第二話
家に帰って夜にとあるニュースを彼は見た。
同じ地域の家で男が死んでるのを発見されたというニュースを。犯人の靴がその家に残っていたことを。奇妙な事件なことだと思うが、あることを思い出した。
芽守くんのことだ。裸足のままの、そして挙動不審の芽守くんを見た彼は、なんとなくだが悪い予感を思い巡らせた。
・・・・
いや、悪い予感を巡らせるのが普通であった。しかし彼は……ワクワクした。もしこれで芽守くんが捕まったらどんなににやけてしまうか。嗚呼、ポーカーでもやっとくべきだったかなくらいに感じてた。
“こんな顔、隠せないよ!”
なんて思いながら。
翌朝になって望み通りの報道を彼は目にする。芽守くんが逮捕された。だが、彼は記憶を失っていて何も話さない、とニュースは報じている。どのような状況に置かれていたのかは'知らない'としても、あの動揺っぷりは何がある。中学時代さんざんに貶されたことを彼は思い巡らせる。
"なんて面白い出来事かな。あんなに偉そうに、あんなに侮辱して来た彼が!今その彼が、殺人の容疑をかけられて逮捕されている!いっそ殺されても良かったけど、
いや、違うか。
このほうがいい。もっとタチが悪い犯人として捕らえられるなんて!そのうえ、あの様子は絶対記憶喪失だ。"
間違い無いと思った。
だからこそ、彼の笑みはそう長く続かなかった。
"足りない。足りないんだ。責任能力がある状態で、ヤったことにならないといけない。きっとこの証明は難しい。いいや、不可能だ。それでも望むべき結末はそっちじゃなきゃいけないと。"
彼はテレビのリモコンを荒々しく壁に投げつけた。机の上の書類をなぎ倒した。座っていた椅子を蹴飛ばした。まだこの顔写真に罰をつける時間じゃない。たった3人分しか貼り付けてない顔写真の残り2つに罰をつけられるのはいつだろうか。バツ印をつけた最初の1つはちゃんと確認済みなのだから、上手くいってほしいものだ。いい気味って笑うために。そう彼は思った。
一方その頃警察の捜査は最終局面を迎えていた。嘔吐物や靴、髪の毛等々証拠は十分ある。
そう、十分すぎるほどに。
そして、なにより肝心な動機がわからない。この二人はどうやら仲が良かったらしい。高校時代の彼らの同級生を手当たり次第に聞き回ったがまず喧嘩するとは思えないのだ。かといって、他の犯人がいる証拠も見当たっていない。もし、ドラマならこれは犯人の罠だが、初めて人を殺して罪悪感で全てが真っ白になったら?改めて死体を見て気持ち悪くなって吐いたとしたら?例えば些細なケンカをして、覚悟してない上で突き飛ばしてたまたま殺してしまったなら?
ありえない話じゃない。
警察たちは悩みながらもこの路線を変えることはできなかった。他の可能性を終える根拠がなさすぎたから。
しかし…記憶喪失となれば責任能力の所在はどうなるか。いや、記憶を失ったのは殺した後とするならばやはり責任は、、。、
それに記憶喪失となると、故意なのか過失なのかの判断は非常に難しくなる。この現場の家の隣に住む住人は、特に怒鳴り声を聴いたなんてことはなく、このままいけば過失で終わる。
本当にそれが真実なのか?
捜査本部長の入崎 成哉はあらゆる可能性をいまだ捨てきれていなかった。記憶喪失自体が嘘ではなさそうであるし、彼を犯人とするなら文句なく過失で証拠もそろってるので通るだろうが。
1週間が経過しても記憶喪失は回復しなかった。警察も、新たな証拠をつかむまでには至らなかった。
しかし突如として事件は急展開を迎えることとなる。とある女性が自首したのである。どうやら彼女は殺された男の元カノで、新しい男と付き合い始めたことに男は気に食わずストーカー行為にあっていたという。被害届は出されていなかったが、警察に言うのは怖かった、などと言い訳をして、今回の犯行の自供をした。
犯行の供述は何ら不自然な点もなく、使用した凶器も、現場の状況も全てが正しかった。丸暗記でもしたかのように。
1つだけ違和感があるのは記憶喪失の男について、一切の明言をしないことだった。知らないの一点張りだ。
捜査本部はこう考えた。記憶喪失の男は何か用事があり、友人である被害者の家を訪ねた。玄関が開いていることに気が付き、不思議に思った男はそのまま家の中へ進み死体を発見。親友の死を受け入れられないことと、死体を見た衝撃で気絶。時間がたった後目覚め、やはり衝撃的光景を前にして、すべてを忘却し、無心で逃げ出した。
一方男が来る前に元カノは話をつけに男のところを訪ねる。おそらく相当好きだったのだろうから何も疑いもせず招き入れたに違いない。その中で油断している隙に男を殺害、および逃亡。計画的だった彼女の犯行は指紋一つ残していない。手袋をしていたのだろう。通報は罪悪感に苛まれて行った。関係ない男が逮捕されて一時はこのまま時が解決してくれると思ったのだろうが、背徳感に勝てずに自首。といった流れだ。
正直自白だけでは厳しいものがあるが、完璧すぎる供述と事件の状況の一致度合いから警察は送検した。
このニュースは彼には喜ばしいことではなかった。せっかく2人一気に罰をつけるチャンスだったのに。
『 ま さ か 彼 女 が 自 首 す る な ん て な
面 白 く な い
警 察 は ど こ ま で も 無 能 な ん だ 』
『 彼 女 も 彼 女 だ よ
選 ぶ 女 間 違 え た か ね ぇ
僕 も 無 能 だ っ た か 』
男はイラつきながら出かける支度をし始めた。ちゃんと写真にバツ印をつけてあげるために。
釈放された記憶喪失の男は行き場を失った。ある意味捕まってた方がやること、があったわけだ。ふらふらと進むその歩みはあやふやで家路すらわからない。そもそも家を持っているのだろうか。自分は何をしていたのか。何一つ思い出せない。
'1つだけ、あったな。わかる場所。まさかそこに?ううん、泊まるためじゃない。記憶のかけらを、拾えれば'
男は、その記憶喪失の男は1歩。また1歩歩み始めた。目的地に向かって。




