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34 実験失敗?

「ぬおおおおおぉぉぅ!?」

 シュゴォーーーッ!! というジェットエンジンのような噴射音を立てて白炎が掌から放たれた。

 その炎は放射状に広がりながら的である岩塊だけでなく下にある岩盤まで溶かして突き進んでいく。

「やばいやばいやばい! 威力高過ぎるだろこれー!?」

 オレンジ色になって溶けた岩塊は今やドロドロのマグマ状態だ。しかし、それでもなお白炎の勢いは止まることがない。

『肯定。マスターの要請通り全エネルギー総量にて射出中』

 なんかアナウンスが返事してきた!? え、俺そんなこと言ったっけ? ……言ってたなちくしょう!!

「下げて!! 威力、下げてー!?」

 炎は一応掌から少し離れた場所で発生しているようで、グローブ自体が燃えることはない。だが、岩塊を溶かすほどの高温だぞ? それはつまり、噴射点の近くも高温になるというわけで――あ、やばい。グローブが焦げてきた。

『了解。出力低下致します……アクセス失敗。外部デバイスに対し再アクセスを試みます……オフライン。接続出来ません。破損によりシステムがダウンしているようです』

 うわぁ、制御不能ってやつか? もしかして、俺――死んだ?


 そんなふうに戦々恐々と震えていると、ある解決策を提示される。


左腕(さわん)外部デバイスのシステムを書き換えました。既存の放出機能に加え、新たに吸収機能を付加。システムオンライン。ドラゴンブレス、リチャージ』


 声が聴こえた後、グローブを装着していた左手が自然と白炎へと向かう。


「え、おいおいおい!? 何だコレ!? 腕が勝手に――」

 炎に触れる寸前、キュイィィィィンという反響する音がした。

 ジュ、ゴゴゴゴゴッ!!!!!!

 前方へと噴出されていた白炎が向きを変えて左手のグローブへと吸い込まれていく。見る限り右手の噴出点と同じで掌から少し離れた位置で炎が消失しているように思える。左のグローブにもブラストカートリッジを装填してあったので、その中に流れ込んでいるのだろう。射出実験は片方だけの予定であったが、なんとなく両方にカートリッジを入れていたのが功を奏した。しかしまあ、自分で出した物をまた戻すのはどうなのだろうか……非常時だから仕方ないとはいえ、これでは排熱問題は解決しない事になる。二つのカートリッジ内を行ったり来たりしてるだけだもんなぁ。ん、もうすぐ終わるみたいだな。

 バシューッ!! ボボボ、すぽんっ。……おい、わざとやってるだろその音。

 白炎が最後まで左手へと吸い込まれて消え失せると、中身を放出し切った右手のカートリッジ付近から例の気の抜けるような何とも名状し難い音が鳴る。仕様なのかなぁこれ。

『――解析完了。吸収したドラゴンブレスのエネルギーを循環開始……コンプリート。エクステンドモードの使用が可能になりました』

 またアナウンスが流れる。だが、エクステンドモード? なんだそれは、そう思った時だった。

「うわ熱っちッ!?」

 左手のグローブが炎に包まれる。白炎ではなく、真っ赤な、真紅の炎だ。ふっ、俺の封印された左腕がついに解放されたようだなぁぁぁあああ、だから熱いって! そりゃ燃えてるから当然だけども!!

 ブンブンと何度か振ると、やがて炎が掻き消えて元の状態へと戻る。

「ん? なんか違う……?」

 しかし、それは少しだけ相違点があった。

「あ、色が」

 元が黒いグローブだったのに対し、炎の消えた左手に装着されているものは赤い。先ほど全体を包み込んだ炎のように、燃え上がるような真紅色になっていた。軽く宙を動かすと赤に近いオレンジ色の火花が散る。まるでこれ自体が炎の塊になった、そんな雰囲気さえあった。

