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26 マスター登録

「そういや、そのリボンって俺があげたアレか?」

 廃屋地帯では端末が使えずに沙耶たちと連絡の取りようがないので、アリアと話をしつつ街へと向かっていた。

「うん。この色、きれい」

 アリアはミニビーストの背中に横向きに座り、のんびりと頬を撫でる風を楽しんでいる。

 え、俺? こんな小さいやつに二人も座れるわけないだろ。尻尾に縛られて引きずられてるんだ。ははは、尻が痛いぜ。

 さすがに岩場などではすりおろされてしまうので若干浮き気味に連行されているが、持ち上げられると巻きついた尻尾が体に食い込む。痕にならなきゃいいけど。

「そうだな。でもアリアの瞳の方が綺麗な色だと思うよ」

 黄色いリボンはアリアが黒髪なのもあって、夜空に浮かぶ月のような雰囲気を醸し出している。だが、彼女の金色の双眸はもっと神秘的な輝きをしていて、俺の心を虜にしていた。冗談抜きでキラキラしているので飾っておきたいくらいだが、目玉だけ(あが)めるとかどこの邪教だと言われそうだ。アリアの顔もバランスの良い整った顔立ちをしているから、いっそう瞳の色が映えるのかもしれないな。

「あぅぅ……」

「うーん、ほんとに可愛いな! マジで俺の物にしたいわ……」

 無表情に近いが、ちゃんと照れてるのがわかる。そのほんの少しだけ垣間見える感情の機微がとても愛らしい。

「……なっても、いい」

「え?」

 さっきの声に出ていたのか。というか、俺の物になってもいいってことか? そ、それって……

「きょーま、私の、マスターに、してあげる」

 あ、そっちかぁ! 俺ってば勘違いしちゃったよ! そりゃそうだよな。こんな可愛い子がいきなり彼女になってくれたりはしないよなー。

「うん? アリアには所有者(マスター)がいないのか?」

 機巧人形は初期起動時に保証人となる人が所有者登録、つまりマスター登録をすることになっているはずだ。うちだって沙耶や母さんのマスターは俺ってことになってるし。

「……すてられた」

 なるほど――重いわー。そんな事情があったのか。だから、廃屋地帯になんていたのか……

「アリアを捨てるなんて最低な男だな!」

「ちがう。元のマスター、女の人」

 お、おう。そうか……見た目が綺麗だから、てっきり愛玩用かと思ってたぜ。女の人が使わないとも限らないけど、多分お手伝い(メイド)として購入したんだろうな。沙耶と比べるとかなりパワフルみたいだし、介護用なのかもしれない。用途によってパワーバランスが違うのが機巧人形の特徴でもあるしね。

「……俺で良いのか?」

 一度マスター登録をしてしまうと、双方の合意が無い限りは解除出来なくなってしまう。あとから俺のことを気に入らないと言われても悲しいし。まあ、その場合は(いさぎよ)く里子に出すつもりだが。

「ん、きょーまで、いい。ちがう、きょーまが、いい」

 肯定したあと、言葉のニュアンスを変えて言い直してくる。

「そっか。ありがとう」

 なんだか照れるね。機巧人形を所有するのは初めてじゃないとはいえ、沙耶と母さんは家族としてのあれだったし。

 帰ったらさっそく登録所に行こう。役所の中に専用の受付があったはずだ。初期起動時以外の所有者登録はそこでするらしいし。


「ましろ、とまって」

『わふ』

 アリアがミニビーストを軽く撫でて指示を出す。純白の鎧を身に着けた真っ白な見た目だから『ましろ』なのかね。安直だが嫌いじゃないよ。

 ましろが止まった後に降りたアリアはとてとてと未だに尻尾に拘束されたままの俺の前まで歩いて来る。

「どうした?」

 何かあったのだろうか。周りを見渡すが、誰もいない。あるのは壊れた建物だけだ。

「ん、マスター登録、する」

「いや、それは街に戻ってからじゃないと出来ない――むぐ!?」

 不意に顔を両手で挟まれたかと思うと――アリアの顔が近づき、唇が触れ合った。


『マスター登録を実行します。完了まで、3、2、1……コンプリート。奏響真(かなで きょうま)を個体名アリア/ブリジットのマスターとして認証しました』


 脳内に電子的な音声が流れる。ていうか、ブリジット? それって……ああいや、それよりも!

