過去:冤罪の吹奏楽
*
五月の暖かい風が、窓から流れ込む。
一般教室の半分ほどの広さの保健室。
本来、ここにいるべき先生は職員会議で席を外している。
壁に頭を向けたベッドは二つ。
今、それを使用している人はいない。
窓辺に置いたパイプ椅子。彼女は上履きを脱ぎ、その上に体育座りしている。
中学までは長かった髪はもうない。
前下がりのショートボブ。長めのサイドが風に揺れている。
放課後の校舎。
吹奏楽部の練習する音がとてもよく聞こえた。
悔しくて、膝を抱える腕に力を込める。
ここに放課後の夕焼けは届かない。
入口に近いベッドの脇、くるくる回る丸椅子に膝を抱えて座っている。
二人して椅子に体育座りなんて、少しシュールだ。
「ちゃんと話してよ」
窓辺に近い彼女が口を開く。
人間関係のいざこざなんて、本来なら彼女のほうから避けるのに、その時だけは違った。
事件からは三日が過ぎていた。
事件の次の日、二日目はなんとか教室に通えていた。
次の日にはもう事件の話は広まっていたけれど、私は何も悪くないから、気にせず授業を受けてた。普通にクラスに溶け込もうとした。新夏だって気にしちゃだめだって、元気づけてくれた。
でも、三日目で心が折れた。
今日一日を保健室で過ごした。
家に帰っても良かったけど、彼女と一緒に帰りたかったから。
本当は、もっと早く吹奏楽部での出来事を詳しく話すべきだったと思う。
でも、心配をかけたくなくて、話せなかった。
「……責任とって、吹奏楽部は辞めたよ」
「なんの責任?」
「先輩のクラリネット、盗んだって――」
「なんでやってないことの責任をとらなきゃいけないの?」
振り返る彼女の表情は逆光で見えない。
声は怒ってない。純粋な疑問形。
優しすぎる彼女の問いが、今の私にはとても痛い。
引き寄せた膝に顔を埋める。
結んでない髪が、腕に滑り落ちてくる。
「三日前、図書委員会の集まりが終わって、第二音楽室に行ったら、部長のクラリネットが私のケースから出てきて、何の嫌がらせ? って」
意地でも泣かない。
一度深呼吸して、酸素と一緒に涙を飲み込む。
私が使っていたのは、学校の備品のクラリネット。ケースもそう。
その日、私は一度も第二音楽室に出入りしていなかった。それなのに私が使わせてもらっているケースから部長の私物であるクラリネットが出てきた。
私が委員会に参加している間、先輩のクラリネットがなくなったと、みんなで探していたそうだ。
その日は図書室にいた。他の人の目もあった。一度だけトイレに行ったけど、五分程度で戻ってきた。それなのに、どうやって四階のクラリネット組が練習している教室に行って、なおかつ先輩のクラリネットを自分のケースに入れたって言うの? 第一、私のクラリネットはどこに行ったの? 不可能なはずなのに――不可能だから、理解不能だから、考えることを放棄して、私のケースに入っていた事実だけを拾い上げて、「盗んだ」って。
あんな部活こっちから願い下げ。先輩のことも、すごく上手いって尊敬してたのに。
「そんなことするような人に心当たりは?」
「大アリだよ!」
クラリネットは元々人数が多かった、そこに新入生が加わった。
中学の経験者は、その楽器か、もしくはそれに近いものに配分することになった。
そこで、もう一人のクラリネット経験者と出会った。
――クラリネットを二人も入れる枠はない。どちらか、パーカッションに移ってもらう。
私はパーカッションでもいいと思った。パーカッションでいいと言った。
なのに、テストすることになってしまった。
たった一つのクラリネットの座をかけて。
「その、もう一人のクラリネット希望者が犯人だと思ってるの?」
窓から入ってくる風は徐々に冷たくなってくる。
「動機的なことを考えれば」
まるでミステリ小説。まさか自分が容疑者になるなんて、思ってもみなかった。
「部長さんかもしれないよ」
そう言って、彼女は冷たくなった風を避けるため、椅子から立ち上がり、窓を閉めて鍵をかける。
「先輩が? なんで?」
「嫉妬したんじゃない?」
そこまで私は上手くない。人から嫉妬されるなんて今までなかった。
でも、目の前の彼女は――
「もう少し詳しく聞きたいけど、もう帰ろう」
私に歩み寄り、手を差し伸べる。
色白で、長い指。
綺麗な手だと褒めたら、「もう少し親指の長さが欲しかった」と言った。
「……もしかして、誰がどうやって私のクラリネットケースに先輩のクラリネットを入れたか、わかったの?」
「さあ、どうだろう?」
――ああ、その言葉だけでいい。表情だけでわかる。
きっとわかったのだろう。
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