「――師匠の髪みたいで綺麗だな」

 不意に燈緋華のことを思い出す。そういえば二人は大丈夫だろうか、俺の半径数メートルは焼け爛れた死の大地と化しているのだが……目の前になんてマグマの海があるしねぇ。


「おーい、生きているかー響真くーん!!」

 と、そんな事を考えていたら……とんでもなく離れた位置から師匠の声が聴こえてきた。ちゃんと避難していたらしい。爆炎を見て急いで逃げたのだろうな。目を凝らして二人の姿を探すと、駆け寄って来る師匠と腰を抜かしてへたり込んだシエルが見えた。さすがに白い布地は見えないな、あんなに足を広げて座っているのに、くそ、くそう。思わず義眼のズーム機能を最大にまで上げる。もう少しだ、そう、ああスカートが邪魔をして――

「何をしているんだ君は……」

「生を実感していました」

「それは性の方だろうに。まったく、若いなぁ。それで、怪我はないかい? だいぶ凄い事になっているようだが」

 師匠が俺の体をペタペタと触りながら怪我をしていないか確かめてくる。心配するのもわかるよ? おかしいもんな、この状況は。俺の中にこんなに排熱が溜まっていたわけがないんだ、地面を、岩塊をドロドロにしちまうほどの熱量が体内に入っていたら生きているなんてありえない。骨格の特殊金属がいくら熱に強かろうと、胴体は人間のそれだ。耐えられるはずがない。

「俺は大丈夫だったんですけど――これ、壊れちゃいました。すみません、せっかく作ってくれたのに」

 右手のグローブが崩れ落ちる。手首の所にホルダーとカートリッジを残して、他の部分は燃え尽きて灰になってしまった。

「気にするな。君が無事ならそれでいい。そんなものはまた作れば良いだけだしな。すまんな、失敗作を渡してしまって……威力は想定以上だったが、調整が甘かったようだ。特殊金属を加工して作ったから熱には強いはずだったんだけど、増幅し過ぎた熱には耐えられなかったか」

 ふむ。ということは、俺の中にこんなに大量の熱がこもっていたわけでなく、排熱を利用して白炎を生み出した――そうだな、このグローブは熱置換装置と言っていたっけか。つまり、熱をエネルギーに変換して使う事が出来る物だったんだな。さらにはエネルギーを増幅する機能もあったわけで……色々と想定外の要因が重なった結果、こんな事になったのだろう。グローブは無くなってしまったけど、俺の右手は綺麗なまま傷一つ負っていない。それに。

「まだ失敗と決め付けるのは早計ですよ。右手のは破損しましたが、もう一つは更なる進化を遂げましたから」

 俺は左手に装着されている真紅色のグローブ(・・・・・・・・)を師匠の眼前へと持っていく。

「――――――はい?」

「なんて顔してるんですか、あなたが作った物でしょうに」

 おかしな反応をするもんだ。見た目は変わってしまったが、ベースはちゃんと師匠が作ったグローブなんだぞ? ちょこっとシステムの書き換えがされて機能が増えただけだし。元々の機能も残っているから当初の予定にあった使い方も出来るしな。次からは一度に出さずに少しずつ調整していけば大丈夫だと思う。もしくは熱置換の効率を落として使うかだな。排熱をそのまま出せればいいんだけど……なんで入れた分より大きくして出す機能付けちゃったかなぁ。たしかにドラゴンブレスは派手で格好いいけどさ。使い道あるのか、あれ。


「そんな物私は作っていない、機能だって放出するだけの単純な……増幅もするが、そもそも何故こんな規模で? 満杯に排熱が入っていて、それを増幅したとしても……それにあの色はなんだ? 響真くんが言うには進化だと……ありえないだろう、システムが勝手に書き換わったとでもいうのか。いや起きた事象を否定するのは研究者として間違っているな、だがデバイス自体が変化するなど聞いたことがないぞ」


 なんか師匠がブツブツと言いながら俯いてしまったんだけど、どうしたらいいかな。

 あー、そうだ。一応あのことを訊いておかないとな。


「師匠、一つ質問があるのですが……エクステンドモードって単語に心当たりはありますか?」

 アナウンスで最後に流れた言葉に俺は疑問を持っていた。使用可能になった、ということはこのグローブに元々備わっていた機能である可能性も否定出来ないからだ。

「ん、何だって? エクステ……それが何か関係あるのか今。私は忙しい、研究室に戻らせてもらうよ。赤、色……そういえば響真くんが途中で左手を動かしていたな、アレと関係が……?」

