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我が家のペットは兵器である  作者: 御影冬馬
想刻の錬星術師
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76 温もりの中で

「……シエル? どうした、おーい」

 母さんの説明を聞いていたら、シエルが突然顔を青くして俯いてしまった。コアの中身がどうとかって話だったけれど、俺、中の石持ってるよ? え、駄目だったのかな触ったら。ブラックチェイサーがバラバラになった際に当然ながらコアの外殻も割断されていて、普通に中身を持ってきただけなんだが。それに今は原初の石にまで戻してある。よーし、黙っておこう。言わなきゃバレないもんね。あははー。

「はっ! すみません、ちょっと昔を思い出していました。とにかく、キョーマはこれでもう平気なのですね?」

「ああうん、そうみたい。とりあえず不快感もないし、万事オッケーかな。心配かけてすまん」

「それはよかったです。ささ、まだ夜中ですしキョーマも疲れているでしょう。朝まで眠った方がいいですよ」

 なんだ? ずいぶんと急かしてくるな。疲れているのは事実だし、眠気もあるからそうするけどさ。

「ん。私も眠いから、もう寝る。それと息子」

 母さんは一拍置いてから、呟くように台詞を残していく。

「あまり踏み入るな。戻れなくなる」

「え…………?」

「おやすみ」

「う、ん。おやすみ」

 どういう意味なのだろう。そんな疑問を口にする前に母さんは自室へと戻ってしまう。

「なんだったんだ、いったい」

 母さんはたまにおかしな発言をするし、同じ類だろうと記憶の彼方に追いやることにした。

 さて、俺もリビングで睡眠の続きだ。ついでだし予備の枕を持って行こうかな。ソファの上にあるクッションだといささか高いので首が痛くなる。

「ちょっと響真くん、何処へ行くんだい?」

「はい? いや、戻って寝るんだけれど。ここだと場所がないだろ、師匠がベッドを使っているんだし。あ、心配しなくてもこの部屋の窓は紫外線を通さないやつだし、カーテンも厚い生地のに変えてあるよ。朝になっても陽によって体調が悪くなったりはしないはずだ。治療の効果が出ているなら、室内に入る採光くらいは平気だと思うけど念のためにね」

「うむ、気遣いありがとうね響真くん。いやまてよ? つまり私がリビングで寝るとは言えなくしたわけでもあるのか。策士だなぁ君は」

「ふふ、キョーマはそういう人です。常に誰かのことを考えて先回りするように行動しているんですから」

 べつに俺は役に立とうとかは考えていないよ。思いついたことを実行に移しているだけだからね。

「でもまあ、それなら話は早い。響真くん、ここで一緒に寝よう。幸い私は小柄なので邪魔にはならないはずだ。寝相も悪くは……ごめん、それは我慢してくれ。なにより君を一人で寝かせるのは不安なのだ。朝になったら冷たくなってました、では後悔してもしきれんからな。せめて今夜だけでもそばに居させてくれないか」

「ですね。私からもお願いします。一緒の布団で眠るなんて羨ま……こほん。緋華さんが隣に居れば不測の事態にも対応できますからね。あと、今日は夜のお散歩は禁止です。逃がしませんよー」

 さすがに今夜はお休みする予定だったぞ。あれは体が鈍るからって理由もあるが、疲れた方がよく眠れるからしているだけだしな。眠いときはちゃんと寝るってば。

「シエルくん、本音が漏れてる。ちなみに私も本音を言わせてもらえば響真くんの温もりが欲しいだけなのだが。なんならシエルくんも一緒に寝るといい。多少寝苦しいとは思うが、響真くんもそれでいいよね。拒否権はないよ」

