師
「ここだよ」
一行は、百花の案内で海岸沿いまでやって来ていた。
「確かに、ここから投げ入れたんだな?」
「うん」
ジムが改めて尋ねると、百花は迷うことなく頷いた。それを横目に確認すると、ジムは欠伸をしながら言った。
「じゃ、探してこいよ」
「……へ?」
「ジ、ジムさん。いきなり探すって、一体誰がどうやって……」
「決まってんだろ? 百花、自分で捨てたもんくらい自分で探してこい」
「わ、私⁉」
まさか自分に役がまわって来るとは思いもしなかったので、百花は声を裏返らせて驚いた。
「お前、そこまで運動できねえだろ。だったらそう遠くへ投げ込めねえだろうし、そこら辺の岩場に引っ掛かってるのがオチだろ。霊体だったら息継ぎなんか必要ねえから効率いいし、適材適所ってやつだよ」
「わ、私は別に運動できないわけじゃ」
「なんだ、『喧嘩が得意じゃない』と聞いたから、てっきり運動も苦手なのかと思っていたが……じゃあ妹が嘘をついてたってわけか」
「……行ってきます」
まんまとジムに言いくるめられてしまった百花を見送りながら、リオードは心の中で両手を合わせた。
「百花、好きなやついたんだ」
百花が海の中へ消えて行ったのを確認すると、しばらくして玲は独り言のようにそう呟いた。
「らしいな」
「俺、知らなかった」
「あっそ」
ジムはそんなそっけない返事しかしなかった。かといって、恋愛経験のほとんどないリオードも役には立たなかった。
「改めて言うが、足手まといはいらねえぞ」
ジムはきっぱりとそう言い切った。彼らが今捜しているのは、百花とかつての想い人とをつなぐ品である。そしてそれは、玲にとって必ずしも吉となるものではないかもしれない。玲は聡くその意味を言われずともくみ取ったようで、ゆっくりと首を振った。
「大丈夫。百花が大切にしたい物なら、俺も大事にするから」
百花が潜っていった海の先を見つめる真直ぐな目と同じように、玲の言葉にも芯があった。
「あ、あったよー……」
しばらくして、どこかしょんもりした様子で百花が戻ってきた。しかし、その両手にかんざしはない。
「百花さん、かんざし見つかったんですか?」
「うん。ジムさんの言っていた通り、岩の隙間に引っ掛かってたよ。だけど私、霊体だからさ。残念なことにここまで持って来れなかったんだよね」
「そ、そうでしたね……」
百花の弁明でリオードは改めて彼女が幽霊であることを思い出し、ぎくりと肩を揺らした。しかし、以前ほどの動揺はなく、すぐに立ち直って次の行動を考え顎に手を当てた。
「よかったな、カロン。やっとお前の出番だぞ」
ジムは百花の報告を聞くと、顎をしゃくってそう言った。つまるところ、リオードに行けと言っているのである。
「むっ、無理ですって。深さもわからないですし、ろくな準備もしてないんですよ?」
「何だよ、びびってんのか? ほら、あれだ。人生は冒険だ」
「無茶言わないでくださいよ……」
語気は既に負けているが、リオードは眉尻を下げながら必死にジムに抵抗している。すると、黙っていた玲が一歩前へ出て来て、三人の注目を浴びる。
「俺が行くよ」
「れ、玲さん……?」
思わぬ救世主が現れたことで、リオードの目には再び光が宿された。一方、ジムは面白くなさそうにため息をつく。
「おいおいカロン。年下にこんなこと言わせるなんて、罪悪感はないのかよ」
「ジムさんの辞書に『罪悪感』という言葉があることに驚きました……」
リオードのつぶやきを耳にすると、ジムは舌打ちをしてリオードの足元をゲシゲシと攻撃した。くだらない茶番が繰り広げられる中、玲は至って落ち着いた声色で続けた。
「いいよ、俺が行く。リオードさんよりかは俺の方がこの海を知ってるだろうし、気をつけなきゃいけないことも多少わかるから。ジムさんも適材適所って言ってたしな」
「お前に出来んのか?」
「言ったろ? 泳ぐのは得意だって」
「……上等だ」
ジムのゴーサインが出ると、玲は服を一枚脱ぎ、軽く準備運動をした。その頼りがいのある後ろ姿に、リオードは思わず感心してしまったほどである。
「じゃあ百花、案内頼んだぞ」
「うん、任せて」
二人は声をかけ合うと、広がる海の方へ向き直った。そして、百花が水中へと姿を消すと、それを追いかけるように玲も静かに飛び込んでいった。
「……大丈夫かなあ」
水面から見えなくなった二人を心配したのか、落ち着きなく動き回っていたリオードの口から自然とそんな言葉がこぼれた。それを聞いてしまったジムはため息をつき、相変わらず手厳しい言葉を返した。
「大丈夫だろ。あいつ、お前よりよっぽどしっかりしてそうだし」
「うっ、面目ない……」
リオードはしゅんと肩を落とした。ちらりとジムの方を見やると、ただ瞑想にふけっているかのようなぼんやりした表情を浮かべていた。とても年下の子供を使い走りにしているとは思えないほど普遍的な光景であった。一応ジムは、黙っていれば美人という類なのである。
リオードがまじまじとジムを観察していると、海風に吹かれてジムの長い睫毛が揺れた。すると、それが合図だったかのように反射する海面を突き抜けて声が響いて来た。
「取ったどー!」
嬉しそうな玲の声が届くと、リオードはほっと胸をなでおろした。その隣でジムは、満足げに口角を持ち上げたのだった。