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あの時が聞こえる  作者: end&
本編
9/42

過去:冤罪の吹奏楽

   *


 五月の暖かい風が、窓から流れ込む。


 一般教室の半分ほどの広さの保健室。

 本来、ここにいるべき先生は職員会議で席を外している。


 壁に頭を向けたベッドは二つ。

 今、それを使用している人はいない。


 窓辺に置いたパイプ椅子。彼女は上履きを脱ぎ、その上に体育座りしている。


 中学までは長かった髪はもうない。

 前下がりのショートボブ。長めのサイドが風に揺れている。


 放課後の校舎。


 吹奏楽部の練習する音がとてもよく聞こえた。

 悔しくて、膝を抱える腕に力を込める。


 ここに放課後の夕焼けは届かない。


 入口に近いベッドの脇、くるくる回る丸椅子に膝を抱えて座っている。

 二人して椅子に体育座りなんて、少しシュールだ。


「ちゃんと話してよ」


 窓辺に近い彼女が口を開く。

 人間関係のいざこざなんて、本来なら彼女のほうから避けるのに、その時だけは違った。


 事件からは三日が過ぎていた。


 事件の次の日、二日目はなんとか教室に通えていた。

次の日にはもう事件の話は広まっていたけれど、私は何も悪くないから、気にせず授業を受けてた。普通にクラスに溶け込もうとした。新夏(にいな)だって気にしちゃだめだって、元気づけてくれた。


 でも、三日目で心が折れた。


 今日一日を保健室で過ごした。

 家に帰っても良かったけど、彼女と一緒に帰りたかったから。


 本当は、もっと早く吹奏楽部での出来事を詳しく話すべきだったと思う。


 でも、心配をかけたくなくて、話せなかった。


「……責任とって、吹奏楽部は辞めたよ」

「なんの責任?」

「先輩のクラリネット、盗んだって――」

「なんでやってないことの責任をとらなきゃいけないの?」


 振り返る彼女の表情は逆光で見えない。

 声は怒ってない。純粋な疑問形。

 優しすぎる彼女の問いが、今の私にはとても痛い。


 引き寄せた膝に顔を埋める。

 結んでない髪が、腕に滑り落ちてくる。


「三日前、図書委員会の集まりが終わって、第二音楽室に行ったら、部長のクラリネットが私のケースから出てきて、何の嫌がらせ? って」


 意地でも泣かない。


 一度深呼吸して、酸素と一緒に涙を飲み込む。


 私が使っていたのは、学校の備品のクラリネット。ケースもそう。

 その日、私は一度も第二音楽室に出入りしていなかった。それなのに私が使わせてもらっているケースから部長の私物であるクラリネットが出てきた。


 私が委員会に参加している間、先輩のクラリネットがなくなったと、みんなで探していたそうだ。


 その日は図書室にいた。他の人の目もあった。一度だけトイレに行ったけど、五分程度で戻ってきた。それなのに、どうやって四階のクラリネット組が練習している教室に行って、なおかつ先輩のクラリネットを自分のケースに入れたって言うの? 第一、私のクラリネットはどこに行ったの? 不可能なはずなのに――不可能だから、理解不能だから、考えることを放棄して、私のケースに入っていた事実だけを拾い上げて、「盗んだ」って。


 あんな部活こっちから願い下げ。先輩のことも、すごく上手いって尊敬してたのに。


「そんなことするような人に心当たりは?」

「大アリだよ!」


 クラリネットは元々人数が多かった、そこに新入生が加わった。


 中学の経験者は、その楽器か、もしくはそれに近いものに配分することになった。

 そこで、もう一人のクラリネット経験者と出会った。


 ――クラリネットを二人も入れる枠はない。どちらか、パーカッションに移ってもらう。


 私はパーカッションでもいいと思った。パーカッションでいいと言った。

 なのに、テストすることになってしまった。


 たった一つのクラリネットの座をかけて。


「その、もう一人のクラリネット希望者が犯人だと思ってるの?」


 窓から入ってくる風は徐々に冷たくなってくる。


「動機的なことを考えれば」


 まるでミステリ小説。まさか自分が容疑者になるなんて、思ってもみなかった。


「部長さんかもしれないよ」


 そう言って、彼女は冷たくなった風を避けるため、椅子から立ち上がり、窓を閉めて鍵をかける。


「先輩が? なんで?」

「嫉妬したんじゃない?」


 そこまで私は上手くない。人から嫉妬されるなんて今までなかった。

 でも、目の前の彼女は――


「もう少し詳しく聞きたいけど、もう帰ろう」


 私に歩み寄り、手を差し伸べる。


 色白で、長い指。

 綺麗な手だと褒めたら、「もう少し親指の長さが欲しかった」と言った。


「……もしかして、誰がどうやって私のクラリネットケースに先輩のクラリネットを入れたか、わかったの?」

「さあ、どうだろう?」


 ――ああ、その言葉だけでいい。表情だけでわかる。


 きっとわかったのだろう。


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