「ふぁ!? 私もですか。うぅん、キョーマが嫌じゃないなら……ん、できれば私は窓際がいいです。真ん中に挟んで川の字ってやつにしましょう!」

「いいね。シエルくんの提案にのった! これなら平等に腕枕を使えるしね。まったく、君も考えているねぇ」

「ふへへ、それほどでも。窓際ならキョーマと壁に挟まれて多少は閉塞感が生まれるはず。いけるいける」

 なにそのヘンテコな理由。クローゼットもそうだけど、何かに自分の周りを囲まれていないと眠れないとかなのかな。


 強く断ると関係が悪化しそうなので、とりあえず流れに身を任せて受け入れているけれど……もう限界である。眠気が、両脇からいい匂いがして、…………ぐぅ。


「もう寝てます!? はぅ、多少は緊張してもらいたかったです」

「言ってやるな。響真くんも疲れていたのだろう。ほら、こうしていれば彼の鼓動の音も聴こえるし私たちも安心だろ」

 カチカチという金属音に混じる脈拍のリズムが鼓膜を震わす。心臓が機械であっても、体そのものは生の肉でできているのだ。血液の循環する音が聴こえるのも不思議ではない。

「…………心地いい音ですね。人のものとはちょっと違うけれども、これがキョーマなんだって、ちゃんと生きているんだって伝わってきます」

「うんうん。あったかいし、ぬくぬくだよね」

「コアの影響で体温も平均より少し高めなのでしょう。まぁ排熱に問題がないので、心配はいりませんよね」

「そうだね。響真くんに付加した排熱用のブラストカートリッジは本来なら一つだけでも日常生活においては事足りる物だからね。この子がやんちゃするのは目に見えていたから、こうして六つのホルダーを設けたわけだが……それがかえって深刻さを意識から遠ざけるという結果になってしまったのかもしれない。少々自覚がなさすぎだ、己がどういう立場にあるのかをな。問題がないわけじゃなく、ただ、異常を隠しているだけだと理解してもらわなければ。無理をすれば、さっきみたいにおかしな事も起きる。人の体とは繊細で危ういバランスのもとで成り立っている。怪我をしたらすぐに治るからって、ちょっと頑丈だからってトラブルに自ら突っ込んでいくようでは、命がいくつあっても足りはしない」

 それについてはシエルも同意だ。帰りを待っている者がいる、身を案じる家族がいるというのを知ってもらいたい。わかった上で無茶をするなら――いや、それも擁護はできないか。とにかく、普通の生活を送ってもらいたいと思う。首ちょんぱだとか手が潰れたりだとかは一生の内にそうそう経験するものではないのである。そもそも最初の出逢いの時点でどうして生きているのか不明な状態だったのは忘れることにしよう。重要なのは現在であって過去ではない。これからを共に――

「緋華さんも寝てしまいましたか」

 話しながらも目がうつろだったので彼女も眠かったのだろう。響真ほどではなくとも、場合によっては彼女の方が身体的に疲れが出ていたはずだ。

 人体を構成する遺伝子情報の書き換え。言葉だけではなんとも簡単な響きだが、実際にはそんな生易しいものではない。

「キョーマ、あなたは本当に」

 常識の範囲外にいる人間だ。口には出さないが、先生と慕うステラ・ブリジットよりも尊敬に値する功績を示してみせた彼に軽い嫉妬さえしている。医療の知識もきっと私より上だろう。最新式のPET技術を利用した施術は患者の負担もかなり軽減されていると聞く。こちらの旧式の物では時間もかかるしリスクも大きい。ようは時代遅れなのだ。些細な事態にも対応できるツールを作って所持してはいるが、どう足掻いても勝てない。何故なら、奏響真という人間は道具の限界を超えて扱うのが上手いからだ。旧式だろうと突き詰めれば最新式に劣らない成果は出せる。しかしながら、彼がその最新式の道具を使うと異次元の働きを見せるのだ。縫合は完璧で傷口が細胞単位で結合をしていたり、数秒足らずで痕も残さず治ってしまう。奇跡としか言いようがない。でも、彼はこう言った。

「人間は細胞が集まって形を成している。傷ってのはそれが離れてしまっているだけなんだ。だったら、それを元の位置に戻してやればいい――でしたっけ。たしかに再生促進剤も併用しているので理論上はそれで完璧に治癒するとは思いますけれど。ですが、あくまで理論は理論でしかないのですよ」

 理想を現実に起こすことは実に難しい。一部の天才だけがその理想に近づけはするものの、到達するというのは人の身ではけっしてありえない。人類が出来る事と出来ない事の境界線はひたすらに高い壁なのである。

 高く遠い頂。それを登りきってしまった時、人は人でなくなる。

 ステラ・ブリジット――あの優しくも非情な、先生のように。

「……私を置いて行かないでください、キョーマ。まだ、あなたの隣を歩いていたいです」

 手を握り、温もりを確かめる。

 いつか離れることがわかっていても、今だけは。


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