9 問答
「……え?」
気付いた時には目の前に何かがいた。
バギンッ!! という破裂音が鼓膜を震わす。
「間に、あった!」
白い粒子が何かの周辺を舞う。
パチパチと、まるで電流がスパークするかのように。
「なにが……?」
いったい何が起こったのか。
考えるまでもない。
いや、考える事をしていなかった。
首を切り落とされたら人間は死ぬ。
それが普通だ。
だが、今ここにいる少年はあろうことか――転がり落ちた自らの頭を拾い、繋ぎ合わせたのだ。
「ふむ。やはり君も――こちら側の人間でしたか。ふふ、面白い」
青年は不思議な現象に驚きもせずに笑いかける。
その表情はとても愉快そうで、とても満足そうだ。
ギャリギャリと金属が擦れ合う音が鳴る。
「うぐッ! 切れるキレる!! いや、無理だってこれ!?」
見れば白刃が少年の両腕に食い込んでいた。
あと少し力を入れれば、彼の細腕は切断されてしまうだろう。
「さて。そちらのお嬢さん」
青年はシエルの方へ視線を向け、
「まだ、戦う意思はありますか?」
一つの選択を迫るのだった。
この問いに対する返答。
それには自分だけでなく、少年の運命もかかっている。
「――ない、です。あなたには、きっと勝てません……」
「わかりました。では」
あっさりと。
そう答えるのがわかっていたというように青年は引き下がる。
白刃も既に消え去っていた。
「ぃ……っ」
腕に力が入らない。
ジュウジュウと焼け焦げた切れ目から下の感覚が無い。ただ、それより上がかなりの激痛だ。体の中に直接熱湯をぶち込んだってこうはならない。まるで溶けた金属に侵されているようである。
「シエル。大丈夫か?」
「私は大丈夫ですが、その腕……」
「問題ない――と、思う。いや、もう直ってきてる」
だんだんと切れ目の下も痛みだしてきた。神経が繋がってきている証拠だ。
「なるほど、興味深い構造ですね。体組織と機巧人形の融合ですか。私とは少し違う金属が使われているようですが――ふふ。やはり先生の作品は良い! 退屈な人生に華を添えてくれますね。だからこそ、私が評価するに値する物でなければならない!」
狂っているように青年は笑い声を上げる。事実、狂っているのだろう。さっきから視線が定まっていない。
「おっと、そうだった」
ふと、狂気に塗れていた青年が真面目な顔をして俺の方を向いた。
「君は合格です。先生に感謝しなければなりませんね、こんな素晴らしい作品を生み出してくれた事に」
作品。それは俺のことだろうか。
「死を覆したのもそうですが、何よりもあの動き。白き閃光と呼ばれたこの私よりも速いかもしれません。まぁ、そのぶん体にかかる負荷が激しいみたいですがね」
奴の言うとおりだ。
シエルを助けるために動いた結果、生身の部分である胴体、その中にある骨やら内臓やらがドロドロに溶けている。実を言うと今にも倒れそうなのだ。こうして立っているのが不思議なくらいである。
「名残惜しいですが、今日のところは帰ります。評価が終わった以上、ここで君を壊す事に意味はないですからね」
青年は俺たちに背を向けて
「すみません、出口は何処ですか?」
「あ、そこから曲がって右が玄関です」
帰り道を訊いてきた。
「………………」
普通に答えてしまったが、入ってくる時はどうしたんだろう。
そして、青年は今度こそ去っていった。