に2階へと上がった
「……何の衣装かは知ってるんですか?」
「いいや。教えてくれなかったから知らない」
「そうですか。じゃあ待っている間に、私が何か一品作りますよ」
「わ、私も何か作ってあげますわ」
「いや大人しくしてて。大惨事になるだけだし」
「別にそこまでのことにはならないでしょ⁉︎」
2人のやり取りを見て、少し笑みを見せた湊
その顔を見た私は少し安心した。ちゃんと湊自身も楽しんでくれているのだと
ただ恐らく今のところ……ドキッとしていない
2人のコスプレ衣装+ちょっとしか見れてないが、由布子さんの過激衣装。これを持ってしても、湊をドキッとさせる事が出来ていない
「湊……もしかして今、賢じーー」
「それはないから安心していいと思いますよ」
私の予想は、樹里によって遮られた
♢ ♢ ♢
「遅くない?」
着替えに行ってから10分経過したが、中々由布子さんが降りてこない
「恥ずかしい衣装だから出てこれないとか?」
「スク水でも十分恥ずかしかったはずだけど」
スク水でも十分恥ずかしいかったはずだから、恥ずかしくて出てこれないとは考え辛い
となれば、着るのに手こずっているか、何かトラブルがあったのか……
「……来たみたいよ」
蘭さんは微かに聞こえた足音で判断出来たようだ
そしてまた、扉の前でモジモジしている様子だ
「また恥ずかしがってるの?」
「……はい」
「そんなに露出が多い服だった?」
「いえ……露出は全然なんですけど……」
露出が少ないのに、恥ずかしいとは……私は一体どんなコスプレ衣装を買ったのだろう
「……ああもうじれったい‼︎」
贄を切らした蘭さんが扉を勢いよく開けた
「なっ⁉︎」
「ゆ、由布子!そ、その衣装は……⁉︎」
由布子さんは真っ白な衣装に身を包まれていた
そんな由布子さんの姿を見て、私は涙が出てしまった
「ウェディングドレス……」
湊がボソッと呟いた
そして私はちゃんと思い出した。この衣装は、結婚1周年記念用に私が用意した物だった
1周年記念の日に、湊とのツーショットを撮ろうとわざわざ買った物だ。
結婚した日にもウェディングドレスの私と、モーニングコートの湊で撮ったのだが、また撮りたくなって衝動買いしたのだ
結局サイズのせいで断念したけど、代わりに湊がフォトスタジオに連れて行ってくれて、色々な写真を撮ったのはいい思い出だ
「えっと……大事なお召し物なのに、私なんかが着てしまってすいません……」
もちろん結婚式で着たものじゃなく、値段も全然安価。手伝いなくとも1人で着ることも出来るコスプレ用の衣装だ
「大丈夫だよ。コスプレ用に買ったやつだと思うから」
「……なら良かったです」
さすがに本物のウェディングドレスと違って作りも甘い。ちゃんと目を凝らしてみれば、ほつれだってある
「……似合ってますか?」
由布子さんは、勇気を振り絞った様子で湊に評価を求めた
「……うん。似合ってる」
さっきの2人の時と変わらない評価。表情も少し笑っている
「見てよ樹里!湊が顔赤くしてる!」
「えっ?顔の赤さは全然変わってないように思えますが……」
「何言ってんのさ!いつもは R240 G221 B182 ぐらいだけど、今はGの値が207ぐらいになってる!」
「いや分からないですよ。そんな専門数値出されても」
湊がちょっとときめいて、心が少し動いた証拠だった




