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19.炎帝の使い手

 眼前では黒い騎士とクルルクさんが戦いを始める。

 クルルクさんの戦い方は小柄な体躯を最大限に活かした変幻自在の型、予測ができない動きをする。眼で追おうとしたが、とても追いきれない。それは漆黒のフルプレートを着た騎士の動きも同様である。やはり次元が一つか二つ違う。


「あはっ、いいんですかぁ!? 時間、稼ぎきっちゃいますよぉ?」


 その動きに黒の騎士は後ずさる。

 押している。フィリーとシエルリーゼが二人がかりであっさりとあしらわれた、あの漆黒の騎士を。

 クルルクさんは一切魔法を使うことなく、体術だけで完全に封殺していた。


「ちぃ……!」


 黒騎士がうめき声を上げる。騎士に先程までの余裕はもう何処にもない。

 有効打も多いようには見えないが、動きを封じるには十分であった。


「おっと! 行かせませんよ?」

「ちっ、速いね……!」


 騎士は剣を振るが、あっさりとクルルクさんはそれを躱す。

 だがその間も黒い騎士は明らかに何かを気にしていた。視線はまるでクルルクさんの方へさえ向いていないように思う。クルルクさんも同様のようで、明らかに黒い騎士の視線の先を追い続けているように思う。

 二人の視線の先には、族長さんの姿があった。

 クルルクさんの目的は恐らく族長さんを守ろうとしている。そちらへ攻撃が向かないように妨害し続けているのだ。黒の騎士は何かをしようとしている族長さんを止めようとしているのだろう。

 渦中にいる族長さんはというと、直立不動でそこに立ったまま、目を閉じていた。

 だが、口元を見ると、何かを呟き続けているようだ。誰かと会話をしているのだろうか。 


「おっと!! そちらじゃないですよ?」

「くっ……!」


 再度俺は戦いを続ける二人へと視線を戻す。クルルクさんが軽打――生身の人間が受けたら致命傷だろうが――を続け、それを騎士が捌き続ける。

 ただ状況は変わらない。先程の族長さんの口ぶりから察するに、これを続けることによって勝機が生まれるのだろう。他のエルフが返ってくるかもしれない、時間を稼ぐことによって有利に働くのは間違いなくこちらである。

 だが、何故か胸騒ぎがした。黒い騎士は何かを狙っているような、そんな予感がしたのである。

 黒い騎士は剣を大振りする。それをクルルクさんは後ろに飛ぶことであっさりと躱す。

 仕切り直しだ、状況は変わらない。だが、黒い騎士もまた同様にバックステップする。直後起きたことに俺は目を疑った。

 

「はっ――!」

 

 騎士は剣を投げたのである。クルルクさんへ、真っ直ぐと。

 だがそんな攻撃が効くとは思えない、先ほどと同じように避けて終わりだ。

 ――その先に、族長さんがいなければ、の話だが。


「かっ……はっ……」

「クルルクさん!!」

 

 そう叫んだのこの場の誰だっただろうか。クルルクさんに剣が突き立ち、直後その場に崩れ落ちる。

 背後にいた族長さんを守るため、即座にクルルクさんは自らを盾にすることを選んだのである。

 剣はクルルクさんの脇腹を貫通していた。鮮血が流れ続けている。明らかに致命傷であった。


「クルルクさん!?」


 フィリーが叫ぶ。だが、誰も視線をこちらへは向けない。倒れ伏したクルルクさんと、漆黒の騎士がただにらみ合いを続けている。


「くっ……ふっ……。見切り、早いですねぇ……、この剣、大切なものなのでは……?」

「本当だよ、無くしたらまた皇帝陛下にどやされる」


 その言葉を最後にクルルクさんは地面に倒れ伏す。

 それにヴァルドルフは歩いて近づき、そしてクルルクさんから剣を一思いに引き抜いて鞘へと仕舞う。


「じゃあ、出来ればもう二度と会わないことを祈るよ」


 そう言いながら黒の騎士が右手をかざした直後、クルルクさんの身体に火がつく。その火は一瞬にして炎となり、数十メートルの火柱を上げて燃え盛ると、直後クルルクさんの身体は灰さえ残ることなく消え失せたのであった。


「はぁ……、間に合わなかったか……」


 今まで何も無かったかのように、黒い騎士は首を振りながら呟くと、俺達の方へと向き直る。


「クルルク……さん?」

「あ、あ……」


 フィリーとシエルリーゼは炎を呆然と見つめている。族長さんに目を移すと、目を開け、口を閉ざして無表情でただ黒い騎士を見つめていた。

 何故か俺はその族長さんの姿に目を奪われる。

 それは高々数秒の時間。それが数分にも、数十分にもなったかのように思えた。それほど族長さんには何か、引き込まれるような物を感じた。

 それが族長さんだけに対してではなく、後ろで揺らめく真紅の陽炎にもということに気づいたのは、しばらく時間が経ってからであった。


『契約はなされた。暫し貴様に力を貸そう』


 背後の陽炎がそう言葉を発する。姿形は不定形、しかしその陽炎には、うかつに話しかることさえ許されないという重圧さえも感じる。


「ああ。征くぞ、我が"運命"よ」

『ああ。盟約を果たしてもらわねばならぬ。疾くと終わらせるとしよう』


 族長さんの言葉に鳴動するように陽炎はゆらめき、そして言葉を発する。

 それに族長さんも呼応し、右手を騎士の方へと向けた。

 刹那、ヴァルドルフの足元で爆焔が舞い、漆黒の騎士は炎に包まれた。


「くっ……」


 十二分に離れているにもかかわらず、炎による熱気が伝わってくる。その中心部にいる騎士にいたっては、その熱によって一瞬にして黒の鎧が赤熱する。

 さらにその数秒後には、鎧が融解し始めていた。あの炎はどれほどの熱量だというのだ。


「く……、ふふ……。エルフ族長の"運命(フォルタ)"にして炎の山の神、"ヴァルカン"か……。対策していないとでも思っていたのかい……?」

「その火は神の炎だ。いくら魔力で身を守ろうがいずれは魂まで焼き尽くす、諦めろ」


 熱で防具が溶け落ちる中、尚も立って言葉を発し続ける騎士と、陽炎を背後に連れた族長さんが言葉を交わす。

 鉄か鋼、それともなにか別の合金か、何にせよ金属が溶け落ちるような炎だ。まともな人間が生きていられるはずがない。


「ふ、ふふ……、確かにこうなる前に、片を付ける予定だったんだけどね……。思ったよりも時間を稼がれた、もっと速く貴女(あなた)へ剣を向けるべきだったね」


 その騎士は燃え盛る炎の中で喋っていた。明らかに異常な光景でる。あの騎士は赤熱し、崩れていく鎧の中でなお、原型を保ち動いているのである。

 そんな異様な姿を晒す騎士に向かい、さもそうなることを予想していたとでも言うように、ただ淡々と族長さんは言葉を返す。


「どんな無茶だったとしても、文字通り死んでもこなしてくれるからあいつは私の”右腕”なのだよ。何があっても時間だけは稼いださ。まったくありがたい話だよ……。だからこそ、貴様はここで討ち取る」


 それはクルルクさんへの賛辞、そして向き合う敵への宣言の言葉であった。

 それを聞いた騎士は、ただただ族長を見据え、言葉を発する。


「ふ、くく……。やって、みなよ……」

 

 赤熱した鎧を纏ったそれは、刃が溶け落ちて剣としての体をなさなくなった獲物を投げ捨てながら、ただ肩を揺らしてそう笑うのであった。

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