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あの時が聞こえる  作者: end&
間奏:過去の過去「クラリネット消失事件」
32/42

被害者は誰でもよかった

 留海は、今度は金切り声を上げることはなかった。

 ただジッと、里音を睨みつけている。


「証拠は?」


 腹の奥から発せられた声だった。「証拠はあるの?」

「証拠は、あなたが今使っているクラリネットです」


 理世の口から発せられた事実に、今度こそ隣に座っていた樹里は椅子から立ち上がって、隣に座ってた浅葱の背に逃げる。


「そのクラリネットに優穂の指紋が付いていると思います」

「それのどこが証拠だっていうの?」

「みんな、ケースに自分の印をつけて、それは三年間大事に使うと言う証ではないでしょうか? 大事に管理している楽器に、なぜ他人の指紋が付いてるんでしょう? まあ、様々な可能性は考えられるけれど」

「まだ付いてるって決まってない」

「でも、畠山先輩のクラリネットにはあなたの指紋が残っていると思いますよ」

「それだってまだ決まってない」

「私が警察に持って行って、あんたの指紋と照合してもらえば、一発なんだけど」


 留海の発言を、理世は手で止める。


「先輩、だったら私がいつ、クラリネットを盗んだっていうんです? 先輩がトイレ休憩で一度この教室を出て、戻ってきたときにはクラリネットはあった。それ以外に、盗むチャンスなんてないんですよ?」


 里音の質問に対し、留海は口ごもる。


「それは……」

「それこそ、冤罪だって、ヴォイシンクで言いふらしますよ。理世、あなたのことも一緒にね」

「私のことはいくらでも書いてもいいよ。でも、それは私の予想が間違ってたらにしてほしい」

「予想? 推理じゃないの?」

「私は探偵じゃない。探偵役かもしれないけど」

「そう言って、逃げるの?」

「私はもう逃げない。ネットの世界ならいくらでも逃げられるみたいだけど、私はここにいるから」

「そういうの、本当にうざい」

「だったら話を元に戻そう。さっきも言った通り、あなたは先輩のクラリネットを盗むつもりは最初はなかった。本当は、自分のクラリネットが盗まれたことにしたかったんじゃないんですか?」


 その言葉に、里音の唇の端がピクリと動く。


「優穂とのクラリネットテスト、その前にあなたのクラリネットが盗まれたとなれば、テスト相手である優穂が疑われる。最初はそれで良かった。そうなんじゃないんですか?」

「誰が、私のクラリネットを盗むっていうの? 先輩のクラリネットみたいな新品でもない、使い古された学校の備品をさ」

「簡単じゃないですか。自分で盗んで、それを優穂のせいにすればいい」




 新夏の隣で、聖良が笑い声を上げそうになる。


「セーラさんっ」

 新夏は二歳年上の幼馴染を(いさ)める。


「すまん、でも……」


 聖良の瞳はいたって真剣に、ここで推理劇をこなす一年生に向けられている。


「金管に欲しいな。ああいう純粋な子」





「自分で盗む? なにそれ、隠したって言う方がまだしっくりくるんじゃない?」

「どっちでも同じですよ。クラリネットは元々学校の備品ですから、それを許可なく持ち出したり、紛失してしまったら責任が発生すると思います」

「こんな、私が生まれる前の楽器の一つや二つ、無くなったところで――」

「それです」


 理世は鋭く指摘する。


「あなたは学校の備品だからって、借り物だからって楽器を軽んじてる。だから、簡単に盗みを実行できたんです」

「だから、どうやってやったかって、言ってみなよ」

「まず、あなたは自分のクラリネットを、盗難事件の前日に自ら盗んで第二音楽室を出たんです。木の葉は森の中って言いますけど、たぶん、第二音楽室内に隠す場所も時間もなかったと思います。ケースに入ってないクラリネットが放置されていたら、誰のかってそれはそれで問題になるんで」

「じゃあ、どうやって第二音楽室から盗み出したっていうの? 学校指定のバックにクラリネットケースは入らないし、楽器部屋のケース数は、鍵をかける前に淑子先生がチェックする」

