79 にがくてあまい
「師匠、じゃなくて緋華。昼食は何がいい。もしかして好き嫌いあったりするのか? うむむ、これは起きているのか寝ているのか判断が難しいな。ししょーってばー」
ペチペチ、ムニムニと頬を刺激する感触がして目を開ける。
「私はぁ響真くんが好きぃ」
「あっはい。それは知ってます、今知りたいのは食べ物の好みでして」
「響真くんを食べちゃいたいの~」
「……こりゃ駄目だな。シエル、どうする? なんなら君の好きな物を作ってくれてかまわないけど。いつも俺たちに合わせてばっかりなのは申し訳ないしさ」
普段はだいたい俺か母さんのリクエストによってメニューが決まるのだ。アリアは肉が入ってれば喜ぶし、デザートにプリンを用意しておけば文句はないとのことだった。リンネと沙耶はシエルの作るごはんなら何でもオッケーだとか。たしかに何を作らせても美味しさの極みって具合だからね。
「では、薬草スープにします。口に入れた瞬間から苦味と酸味、そして強烈な痺れをもたらす健康に良い物を詰め込んだ汁ですよ」
それは本当に健康にいいのか。あきらかに毒草を煮込んだ物では……。
「えっと、うん。シエルは味覚がどくそう的なのかな。わかったよ、君が望むのなら――」
「冗談です。あれは健康に良くても精神には悪いですからね。はっきり言って不味いのですよ。先生には時々作って飲ませていましたけれど、あの人は食生活が壊滅的でしたので。あと、腹いせも若干込めつつね」
ふふふ、とシエルが不敵な笑みを浮かべながら思い出を語っていた。なるほど、彼女を怒らせたら薬草スープが食卓に上がると考えた方がよさそうだな。ちょっと味を確かめてみたい気もするが、不味いとはいえ健康には良いそうだしね。
なお、試しに頼んでみたところ薬草がすぐには手に入らないのでと却下されてしまった。
どうにも自生している物は薬効より毒性のが強く出るらしく、非常食にはなれども多量に摂取するのは控えた方が無難とのことだ。
「この国で彷徨っている時にはしかたなく食べましたが、健康を考えるなら食用として売っている物を購入した方が安全です。どうしてもと言うのなら、商店街に行った時にでも取り寄せ注文しておきますけれど……本当に不味いですよ。後悔しても知りませんからね?」
シエルがそこまで言うのが逆に好奇心をかきたてる。味を知りたい、知識として確認したい。
「覚悟は、出来ている。後悔するとわかっていても、行かねばならぬ時があるのだ」
食べても死ぬわけじゃない。だったら、挑戦してみたいじゃないか。
「もぐむぐ。うむむ、シエルくんは料理が上手だな。これは響真くんが惚れるのもわかる。異性の心を掴むには、まずは胃袋からって言葉もあるくらいだしな」
やっとのことで起き出した師匠は野菜の盛られた皿を前に草食獣の如くムシャムシャと口へ運んでいた。
本日の昼食は焼肉とサラダ、汁物はタマネギのたくさん入ったオニオンコンソメスープである。薬草の話をしていたせいか、いつもより野菜が多めな食卓だ。
「あはは。唯一の特技が役に立ってよかったです。あ、キョーマ。何か言いました?」
聞いてなかったんかい。別にいいけれど。
「いや、とにかく頼んだ。急がなくてもいいから、そのうち作ってくれ」
取り寄せに何日かかるかわからないので、早くても来週あたりかな? ま、焦る必要はないからね。
「はいはい。この世の地獄を味わってくださいねー。っと、アリアは野菜をちゃんと食べなさい。ほら、これなんかは苦味も少ないですし美味しいですよ」
肉とごはんだけしか食べていないのをシエルは見逃していなかった。言われてアリアは渋々ながらといった表情でシャクシャクとレタスを噛みしめている。
「味は、美味しい。でも、好みじゃない」
「私は好きだけどな。上にかかっているドレッシングもシエルくんが作った物だろう? 市販の物と比べて酸味がまろやかだし、なにより塩味がちょうどいい。いくら食べても飽きないなこれは」
対して師匠は野菜ばっかり食べていた。普段はレトルト系の食品ばかりなので、こういう生野菜が不足しがちなのだろう。体が求めているとでも言うのかな。そんな感じだ。
「む、違いがわからん。あれはあれで美味しいと思うし……でも、前より野菜を食べるようにはなったかもしれない」
以前は週に一度くらいしかサラダなんて食卓に出さなかった。シエルが来る前は野菜に調味料をかけただけの物を料理だなんて考えもしなかったからなぁ。そう思うと、彼女の調理スキルはすごい。レベルで言えばカンストしている状態だ。
