まず逃げ道をふさいでいきます
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外は、夕暮れも相まってますます暗くなる。
雷雲は遠くへ行ってしまったようで、今は雨の降る音だけになった。
「それじゃあ、理世の推理を聞こうか。黒板使う?」
そう言って、聖良は親指で後ろの黒板を指す。
「大丈夫です。とりあえず、私も椅子に座らせてもらいますね」
彼女はみんなが見える位置に腰を下ろす。
「こういう場合、結論から言ったほうがいいと思うんですけど、逃げられる可能性があるので、先に逃げ道を塞いでいこうと思います」
まずは細かい点を確認していく。
「優穂の使ってたクラリネットは学校の備品、ということで大丈夫でしょうか?」
留海が答える。
「まだクラパートに入るって本決まりじゃなかったから、学校の備品を貸したわ」
「ちなみに、畠山先輩以外の方はみんな学校の備品ですか?」
理世に聞かれ、留海以外のクラリネット四人が疎らに頷く。
「ケースもみんな同じ形ですか? あ、色とかも」
「色も全員一緒です」
二年の小川樹里が答える。
「ケースの色も形も一緒で、自分が使ってるのとかわからなくなることはないんですか?それともみんな別々の場所に保管するんですか?」
「それは大丈夫だよ」
そう言って、同じく二年の越前谷浅葱が、自分が使っているクラリネットのケースを持ち上げて見せる。ケースの持ち手部分にお守りと漫画キャラクターのストラップがぶら下がっている。「楽器置き場の小部屋はけっこういっぱいいっぱいだから、基本的に同じ楽器は同じ場所に置くの。ケースは同じで見分けがつきにくいから、みんなストラップとか目印つけてるの」
いわゆるハードケースと呼ばれるもので、中の楽器を守るため、外側は黒くて硬い艶消し加工の施されたプラスチック。淵部分などは金属製。
中は起毛の布が敷き詰められ、収める楽器に合わせて、凹凸加工が施されている。
敷き詰められた布は楽器表面を傷つけないため。凹凸は中の楽器を固定するためのものだ。
「その、端っこについてる銀のシールってなんですか?」
この質問には佐藤が答える。「学校の備品シールだよ。購入日と、学校の名前が印字されてる」
「クラリネットは全部同じ日にちなんですか?」
「去年、楽器の買い替えとかで一覧表を見た時、クラリネットは一括で買い替えたみたいで全部同じ年の購入になってたよ」
「ちなみに、全部で何個? 何本? あるんですか?」
「全部で六本だよ」
「では、ここにあるのは、そのうちの四本ですか。畠山先輩のは別として」
「そうだね」
「そうですか」
理世は一通りの確認が済んで、一息つく。
「楽器についてはほぼほぼ把握できました。で、ここからが本題になるんですけど」
クラリネットの五人を見渡しながら首をかしげる。
「優穂が使っていたクラリネットのケースの中に畠山先輩のクラリネットが入っていたということは、優穂が使っていたクラリネットはどこに行ったんでしょう?」
理世の質問に、聖良と新夏の金管二人組が「あ」と声を漏らした。
新たな謎の浮上に、吹奏楽部員は口を閉ざす。
どうやら、留海のクラリネットが見つかったことで安堵し、他の点に目が行かなかったようだ。
渦中のただ中にある人間はたいていそんなものだろう。
自分に降りかかった問題が解決したらあとは気にしない。気にならない。
だが、部外者である深澤理世は、ゆえに、その点に気づいたのだ。
「畠山先輩のクラリネットは見つかりました。でも、それを取り出した後の優穂のケースは空になってしまいます。ということは、同時に優穂のクラリネットも盗まれていたということです」
「もしくは、留海のクラリネットを入れるために、一時的に池端のクラリネットを抜いてどこかに隠したとか?」
「それも考えられます」
聖良の予想に理世は素直に頷く。