「だから、中身だけ持ち出したんですよ」

「クラリネットを持ったまま帰れるわけないじゃん」

「だから分解して、中身だけバックに入れて音楽室をでたんですよね?」


 里音と理世との言葉のラリーが途切れる。

 それは、真実を言い当てたことに等しい。

 理世の言葉は止まらない。


「クラリネットって、リコーダーみたいに分解できますよね。でも、生身で持ち歩いたら傷がついたり、壊れる危険があるからやらない。ここにいる先輩たちはそう言いました。でも、あなたはさっきから別に壊れても構わないって感じのことを言っていますよね?」

「だって、ヴァイオリンのストラディバリウスみたいな、何億って価値があるものがあるものじゃないし」

「楽器は美術品じゃないです。美術品に近いですけど、楽器は楽器です。価値がある楽器だから特別大事にするとか、そういうの以前に、どんな楽器でもうまく使いこなせることの方がよほど価値があると思います」


 またも、里音は言葉に詰まる。


「話を続けます。次の日、あなたは自分の楽器がないと騒ぐつもりだった。だけど、あなたは優穂の前で盗まれたと言いたかったんじゃないですか? だけど、優穂は委員会の仕事があっていくら経っても来ない。あなたは盗まれたと言うタイミングを逃してしまう。優穂が不在の状態で盗まれたと言っても良かったのに、それをしなかった」

「どうして?」


 問うて来たのは、紗久乃だった。


「もっと優穂を追い詰める方法を思いついたからです」


 次は理世がみんなに質問する。


「あの、畠山先輩が潔癖症というのは、皆さん周知の事実だったんですか? 当時の一年生も含めて」

「なっ」


 聖良が留海に代わって口を開く。


「部員全員知ってたんじゃないかな? マイ楽器持ってる人って少ないし、新入生から買った方がいいんですか? って質問されたけど、『はいそうですか』で買えるものじゃない。となると、マイ楽器を持ってる人はなんで持ってるんだろうって疑問につながる」

「聖良、もしかしてそこで私が潔癖症だって言ったの?」

「だって事実だし」

「それに留海先輩、部長だから、みんな知りたがりますって」


 金管二人組に向かって恥ずかしさの混じった怒りをぶつけようとするが、留海はなんとかこらえる。


「で、私が潔癖症だってみんなが知ってたらどうなの?」

「さっきも言ってましたよね。人の物盗むような人間に触られただけでも嫌だって」

「そうね」

「畠山先輩のクラリネットが盗まれれば、先輩はすごく怒る。それを知っていたからこそ、先輩のクラリネットがターゲットになったんです」


 その言葉に、聖良は爆笑しそうになるが、新夏がなんとか抑え込む。


「畠山先輩のクラリネットを盗むため、里音さんは練習に参加する必要があった。これは憶測になりますが、盗んだ自分のクラリネットは家に置きっぱなしだったんだと思います。そこで、優穂のクラリネットを一時的に借りて部活に参加したんだと思います」

「盗む前に優穂が先に部活にきたらどうしてたんだ?」


 佐藤が質問する。


「そのまま、優穂のクラリネットが盗まれた、ってことにしたと思います」

「行き当たりばったりじゃないか」

「そうなんです、だから期せずして不可能犯罪? になってしまったんです」

「なるほど、続けて」

「盗むのは一瞬です。その一瞬が、皆さんの記憶が正しければ、全体練習の始まる十五分前です」

「何もなかったと思うけど」


 浅葱は自分の記憶を確かめるように首をかしげる。


「手品師も一瞬で芸をやって見せます。要はタイミングなんです。そしてそれは里音さんにしかできない。楽器を大事に扱う人ならできないことです。留海さんの手から楽器が離れて、視線が一秒でも楽器から離れればいいんです。その隙に、畠山先輩のクラリネットを奪って、自分の体で隠して、スカートのウエストに挟み込めばいいんです。あとはブレザーで隠せばいい。前と後ろ、どちらに隠したかはわかりませんけど」




 私はその一瞬を待っていた。

 留海先輩の手からクラリネットが離れて、視線がそれればいい。

 あとは体で隠せばいい。

 留海先輩のことだ。騒いでみんなで探すことになる。


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