「味覚は人それぞれですからね。万人受けする味付けにしています、リンネの分以外は」
シエルの視線を辿ると、何もかかっていないサラダ……野菜の切れ端が皿に盛られただけの物を美味しそうに頬張るリンネの姿があった。
「なんデスか。私の顔に何かついてまス?」
「うん、可愛い顔がついてるよ。じゃなくて、そのままで美味いのか? 素材本来の味しかしないんじゃ」
「そうッスねぇ。むしろ私にはこれがちょうどいいというか。ドレッシングもあったらあったで良いとは思うんスけれど、まぁ気分の問題ッス! キャベツの芯、甘くて美味しいデス」
「ウサ……リンネは元々がアレだからな。人とは多少味覚が違うのさ。受け入れるしかないだろうね」
「はぁ、ですかねぇ」
よく見たら、皿に入っている物自体違う。リンネの方には、その……。
「芯であろうとも残さず使いますよ。いつもは細かく刻んで炒めたりしていたのですが、リンネが食べたいと言うので」
残飯処理の意味合いをかねているのかと思ったが、そうではなかったみたいだ。疑ってすまない。
「今度から芯とか皮? ま、調理に手がかかる物は私が食べまスのでよろしくッス! こういう部分の方が風味が濃くって好きかもなのでー」
「助かります。どうしても捨てなきゃいけない所も無くなりますので」
あっ、やっぱり残飯処理だった。野菜の芯や皮は人間の舌では食感もそうだが結局のところ雑味にしか感じられないのだ。その点で言えばリンネの舌は俺たちの物よりよほど優れている。不味いと警告された薬草スープも彼女ならゴクゴクいけるんじゃないかな。一緒にチャレンジしようぜ。
「さて、腹もいっぱいになったところで今日の予定を発表します」
みんなが食後のデザートであるプリンをつついている中、俺は計画していたプランを説明する。
「師匠……じゃなかった、緋華には了承を得たんだけど」
椅子から立ち上がり、歩いてシエルの横へ移動する。
「ん? なんですかキョーマ、もう一個欲しいなら冷蔵庫に」
「ああうん、それはアリアにでもあげてくれ。えと……シエル、改まって言うのも恥ずかしいんだが――――俺と家族になってくれないか」
「………………はい? え、家族って、その」
「これで、正式な娘になる。よく言った、息子」
「シエルさんがお姉ちゃんかぁ。呼び方も変えた方がいいのかな」
混乱している本人をよそに、母さんと沙耶はアリアが持ってきた二個目のプリンを分け合いながらのほほんとしていた。
「いやいやいや、ちょ、ちょっと待ってください。話の意味がわからないのですが!? なんですか突然!」
「驚くことはないだろう。君が望んでいた展開じゃないか、そうだろシエルくん。ずっと居候の身でもいいとかは駄目だからね。私が認めない、先を譲ってやるんだからさ」
「先を……そうです、なんで私なのですか!? 家族になるのなら、緋華さんの方が」
「あーうん。緋華とは結婚するよ? ただ、今までに開発した物の利権とか書類の関係とか色々と複雑でさ。少なくとも一緒になるまでに半年はかかると思う」
「だね。あとは複数の者と婚姻を結ぶための条件というものがあって、一度に出来るのは一人のみで、次に出来るのはこちらも半年経ってからなんだ。それならば、シエルくんの方が先にするべきだろ。現時点で家族同然な関係なんだ、問題あるまい。私は二番でもかまわないしね、ふふふ」
違う。そうじゃない、気持ちの確認が先だと私は言いたいのだ。
こういうのはお互いに好き合っている者同士が――って、あれ?
「も、問題はありませんね。私はキョーマが好きですし、キョーマも私のことを……。でも、私なんかがいいのでしょうか。たしかに居候として迷惑にならないように今まで頑張ってきましたが、だからといっていきなり結婚というのは」
「もうシエル無しの生活なんて考えられない。俺には君が必要だ」
「…………ぁ、う」
真面目な顔でそこまで言われてしまうと反論のしようがない。これは私の負けだろう。覚悟を決めねばならない、かな。
「わかりました。キョーマ、よろしくお願いしますね」
生活が極端に変わったりはしない。あくまで書類上の、そう、法律的に家族として認められるだけだ。
「うん。一生大切にします」
「…………はぅ」
やっぱりちょっと変わるかもしれない。