 俺の質問に心ここにあらずといった感じで思案顔のままその場を去ってしまう。まあ、知らないみたいだしグローブとは関係ないのかもな。先に行ってしまったが、どうせ俺も研究室に戻るつもりだから後で合流すればいっか。ちなみに、アナウンスはあくまで補助らしく俺の疑問に答えたりはしてくれない。こいつも謎な存在であるけど、俺の中に封印された第二の魂とでも思っておこう。何故かって、その方が格好いいからに決まってるだろ。考えるのが面倒だからってのが本音だけどさ。


「はぅ、立てなくなりました。ビックリですよ、ほんとにもう」

 マグマ地帯に立っていても仕方ないのでシエルの元へと歩いて来た。手を貸して立つのを手伝おうとするが、足に全然力が入らないみたいだ。驚かせてすまない、ここは俺に任せてくれ。

「ははは、俺も自分が生きててビックリしてるから一緒だな。よっと」

「あれくらいじゃキョーマは死なないです、って……うひゃあ!?」

 掴んでいた手をグイっと上に持ち上げると、そのまま浮いた体を抱き締めるようにして抱える。俗に言うお姫様抱っこってやつだな。

「おー、シエルは軽いなぁ。まるで羽毛布団みたいだ。暖かいし、柔らかくていい匂いもするし……ぐぅ」

「なんですかその例えは? って、本当に寝ないで下さいよッ!? 私は抱き枕じゃありませんよ!」

 おっと、髪に顔をうずめたまま寝落ちしていたようだ。布団も枕も寝具だし、そんなに違わないだろ? え、そんなこと言ってないってか。

「キョーマは私の匂い、嫌いじゃないです?」

「うーん、シエルの香りは癒し効果があると思う。なんていうか、落ち着く……みたいな?」

 師匠とは正反対の物だよな。あの人は刺激的で危険な香りをしているし。一緒にいるとハラハラドキドキしてスリルな気分を味わえる。それに比べてシエルといると、すごい和むな。不安や悩みを消し去ってくれる……お日様の匂いかな。だから布団を思い出したのかも。うちの布団って沙耶が毎日干してくれてるから、いつでもフカフカだしな。あ、また睡魔が――

「私がキョーマに感じているのと同じですねぇ。それだったら安心かな……と、落とさないで下さいね? お尻を鷲掴みにしているのは気にしませんが、もう少し丁寧に扱っていただけると嬉しいです」

「あ、ごめん。わざとじゃないよ? ははは」

 バレていたか。シエルの柔肌を堪能するのはこれくらいにしておこう。彼女の言うとおり落としたら危ないしね。


 研究室に戻ると、師匠が白い獣にガブリといかれていた。


「ああ、響真くん。この子、どうしたらいいかな」

 抱えていたシエルに扉を開けてもらいながら入ってきた俺を見つけると、師匠が助けを求める視線を送ってくる。

「……なにがあったんですか?」

 すぐに救助してもいいが、一応こうなった経緯を聞いておかないとな。下手に引き剥がすと、そのまま喰い千切られかねん。

「いやなに、考え事をしながら研究室をウロウロとしていたら、どうやら彼女の尻尾を踏んでしまったようでね。すまない、これは私の過失だ」

『がるるッ! 私の高貴な尻尾を踏みつける不届き者め、絶対許さないんだからぁー!!』

「ましろ、そのへんにしておけ。あまりオイタが過ぎると――」

 シエルを手近なイスの上に降ろすと、グローブを着けたままだった左手をましろへと向ける。

 キュイィィィン……キュリキュリ、ボボ、ズゴゴゴゴゴッ!!

