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「ただいま戻りましたー」

「アーシャ、どうだった?」

「これだけ錆びてしまっていると、どこも『うちじゃできない』って」

「そうか」


 やって来たアーシャの知らせを受けると、ジムは面倒そうに応接間のソファーへぐったりともたれかかった。

 海中から百花のかんざしを取ってきた後、ジムとリオードは一度百花たちと別れ、宿に戻って来ていた。というのも、かんざしはひどく錆びており、そのまま渡したところで交渉がうまくいく確率は低いと思われたからである。ジムは宿に戻ってくると、グレイと談笑していたアーシャを呼びつけ、お使いを頼んだのであった。


「すみません、自分の伝手が役に立たなかったようで」

「いや、いいんだ。元からそんな気はしていた。ところで、例の物は持って来てくれたか?」

「はい、ご用意しました。これで大丈夫ですか?」


 アーシャはジムに包みを渡し、隣に腰掛けた。ジムはなんとか体を起こして包みを開けると、その中身を机上に広げ確認し始めた。どうやら、預けていた百花のかんざしと、いくつかの布やら液体やら粉やらが入っていたようである。


「ああ、問題ない」

「これ、何ですか?」


 向かいのソファに座っていたリオードは、前のめり気味になってそう問いかけた。ジムは早速かんざしをいじくり始めながら片手間に話した。


「アーシャに頼んでた手入れの道具だよ。本当はこういうのはきちんと専門家に頼むべきなんだが、さすがに今夜までとなるとどこも受けてくれなかったらしくてな。しゃあないから私がやる」

「えっ、ジムさんが」

「そう。ジムさんがだ」


 作業中は口が暇なのか、ジムは珍しくリオードと真面目に会話をしている。その様子を面白がって、先ほど応接間に戻ってきたグレイもリオードの隣に座り込んで声をかけてきた。


「ジムが何をするって?」

「かんざしの手入れです」

「これか? ああ、こんなに錆びだらけで。素人目に見ても随分ひどい状態だな」

「おかげでどの店にも断られちまった」

「なるほど」


 こうして話をしている間にも、ジムは休むことなく作業を進めていく。数種類の液体や粉を混ぜ、布にしみこませて丁寧に拭う。そんな地味な作業を根気よく何度も繰り返す様子は、普段の強引で力任せな彼女の姿からはとても予想できないものである。そうこうしているうちに、かんざしは錆の衣を脱ぎ始め、銀色の輝かしい素肌がのぞき始めた。


「かんざしは桜殷島以外ではあまり見かけないはずなんですが……随分慣れていませんか?」

「いや、実際にやるのはこれが初めてだ」

「はあ、そりゃ大したもんだな」

「ジムさんって本当に何でもできますよね……」

「昔は傍に物好きがいたんだよ。何でもかんでも知りたがるやつ。そいつの話を聞いていたら、いつの間にかこうなっちまった」

「普通はそうはならないんだがなあ」

「ほんと、規格外の能力ですよね」

「初めて会ったときから大物の予感はしていましたが……さすがグレイさんの部下ですね」

「おいアーシャ、私はこいつの下についたつもりはねえぞ」


 ジムはそう言ってテーブルの下でアーシャの足を蹴ったが、アーシャは顔色一つ変えずニコニコと笑っていた。それを知ってか知らずか、グレイは楽しそうな笑みを携えたまま、ジムに尋ねた。


「ちなみに、宣言通り今夜中に終わりそうか?」

「勿論だ。私のバーガー食べ放題がかかってるんだからな」

「ジムさんって、本当にハンバーガーに目がないですよね。どんだけ好きなんですか」

「馬鹿、食は三大欲求にだって入ってるんだぞ? なめちゃいかん」

「ジムさんって、ハンバーガーがお好きなんですか? なら、帰りの船の食事で手配しておきましょうか?」

「……お前、つかえるな」


 ジムはそこで一度手を止め、ふっと顔を上げた。そして、アーシャと目が合ったのを確認すると、二人はにこりと笑みを交わした。こうして、二人の同盟関係が結ばれたのである。


「あーあ、この二人が手を結んだらろくなことにならないだろうに」

「……奇遇ですね。僕もなんだかそんな気がします」

「よし、でーきた」


 乾いた笑いをこぼしたグレイとリオードをよそに、ジムは軽やかに声をあげた。その手元では、真直ぐに光る銀色のかんざしが澄み切った桃色の石を揺らしていた。

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