 俺の初めて、こんな荒野のど真ん中なのかー。って違う、ええと。


「はぅ、刺激的、だった」

 ポッと顔を赤らめるアリア/ブリジット。反則級の可愛さである。

「え、あ……う?」

 混乱してしまって考えが纏まらない。なんでいきなりキッスされたの俺? マスター登録ってこんなのだったっけ? あれー、以前(まえ)にした所有者登録だとお互いに小さい電極の付いたケーブルを装着して行うものだったはずなんだけど……

「ふつつかもの、ですが、末永く……愛してね?」

「あ、はい」

 こういう時なんて返すのが正解なのだろうか。そんな小首を傾げて愛してねなんて言われたら本気になってしまいそうだ。俺なんかが良いのか、幸せになっても――?

『わふ、わふ』

「ましろ、れっつ、ゴー」

 ズザザザーッ! そして、答えの出ぬまま街まで連行されていった。




 街にある商店街まで戻ると、俺は沙耶がいる避難所まで直行した。

 廃屋地帯を抜けた後、事の顛末を国の災害対策課に連絡しておいたので事後処理などは任せても良いだろう。街の破壊された建物の半分は俺が壊したようなものだが、それについては不問となるらしい。人的被害が出ていないというのが一番の理由みたいだけど。

 ちなみに、ミニビーストのましろの事については黙認するという返事が来た。こいつ自身が騒動を起こしたわけじゃないし、俺が責任を持って面倒を見るという条件付きだったけど……小さいとはいえ、ましろは一応兵器の部類なんだよなぁ。ペットとして飼うのはいささか問題がある気がする。まあ、何か起こってからでも遅くはないだろう。そんなに深刻に考える事ではない。

「――お兄ちゃん! 無事だったんだね!!」

 今は家族の無事を喜ぶべき場面だからな。

「おう。ちゃんと帰ってきた俺を褒めてくれ妹よ」

「ふ、よくぞ無事に帰ってきた勇者よ! 褒美に……なんか欲しい物ある? ああ、白い布は夜になってからのお楽しみですよマスター」

 俺って普段どんなふうに見られてるんだろ。自分の家族内での評判が気になる今日この頃だぜ。


 ちなみに、危機が去ったことは避難所にいた人々にも伝わっているので、もうここに残っている者はいない。皆外に出て壊れた建物を眺めたり帰宅したりしている。絶望に打ちひしがれる顔は何処にもなかった。