『わひゃッ!? 待ったご主人、やめる、やめるから! だからソレを近づけるなぁーーー!!』

 炎がグローブを覆うように纏わりつく。表面を循環しながら次第に温度を上げつつあるそれを、ましろへと近づけると飛び退くように研究室の隅へと逃げて行ってしまった。

「うむ。助かったよ響真くん。しかし、ずいぶん器用な事をするなぁ……外装の見た目だけでなく、機能すら変化しているようだな、そのグローブは」

 白になりつつあった炎を再びグローブを通してホルダー内のカートリッジへと吸収する。うん、俺の意思に従ってちゃんと思い通りに動くな。これなら使用に問題はない。

 周りに何も無くなり温度が低下したのを確認すると、カートリッジを取り外しグローブ型の外部デバイスをポーチの中へと収納する。これ、装填したまま入れられるようにした方が楽だよな……帰ったら少し改良してみるか。

 ちなみに起動していない時は真紅色をしていようとも熱くはない。それはシエルに触れる前に自分で確かめたから間違いないのだ。火傷させちゃったら大変だしね。一応、見た目で判り難いが起動時には周囲を赤とも橙とも言える色の炎の燐粉が舞うので、それで見分けるしかないだろう。まあ、自分で使う分にはどうでもいいな。使ってて内部が高熱になるということもないみたいだし。

「ええ、破損してしまった右手の方とは違って、放出だけでなく吸収する事も出来るみたいです。制御の利かなくなったドラゴンブレスもそれで消しました。色の変化についてはその事による物だと思いますが……俺にも詳しくはわかりません」

 原理は不明だが、俺の中にある何か(・・)がシステムを書き換えたことによって起きた現象だ。自分でやった事ではないので説明しろと言われても出来ないのが悩ましい。

「それについては本当に申し訳ないと思っている。私はもう少し自分の行動に責任を持たねばと痛感したよ、次は失敗しないから――いや、本来なら一度でも失敗は許されないものだったんだよな。命を失う危険性だってあったというのに。くっ、ここはやはり誠意を示すために体を差し出すしかないか」

 白衣を脱ぎ捨て、下に着ていた服へと手をかける。ご、ごくり……って、駄目だろ。そんな簡単に体を売るような真似したら。

「師匠。気持ちは嬉しいですが、自分でさっき行動に責任を持つって言ったばかりでしょう? 軽率な考えは控えるべきかと」

「む、この場合責任を持つのは響真くんの方になると思うのだが?」

 あれ、そうなの? ……はっ、そういうことか!

「わかりまし――うぎゃッ」

「二人で何バカなことをしているんですか!! キョーマも納得しないで下さい! あの流れ的に冗談だと気付くべきでしょう」

 いつの間にか立てるようになっていたシエルが俺の足を思いっきり踏む。いだだッ、つぶれる、潰れるって!

「……冗談でなく本気だったんだけどなぁ」

「ひーばーなーさーん?」

「あっはっは、そんな恐い顔をしないでくれシエルくん。ともかく私はそれくらいの心積もりだということだ。響真くんも嫌ではないみたいだし、検討しておいてくれ」

 嫌などころか、師匠となら喜んでと言いたい。そういや、この国だと一人じゃなきゃいけないみたいな決まりはないんだよなぁ。そう思いシエルの方をちらりと横見する。

「……私は二番目でも構わないからな?」

「師匠、それは――」

 心が揺れる言葉だ。優柔不断だと思われそうだが、俺の周りには魅力的な女性が多い。それにアリアのマスターになったばかりというのがなんとも……。

「ふふふ、大いに悩むがいい若者よ」

 そんなことを言いながらウインクをされてしまうと、もう何も言い返せないのであった。



「それじゃ、私はこれから一眠りさせてもらうよ。実は昨日の騒動で急な仕事が入ってね……徹夜だったりするのさ。年は取りたくないものだな、体力の衰えを感じるよ」

 ようやく戻ってきたましろの警戒を解くために生肉で釣りを楽しんでいると、師匠が眠そうに目をこすりながらそう告げてきた。ていうかそれ、体力が衰えてるのは年齢のせいじゃなくて引きこもってるからじゃ……? 外見だけなら知人関係の中で一番若いしな師匠は。もう五年近く経つのに出逢った頃から全く変わらないのが不思議である。むしろ以前より若くなっているようにも見えるのは俺が年を取って大人に近づいているからなんだろうな。いつかは師匠と並び立てる存在にまで成長したい。……精神的に。