「ちなみに、畠山先輩のクラリネットを探すのにどれくらい時間がかかったんでしょう?」
クラリネット組五人は顔を見合わせ、二年の森田紗久乃が眼鏡のツルをいじりながら、周りに確認するように答える。
「あの時、五時は過ぎてないですよね? 五時の全体合奏に合わせて、もう一回五人で合わせようかって。そこで先輩のクラリネットがないって気づいて、みんなでこの教室内を探して、そうこうしているうちに淑子先生が来たから、この教室を探してたのは十五分くらい?」
話を振られた隣の浅葱が頷く。
「それくらいだと思う。もう先生来てるよって言われて、それで先輩のクラリネットがないって先生に伝えて……」
「私は合奏に合わせて五時五分前に職員室を出て、第二音楽室に登ってくるから、五時は過ぎてなかった。それから留海のクラリネットが見当たらないと聞いて、全員にとりあえず身の回りを見てくれって頼んで、それからすぐに優穂のケースから見つかったって。十分くらいか? 吹奏楽の練習は午後八時までと決まっているから。まあ、あの頃も今もそんな遅くまで練習する時期でもなかったけれど、見つかった時点で時計を見たな。十五分は過ぎてなかった」
「なるほど、」
理世は軽く頷く。「ちなみに、前日に優穂は普通に部活動に参加していたんですよね?」
「うん、まだ本決まりじゃなかったけど、細かい部分の指導はしたから」
留海が答える。
「だとすれば、優穂のクラリネットを盗める時間は丸一日余裕あった、ってことです?」
「いいや、それは無理だ」
佐藤が反論する。
「特別教室は基本的に使う時間以外は鍵がかけられている。美術室なら美術の先生、科学室なら科学の先生が管理している。第二音楽室と第一音楽室は私が鍵を管理している」
「じゃあ、部活動の時は?」
「私が会議か何かで抜け出せない場合もあるから、第二音楽室の鍵を開けるのは部長の留海か、副部長の賢花だ。授業が終わってから、職員室にいる私か、いなかった場合は教頭に言って鍵を借りていく」
「施錠は先生がするんですか?」
「みんながちゃんと帰るのを見送るのも顧問の務めだからな」
「ちなみに、五時からの合奏ですけど、それ以降に残って自主練習する生徒はいないんですか?」
その質問で、クラリネットの何人かは、横目でチラリと佐藤を盗み見る。
「一切認めない。放課後、練習時間を与えているんだ。その時間内に仕上げられなかった、だから残って練習を続けたいなんて甘えは許さない。朝練も認めていない」
「結構厳しいんですね」
「社会に出たら締め切りは絶対だ。それに、コンクールだって満足いかなかったからもう一度やらせてくださいなんて、そんな甘えは許されないだろ」
「生徒を平等に扱うという意味ではそれが最善でしょうね。だとすれば、留海さんは家で自主練習するために自分用の楽器を買ったということですか?」
「ち、違うわよ! こ、これは――」
「留海の場合は行き過ぎた潔癖症だよ。金管だって、誰が口付けたかわからないマウスピースを使うのは嫌だって、マウスピース部分だけ買うやつも少なくはないよ」
マウスピースというのは、楽器の吹き口だ。
金管楽器の場合は、楽器の大きさに比例してマウスピースも大きくなる。サイズの種類が豊富なため、自分の口のサイズに合うものという意味でも個人で購入する場合もある。
「工藤先輩も、これまでの話だと個人で購入したトランペットを持っているみたいですけど、それは?」
「自分の場合は、高校を卒業してもトランペットを続けたいと思ったから」
「自衛隊の吹奏楽部でしたっけ?」
「入れたらね。親にはその前に大学に入れって言われてるけど」
新夏の問いに聖良は飄々と答え、両手を頭の後ろで組む。
「話を元に戻そうか。そんなわけだから、第二音楽室に入れるのは、部活時間内だけってこと。誰かが休み時間に鍵を借りたとしたら、そいつが一番怪しいけど、淑子ちゃんが言わないってことは、その日第二音楽室の鍵をかりた奴はいないってことだ」




