10 レアメタル
その後、俺はシエルに何が起こったのか聞き――部屋の惨状を見て驚いた。
「知らない方が良い事ってあるよね」
とは沙耶が発した言葉である。
そりゃあ首が空を飛ぶのもそうだが、落ちたその首を自分で拾ってくっつけるとかホラー映画みたいなものだからな。シエルが無意識に目を背けていたのもうなずけるぜ。直視してたら絶対にトラウマものだ。
「でも、息子が生きててよかった」
ちなみに二人は白き閃光がいなくなってすぐに再起動した。
どうにも、あの青年からは機巧人形のAIを停止してしまう独特な電波が出ているらしい。動物型ペットのAIには影響がないのはタマの事でわかっている。
シエルが言うには素体に使われている特殊金属による特性らしいが……専門的なことはよくわからん。
で、シエルはというと――――
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
土下座していた。
それはもう見事なほどに謝罪の心を込めて。
「別に謝る必要ないって。こうして生きてるんだし。っていうか、頭を打ち付けるな。床が凹んでるから!」
土下座しながら何度も頭を下げてフローリングの板を穿っている。すげぇ石頭だな……
「じゃあ、せっぷく?」
「追い討ちかけちゃダメだよ母さん……」
ほらシエルが青い顔してるから。沙耶もオモチャの刀をシエルに渡すなってば。
「白き閃光が来たのは私のせいなんです」
というのがシエルが謝ってる理由だ。
なんでも俺を助けた時に作ったカルテを紛失してしまったらしいのだ。
「経過観察という目的であなたに会いにこの国まで来たんですが、道中で追いはぎに遭いまして……犯人たちは既に処分したのですが、荷物は見つからず」
ははは。と乾いた笑いを浮かべる。
「それで中に入れてたカルテの事を思い出して……まさかこんなに早く来るとは……」
「運悪く奴の手にシエルの所持品が流れるとはねぇ」
「いえ、そんな気はしていたんです。だからこそ、最初に救いに来たと説明したじゃないですか」
結果的に役立たずでしたけどね私――
「そうだな。ドジッ子」
「はぅ! さんざん先生の事をドジ扱いしてきた私が、実は本当の道化だったんですね……」
それよりも、だ。
「なんで俺、生きてるの?」
首が取れて生きてるのは人としてどうかと思うんだ。
脳の信号も無く体が動くのは生物的におかしい。神経の反射作用で痙攣するだけならわかるけど。
「それはあなたの心臓に沙耶さんたちと同じ機械仕掛けの心臓が使われているからですよ」
「マキナ・ハートっていうと、コアのことだっけか」
「はい。沙耶さんたちと同居している以上ご存知かと思いますが、機巧人形には二つの回路が備わっています。一つは人間と同じように思考や判断、記憶など対人コミュニケーションを司るAIともいわれる脳部分。もう一つは身体機能の維持、主に人間として生きていく上で必要な物を再現する機能を詰め込んだ心臓です」
機巧人形には二つの脳があると考えればわかりやすいだろう。
頭と心臓。二つの内どちらかが壊れたとしても自己修復が可能だ。ただし、頭部にある脳が破損した場合は記憶なども消えてしまうが。基本的には製造時に作られた設計図にしたがい補修を行う機能に過ぎない。応急修理的なものだ。
つまり、心臓が機巧人形製の俺は頭が切り離されたくらいじゃ死なないらしい。
「斬り口が綺麗だったのも助かった要因でしょう。脳が人間の物である以上、すぐに付け直して血液を送らなければ酸欠で脳死してしまいますからね。あとは――希少金属で構成された部品を多く使っていることかと」
「レアメタル……」
一部の富豪が独占しているという、この世でもっとも固く、それでいて靭性があり、電気の伝導が損失なく伝わるという特性がある金属だ。パワーの求められるペットでは一番最適な素材といえるだろう。
「あなたの心臓、そして両腕両脚はそのレアメタルで構成されています。眼球だけは違いますけどね」
「そうなんだ」
としか言いようがない。
別に普通の一般的なペット用に普及した金属で作られた体でも生活に支障はないのだから。
「そうなんです。しかし、驚きましたね。レアメタル製の手足に機巧人形の心臓が合わさると光の速度で動けるようになるなんて。白き閃光は全身がレアメタルで構成された怪物なのは知っていましたが、まさかあなたまでそうとは……これも金属特性ということなのでしょうか。詳しく調べてみた方がよさそうです」
「俺も驚いてるよ。あの速さがなければシエルは死んでいるし、この頑丈さがなければ二人とも死んでた。でも、二度とあの動きはしたくないな……思い出しただけでも気分が悪くなってくる」
ドロドロになった中身はもう治っている。治癒が早いのもコアのおかげだ。
「それが良いでしょう。あなたは機巧人形ではなく、人間なのですから。過ぎたる力は身を滅ぼすだけです」
「ああ、それと」
ここで俺は一拍置いて、シエルの勘違いを正すことにした。
「なんですか?」
「白き閃光。つまり光……字面だけ見ると本当に光の速さで動いてると思ってるようだけど、実はあれ――音速よりも遅いぞ?」
それは先ほど経験したことであるから間違いないと思う。
「は……?」
「いやいや、考えてもみろよ? 物体が光速に達するにはそれこそ無限大に等しいエネルギーが必要なんだぜ。それをいくら大出力とはいえ、こんな小さな部品で作り出せるわけないだろ?」
トンと。親指を立てて胸の中央へと当てる。
まあ実際にはエネルギーがあったところでそもそも不可能な話なんだがな。速く移動すればするほど物体は空気抵抗を受ける。重力もしかり。それはすなわち、人間の肉体では耐えられない衝撃となって破壊をもたらすのだ。俺の中身がグチャグチャになったのもそのせいだ。内臓にもいくつか代替品が使われているからこそ、死なずに済んだだけだと思う。下手に全力を出さない方が身のためだろうなぁ。
「いえ、しかし! あの時のあなたはたしかに光を纏っていた……」
「間違いはそれだ。あの光は光速で移動したことによる残滓じゃないんだ」
シエルは叫びながら俺に詰め寄る。
白き閃光。そして、俺が見せた光の片鱗。
「あれはコアから出るエネルギーが体から漏れ出した、ただのプラズマ現象だ」
自分でもビックリだが、それが真実である。たぶん。
「そのプラズマ現象の影響で視認性が著しく狂うせいか動きを捉えられず、光の速度で移動したように見えているだけ……だと思う。そもそも、音速を超えた時点で俺の生身の体が弾け飛ぶしな」
俺には無理だが、あの青年なら軽く音速は超えてくると思うけど。それこそ光速一歩手前くらいまでには。なんたって全身がレアメタルで構成されているらしいからな。俺とは比較にならんだろう、頑丈さにおいては。
シエルはそんな俺の説明に「むむむ」と唸り声を上げることしか出来ないでいた。