 そういえば、ましろの事についてはシエルも疑問に感じてたみたいだったので二人には軽く説明しておいた。出生の秘密を語ると『なるほど、意味がわからないな』と言われてしまったけどね。たしかに俺も同意見ではある。あの機巧獣を設計した研究者は何を求め、何を目指していたのか――そして、生まれ出た彼女(ましろ)は今後どうするのか。しっかし考えるとワクワクするよな、意味がわからないからこそ。謎を追い求めていくこの楽しさは何事にも代えがたいんだ。踏み込んではいけないところまでいってしまったために、過去に一度だけ手痛いしっぺ返しをくらった事もあるが……と、そろそろまずいな。

「師匠、布団はあっちに敷いてありますから」

「ふははは、もう無理。んきゅー」

 いったん脱いでいた白衣にくるまるようにして倒れ込む赤髪の幼女。限界が来るといつもこうである。

「キョーマ、緋華さんは大丈夫なのですか? いきなり気を失ったように見えましたけど」

「心配ないよ。師匠は眠くなるとどこでも寝ちゃうから……徹夜明けだってのに俺が急に来たから無理させちまったみたいだな」

 包まれている白衣ごと抱き締めるようにして小さな体を持ち上げる。シエルよりは幾分か軽いな。それに幼女扱いはしているが背が小さいだけで体つきは大人のそれだ。出るとこは出てて、かなり触り心地が――うん、起こしちゃまずいからやめておこう。さっさと寝床にある布団へ投げ込んでっと。

「どうしたんだシエル?」

 研究室の奥にある寝室用にカーテンで仕切られた場所へと師匠を置いた後、戻って来たらシエルがましろの尻尾を弄びながらしょんぼりしていた。

「いえ、緋華さんに申し訳ないことをしたと考えていました。まさか彼女が昨日の騒動の後処理をしてくれているとは思いもよらず……突然の来訪にも快く応対してくれたのは感謝すべきところでしょうか」

「そうは言ってもなぁ。シエルの半断は間違ってなかったんじゃないか? ここに来なければ俺の体は直らなかった可能性もあるわけだし。君が気にする必要はないさ。コレの事も含めて後で俺からお礼でも言っておくよ、助かりましたってね」

 腕に埋め込まれたホルダーの表面を触りながら、師匠へと心の中で感謝した。応急処置だけでなく、今後の生活のことまで考えてくれた行為に頭が上がらない。さすがは師匠だ、一生ついていきます。

「なにより、こうなったのは俺の責任だろ。誰が悪いかって考えたら、圧倒的に俺が一番悪い。周りのことを顧みずに突っ走った結果、迷惑をかけちまったんだからな」

「それはそうですけど……」

 あ、そこは同意するのね。ははは、少しは反論して欲しかったなぁ。

「ま、まぁ元気になったわけだし良いじゃないか。もうすぐ夜になるし帰ろうぜ? 沙耶たちが待ってるだろうしな」

「緋華さんはあのままにしておいてもいいです?」

「いいんじゃないか? 一応枕元にもう帰るってメモした紙置いてきたし。俺が言うのもなんだけど、ここは出入り自由だからシエルも気が向いたら遊びに来るといいぞ。せっかく友達になったんだしな」

「友達……ふへへ」

 おや、師匠はともかくシエルも嬉しそうな顔をしているな。ま、同じ科学に携わる人だから今後も仲良くやっていけるだろう。

『なぁご主人? 頷いているところ悪いけど、助けて』

 見ればましろの尻尾がメキメキとシエルの手の中で異音を奏でていた。柔軟性を持たせるために、あまり強度が無いのだろうか? 人間の握力って金属を潰せるほど強くないし、一部の達人とか修行を積んだ人を除いてだが。