「…………」

 だけど、俺は暗い顔をしていた。

 沙耶の隣に横たわる――ピンク色のウサギのマスコットが――

「ウサギさんよ安らかに……」

「死んでねぇッスよ? 勝手に殺すなし」

 もぞもぞと上半身だけになった着ぐるみが動き出す。正直、怖いです。

「あ、いででっ!? ごめん、やっぱり死ぬかもしれないッス!!」

「ウサリーネさんってマシンドールだったんですね。おっと、無理しない方が良いですよ」

 ウサギに近づき体を支える。わーい、もふもふだー。

「いやらしい手つきで撫で回すなし少年。私のわがままボディがそんなに好きッスか?」

「すみません。大好きです」

 もっふもっふとピンク色の毛の感触を楽しむ。

「ふはは! 変な所触るなしッ! それ以上は金取るッスよ!? んきゃー」

「生きてて良かった」

 思わず抱きしめる。ウサリーネさんがいくら機巧人形とはいえ、体の半分も失えば機能停止していてもおかしくはなかった。さすが自分でわがままボディと自称するだけはある。

「くっ、私も罪な女ッスね! こんないたいけな少年を虜にしてしまうなんて……って、あれー?」

「田中さん、あとはお願いします」

 俺の背後に隠れるようにしていた青いウサギ、田中さんと呼ばれる人にウサリーネを引き渡す。

 コクコクと頷き、あとは任せなと意思表現する青いウサギ。田中さんってば頼れる大人だな。

「あ、あああ。首根っこ掴むなしーーー」

 いつも通り首を掴まれて運ばれるウサリーネ。下半身が無いので今回は引きずられるようなこともない。

「あいるびーばっくッスー」

「はい、戻って来るの待ってます」

 去って行くウサリーネに手を振って見送る。あれだけ元気なら大丈夫だと思う。そのうち修復されて、またこの商店街へと帰って来るだろう。


「さて、俺たちも帰ろうか」

 マスコットとの和気藹々(わきあいあい)としたイベントを楽しんだ俺は沙耶と一緒に家へと帰ることにした。

「うん、もう夕方だしねー。お昼ご飯食べ損なっちゃったからお腹すいたよぅ~」

「俺もだよ。今日は色々あったからなぁ」

「そういえば助けた女の子がねー……――」

 雑談をしながらバスに乗り、数十分ほど揺られてから家の近くで降りる。


 てくてくと自宅へ向けて歩いていると隣にいた沙耶が怪訝な顔をしながら問いかけてきた。


「ところでお兄ちゃん?」

「ん? どうした沙耶」

「いや……なんか知らないけど、あの子――商店街からずっとついて来てない?」

 沙耶にそう言われ後ろを見ると、そこには白い犬のような物に座っている黒髪の少女がいた。

 あ、忘れてた。やっべぇ……

「えーと、うん。まずは落ち着こう」

「私は落ち着いてるけど」

「わかってる、わかってるさ。帰ってからでいいか? 母さんとシエルにも言わなきゃならないから」

 少しだけ問題を先送りにしようとする。どのみち一緒に住む以上、避けては通れない道だからな。

 手招きをしてアリアとましろを近くへ呼ぶ。

「きょーま、なに」

「先に紹介しておく。この子は俺の家族で妹の沙耶だ」

 沙耶の肩を抱き寄せアリアに説明をする。

「君と同じで機械の体をしているけど、俺の大切な人だから喧嘩とかしないようにな」

「ん、わかった。沙耶、私はアリア、よろしく」

 簡潔な自己紹介をして手を差し出す。

「えっと、妹の沙耶です。よろしく?」

 それを沙耶が同じく手を出して握る。うん、友好の証はここに結ばれたようだ。

 ギリギリとお互いにすごい力が込められてるのは見なかったことにしよう。仲良くしてね?


 そんなこんなで帰ってきました(いと)しの我が家!

 ましろを見て庭にいたタマさんが若干鼻息を荒くしているのは気のせいだろうか。

「たっだいまー」

 ガチャリと勢い良く扉を開け放つ。お、今日はカレーだね? いい匂いがするぜ。

 靴を脱ぎ綺麗に並べて置き直す。ふっ、慣れたもんだぜ。最初に母さんに怒られたことを思い出すなぁ。あれでいて母さんは教育に関する知識がすごいのだ。スパルタ教育とまではいかないけど、それに近いことはされてた記憶がある。生きるための常識を母さんに教わり、俺は人間としての常識を母さんに教えた。助け合って生きているのだ、家族としてな。

「お帰りなさい。無事に帰ってきてくれて何よりです」

 とたとたと足音を立ててシエルが出迎えにやって来る。エプロンなんかしちゃってまあ、新妻さんみたいだな。ごはんとかお風呂より君がいい。

 シエルには沙耶が連絡していてくれたらしく、事件の内容はほぼ伝わっているようだ。危険に自ら突っ込んで行った俺には後でお小言があるっぽいけど。

「はい。シエルさんの方もご苦労様でした。母の面倒を押し付けてしまい、申し訳ありません」

「いやいやそんな。お義母(かあ)さんには色々教わりましたから、むしろ助かりました。ふへへ、キョーマの昔話が聞けて嬉しかったです」

 何を暴露してくれたのかな母さんは。あれか? あの事なのか!? いやしかし、あれは二人だけの秘密だと……

「っと、そうだ。シエルー、アリアって知ってるか?」

「はぃ? そりゃまあ知ってますけど。先生が造った作品の第一号機ですからね。それが何か?」

「ああいや、そのアリアなんだが……そこにいるので」

 ちょいちょいと手招きをすると庭でタマさんとじゃれていたアリアが小走りでやってくる。

「なに、きょーま」


「――――うそ」

 え、そんな顔を青くするほどのことなのか?


 シエルはアリアを視界に入れると亡霊でも見たかのような顔をしてわなわなと震えていた。


 どうでもいいけど腹減ったからそろそろ中に入っていいですかね……?

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