「あのさ、シエル?」

「はい、なんでしょうか?」

『にゃわー!? もげる、もげ、ちぎれちゃうーーー!!』

 そろそろ離してあげて下さい。


 帰宅の道中、俺は来る時と同様にましろの背中に乗せられていた。

 体は無事に直ったがどうにも体力が戻っていないらしく、倦怠感を感じていたからだ。


「すみませんでした。考え事をしていると力加減が上手くいかない時があるようで……ですが多少の破損なら問題ないと思います。そうですよね?」

 そんな睨みを利かせても、ましろが従うわけがないだろ。

『ぐすん、私、キズモノにされちゃったわ……』

「ほら、大丈夫だって言ってますよ! 良い子ですねぇましろさんは!」

 意思はまったく伝わってないけど、なんだか面白いから、そういうことにしておこう。ましろもそこまで怒ってないみたいだし。俺を縛る尻尾の締め付けが若干キツイくらいだ、破損も直っているのだろう。苦しい。

「あれ。昼ごはんとかどうしたんだろ沙耶たちって」

 胃のあたりをギリギリとされていたら、そんなことを思い出した。うちに残して来たのは沙耶と母さん、それにアリアの三人だ。庭に居るタマさんはペットだから良いとして、他のやつらは空腹で倒れているかもしれない。

「それなら心配はないですよ。カレーの残りがありますし、温めるくらいなら出来ると言ってましたから。冷凍庫には作り置きの物も入れてありますしね。というか、沙耶さんたちは機巧人形なのですから食べなくても死なないと思うのですけど」

 そうだけど、誰も死ぬとは言っていない。元々食事は要らないってのは理解していても人として扱う以上、欠かしてはならないと思っているのだ。以前、俺が一日留守にしていたら帰宅した時に玄関で倒れている二人を見た時は血の気が引いたのを憶えている。本人たちは空腹で動けないゾンビごっことか言っていたが、俺の中では軽くトラウマになっていたり。

「ずいぶん用意が良いんだな。もう家事はシエルに全部任せちゃった方が安心かなー」

「あはは。それでキョーマが外で働いて帰って来るのを待つわけですねぇ」

『まるでツガイみたい』

 おっと、シエルには伝わらないにしてもその呟きは爆弾過ぎるからやめてくれ。俺としてはいつかそういう関係になりたいとは思っているけど、彼女もそうとは限らないからな。

「ふへへ……キョーマたちといると毎日とっても楽しいです」

 幸せそうに目を細めながら微笑むシエルに思わず見とれてしまう。

「ああ、俺もシエルといると楽しいよ。これからも一緒にいてくれ」

「――――はい。ずっと、一緒です」


 家に着く頃には空がすっかり暗くなってしまっていた。玄関からは室内の明かりが漏れているので、三人はリビングで待っていてくれているのだろう。

 そう思い、ドアノブに手をかける。

「ん、おかえり、きょーま」

「なんで外にいるんだアリアは?」

 出迎えにしては少し変だ。もしかして、沙耶たちと喧嘩でもして追い出されたか!?

「タマと、遊んでた」

 そんなわけなかったか。母さんとの一件があったので心配だったのだが杞憂だったみたいだな。

「そっか。ただいま、アリア。外は冷えるし一緒に中に入ろうぜ。シエルが美味しい夕飯作ってくれるらしいからな」

「そうですねぇ。アリアが度肝を抜かすくらいの物を作ってみせましょう!」

「それは、楽しみ。シエルの料理、大好き」

 早速餌付けに成功しているみたいだな。塩漬け肉を食べていたくらいだから味に無関心と思いきや、そうでもないらしい。

「息子、おかえりなさい」

「お兄ちゃんおかえり~!」

 中に入ると誰も倒れておらず、笑顔で迎え入れられた。良かった、いつもの我が家で。


 さーて、沙耶たちに今日あったことを言っておかないとな。こっちであったことも聞きたいし、今日の食事時は話が盛り上がりそうだ。


 幸せそうな家族の笑顔を見て、俺はこんな平和がいつまでも続いたら良いのにと。そう、心から願っていた。



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